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I.はじめに

近年,医療組織において成果主義的な報酬システ ムの導入が拡大している.例えば,福岡県内のすべ ての病院を対象に人事制度に関する意識調査を行っ た前田ら(2004)1)によると,現状の人事制度におい ては多くの医療機関が年功主義的なものと回答して いるものの,将来的には「能力主義」あるいは「どち らかというと能力主義」とするとした病院の回答割 合は病院の公私によらず 8 割を超える非常に高い数 値を示している.

このように,病院の人事制度は従来の年功主義的 なものから能力主義的なものへと変更されていく傾 向が強まっており,成果主義的報酬体系の構築が今

後急速に進むものと予測される.この背景には,賦 課方式を採用するわが国の医療保険制度において, 少子高齢化と低経済成長が進む現在,保険財政が逼 迫し,医療費抑制へと向けた諸政策が実行されてい る点が挙げられる.医療機関ではよりその組織を効 率化させなければならず,成果主義的報酬システム の導入もその 1 つの取り組みとして考えられるので ある.

しかしながら,医療機関に対して成果主義的報酬 システムを導入することが生産性にどのような効果 を齎すかは必ずしも自明ではない.無論,標準的な 経済モデルを前提にする限りでは,成果主義的報酬 システムの導入は労働主体のモラル・ハザードを抑 止し最適な努力水準を引き出すシステムとなること

医療経営における成果主義的報酬システムの検討

林  行成  丁井 雅美  小西 幹彦  増原 宏明 広島国際大学医療経営学部

キーワード:成果主義的報酬システム,内発的動機付け,医療経営

The Performance-related Compensation System in Health Care System

Yukinari Hayashi, Masami Choui, Mikihiko Konishi, and Hiroaki Masuhara Faculty of Health Service Management, Hiroshima International University

key words: performance-related compensation system, intrinsic motivation, health care management

Abstract:

Recently, in Japan, the performance-related compensation system is in widespread use in health care management. Individuals who devote professional attention to health care services have rela- tively strong intrinsic motivation. Therefore, an introduction of performance-related compensation system to medical organization likely discourages them. In this paper, we analyze a nature of performance-related compensation system from a viewpoint of health care management. In partic- ular, we consider individuals’ preference types as follows: selfish preference treated in standard economics, equity-oriented preference, input-oriented preference, and output-oriented preference. Then, we show a possibility such that an introduction of performance-related compensation system decreases efficiency. And then, we investigate a way of performance-related compensation system in health care management.

林  行成  広島国際大学医療経営学部 〒 730-0016 広島県広島市中区幟町 1-5 TEL:082-554-2058 FAX:082-211-5166 E-mail:[email protected]

原  著

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が示される.ただし,そこでは利己的な行動主体が 想定されていることに注意しなければならない.労 働への動機付けには,心理学における達成動機理論 等で指摘されているように,賃金などの外発的動機 付けとやりがいや達成感といった内発的動機付けに 区分される.成果主義的報酬システムが与えるイン センティブ効果は,外発的動機だけでなく内発的動 機を適切に組み込んだ分析によって明らかにする必 要がある.特に非営利組織である医療組織に従事す る医療スタッフの労働への動機には,「その活動自 体から得られる快や満足のために活動が遂行され る」[宮本ら(1995)2)]という内発的な動機によるもの が他の事業組織と比して大きいものと考えられる. よって,医療組織における成果主義的報酬システム の導入効果の検証に対しては,標準的な経済モデル の枠組みを超えた視点が必要となる.

標準的な経済モデルでは,個人の動機は利己的な ものに限られ,専ら賃金と労働に伴う不効用によっ て効用関数が構成される.この前提を緩め内発的動 機を考慮するとき,成果主義的報酬システムの性能 は大きく異なってくることはすでに多くの研究に よって示されている.例えば,Fehr ら(1999)3)は, 他者との格差を嫌うような不衡平回避選好の強度に よっては,成果により強く依存した報酬よりも賃金 格差が生じないようなフラットな報酬システムの方 が望ましいことを示している.また,Frey ら(2001)4) や Fehr ら(2003)5)をはじめとした多くの研究におい て,外発的なインセンティブが内発的動機を締め出 すというクラウディング・アウト効果の存在を指摘 しており,こうした効果は実験経済学による多くの 実験結果でも支持されている.近年では Francois

(2007)6)が,達成感といった public service motivation を有する主体にとって,他者が怠けることによる生 産量の減少への予測が強い動機付けとなることを明 らかにし,固定的報酬システムが成果主義的報酬シ ステムよりも効率的となる可能性を明らかにしてい る.また林ら(2011)7)では,道徳的価値を有する経 済主体を想定するとき,従来の経済学的知見とは異 なる帰結を得ることを従来の研究成果を踏まえた数 理モデルによって示している.

本稿では,労働主体の効用関数が標準的なケース とは別に,不衡平性回避型,インプット指向型,ア ウトプット指向型の 3 つのタイプの選好タイプを想 定し,それぞれのタイプに対する最適報酬システム の性質を把握する.そのもとで,労働主体のタイプ が確率的に決定され,労働主体のタイプが雇用者に

は観察不可能である状況のもと,どのような報酬体 系が望ましいのかを検証する.このとき,モラル・ ハザードを厳格に制御するような過度なインセン ティブ・システムよりも,モラル・ハザードに寛容 なよりフラットな報酬システムの方が期待利潤を高 める可能性を示す.そして,医療組織における成果 主義的報酬システムのあり方や診療報酬制度の成果 主義的な手法の導入について検討する.

II.選好タイプと最適報酬システムの性質

本節では,1 人のプリンシパル(雇用者)と 1 人の エージェント(被雇用者)を考え,プリンシパルが エージェントに報酬システムを提示するような状況 を考える.そしてエージェントは,提示された報酬 システムをもとに労働に関する努力を提供するか否 かを選択する.ここで,エージェントの労働努力水 準については情報の非対称性が存在しているとす る.すなわち,エージェントの努力水準についてプ リンシパルは観察できないとする.ただし,労働提 供の結果生じる帰結(成果)は,プリンシパルは観察 できる点に注意されたい.したがって,エージェン トが最適な努力水準を選択できるインセンティブを 適切に与えられるような,成果に応じた最適賃金を 設計することがプリンシパルの主要な関心となる.

以下ではエージェントの選好タイプとして,不衡 平性回避型,インプット指向型,アウトプット指向 型の 3 つの選好タイプを考え,それぞれの場合に対 する最適成果報酬を導出する.

尚,本稿ではプリンシパルとエージェントはとも にリスク中立的であると仮定する.成果主義はリス ク・シェアリングの観点からは望ましくない性質を持 つことが一般的に知られている.したがって,リス ク回避的な主体を想定すると,リスク回避的な選好 の強さによって成果主義的報酬よりも固定的報酬を 好む可能性が生じてしまう.この問題を回避し,リ スク回避的な選好以外の要因を浮き彫りにさせるた め,本稿ではリスク中立的な経済主体を想定する.

1.利己的主体

ここでは標準的な経済分析で想定されるような利 己的なエージェントを想定し,最適報酬システムの 性質を把握する.ここでエージェントの効用は,報 酬と労働提供に伴う努力によって生じる不効用の 2 つの要素によって構成される.

エージェントは努力を提供するか否かの意思決定

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を行う主体である.ここで,努力した場合には不効 用 d>0 が発生するとする.また,努力した場合に成 果を得る確率を p1,努力を怠りながらも成果を得る 確率を p0で表すとしよう.

個人の効用はリスク中立的であるから線形効用関 数で表される.成果報酬として,成果が得られたな ら賃金 w,成果が得られなかったなら 0 となるよう な報酬システムを考える.このとき,労働者が努力 をする場合の期待効用は,

p1(w–d)+(1–p1)(–d)=p1w–d

となる.同様に,努力しなかった場合の期待効用は p0wとなる.プリンシパルがエージェントに努力さ せることを望むならば,成果報酬体系は次の誘因整 合性条件,

p1w–d≥p0w

を満たさなければならない.また,留保効用水準が 0であるとすると,エージェントがこの契約に参加 するための個人合理性条件は,

p1w–d≥0

である.この結果,プリンシパルにとって最適な報 酬システムは,誘因整合性条件と個人合理性条件を 満たす最も低い賃金水準となり,

w d

p p

= 10

が導かれる.

この最適賃金 w*によって,成果報酬に関する次の 3つの基本的性質を理解できる.第 1 に,労働によ る不効用が高くなるほど成果報酬は高く設定しなけ ればならない.第 2 に,努力によって成果を得る確 率が低いほど成果報酬は高く設定しなければならな い.これは,成果を得る確率が努力によって高まる ほど,努力水準に関する情報の非対称性の度合いが 弱まることとなり,敢えて成果報酬を導入する必要 性が低下することを意味している.第 3 に,努力を しなくとも成果を得る確率が高いほど成果報酬は高 く設定しなければならない.すなわち,努力しなく とも成果が出やすい状況では,努力をさせるための コストは高くなるのである.

尚,この場合,固定的報酬においては,エージェ ントに努力する誘因は一切生じないため常に怠ける こととなる.

2.不衡平性回避選好の導入

次に,エージェントが他のエージェントとの報酬 格差によって不効用が生じるような場合を考えよ う.このとき,エージェントは不衡平性を嫌い,不 衡平性を回避するような不衡平性回避型選好を有す るとされる.尚,ここでの記述は大きく大洞(2006)8) に依拠している.

不衡平性回避型選好は,先のエージェントの効用 関数,

u=w–d

に不衡平性回避の選好,

S= −αmax

{

ww,0

}

−αλmax

{

ww,0

}

が付加されることによって表される.ここで w は他 のエージェントの賃金を表し,α と λ は正の定数で ある.このとき,大洞(2006)8)で示されているよう に最適な成果報酬は,

w d

p p p p

d

p p p

∗∗=

− +

{

− −

}

≡ −

1 0 1 1

1 0 1

1

1 1

1 α λ

α λ

( )

( , , ) Φ

と導かれる.この結果,λ<p1/(1–p1)の場合,特に λ<0 の場合には Φ>1 となるため w**<w*となり,標準 的な経済学が想定する最適賃金水準 w*よりも弱いイ ンセンティブとする方が望ましい.すなわち,自分 の報酬が他者と比べて低くなることを嫌い逆に他者 よりも相対的に高くなることを好むような場合に は,インセンティブはむしろ弱める方が望ましい結 果となる.これは,自分が他者よりも成果を挙げる ことを好む結果,報酬が低くても努力するインセン ティブを付与できるからである.

一 方 λ>p1/(1–p1)の 場 合 に は,Φ<1 で あ る か ら w**>w*となり,標準的な経済学が想定する最適賃金 水準 w* よりも強いインセンティブを付与しなけれ ばならない.これは,自分のみが高い報酬を得るこ とによる心理的不効用を相殺するためには,より強 いインセンティブを必要とするからである.また成 功確率が低い場合にはこの条件が成立しやすくなる が,このとき同僚も成功し成果を得る確率が低い. このため,自身が努力し自分のみが成果を得て高い 報酬を得ることによって生じる心理的不効用を相殺 するために,より大きなインセンティブが必要とな る.この結果,中途半端な成果主義の導入は,努力 へのインセンティブが機能せず十分な成果を得るこ

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とは難しいこととなる.

以上のように,エージェントが不衡平性回避型選 好を有する場合,最適報酬システムの性質として は,エージェントの衡平性指向が高いほど成果報酬 は高くなることが理解される.λ が負値となるよう な衡平性指向が弱い場合には,自身の報酬が相対的 に高まるならば正の効用が生じるために,最適成果 報酬は低くてもよい.

尚,この場合,固定的報酬では,他者との賃金格 差も発生しないので,社会的選好による効用は発生 しない.この結果,やはり努力する誘因を与えるこ とはできない.ただし,λ>p1/(1–p1)の場合には,先 に示されたように標準的な最適賃金 w*よりも高い賃 金水準が必要となるため,固定的報酬の方がプリン シパルにとって費用対効果が改善する可能性は存在 することに注意が必要であろう.

3.インプット指向型選好の導入

次に,インプット指向型選好について検討する. インプット指向型選好とは,Andreoni(1990)9)で示 された Warm-glow,あるいは Brekke ら(2003)10)で 示されたセルフ・イメージ等に代表される,生産の ための投入である努力といった行為そのものに価値 が置かれるといった道徳的価値判断を表現した選好 概念と定義される.ここでは,このようなインプッ ト指向型選好を有する主体に対する最適な成果報酬 システムを特徴付ける.

インプット指向型選好においては,帰結に至るま で自己が如何なる行為をなしたかというその行為自 体に価値が生じるとする概念であるから,効用関数 に努力を行ったという行為自体に効用水準 βd が発 生すると考えることができる(0<β≤1).このとき, 努力した場合の期待効用は,

p1(w–d+βd)+(1– p1)(–d+βd)

=p1w–(1–β)d

となる.一方,努力しなかった場合の期待効用は p0wであるから,誘因整合性条件は,

p1w–(1–β)d≥p0w

となる.この結果,最適な報酬システムは,

w d

p p

∗∗∗=

1 0

1 ( β)

となる.0<β≤1 より,明らかに w*>w***である.この 結果,努力する行為自体に効用が生まれる場合に,

その効用水準が高まるほど,最適成果報酬は低くな る性質が理解される.

仮に β が 1 である場合には,成果報酬,固定報酬 にかかわらずエージェントにとっては行為そのもの に関心を持つために,報酬体系とは無関係に努力へ の誘因がすでに存在することになる.すなわち,成 果報酬は固定報酬と同一となり,インセンティブ・ システムは意味を為さない帰結となる.

4.アウトプット指向型選好の導入

次に,Francois(2000,2007)6, 11)で提起された public service motivation(PSM)に代表されるようなアウト プット指向型の選好が組み込まれたエージェントを 考える.アウトプット指向型の選好とは,帰結に対 する選好を有しており,自身が為した努力水準に よって得られる成果自体に固有の価値が生じる概念 である.すなわち,エージェントが成果をあげた場 合の産出量を x とするとき,この PSM は γx と表現 される(γ>0).ここで γ の値が PSM の度合いを表現 しており,より高い値であるほど,帰結によって生 じる成果に対して高い私的価値を有している個人と みなせることになる.以下では単純化のため x=1 と 考えることにする.このとき,努力する場合の期待 効用は,

p1(w–d+γ)+(1–p1)(–d)=p1(w+γ)–d

となり,努力しなかった場合の期待効用は p0(w+γ) となる.したがって,最適報酬システムは,

w d

p p

= 10γ

となる.γ>0 より w*>w****となる.尚,自明である が,γ が十分に大きい場合には成果主義的報酬とし ての意味をなさない.

尚,このアウトプット指向型の選好を個人が有す るとき,チーム生産がなされる場合で,かつ,誰か 1人でも努力水準を提供しさえすれば最適な生産水 準が導かれるような状況においては,他者との関係 性において個人の持つインセンティブが異なる.な ぜならば,成果自体に価値を有する個人において は,他者の成果にも関心を払うからである.すなわ ち,他者が努力水準を怠ると予測され成果を得る確 率が低い場合には,努力への意欲が高まることにな る.一方,他者が努力すると予測される場合には, 自分が怠っても成果を得る確率が高いため,自身が 敢えて努力しようという意欲を欠くことになる.こ

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の結果,他者が努力をする(あるいは怠ける)ことに 対する予測確率の程度によって最適な報酬は異なる のであり,他者が怠ける確率が高い場合には,低い 報酬であっても努力するインセンティブを与えられ ることになる.このような他者との相互依存関係の 中でのインセンティブ構造に関する詳細は,Francois

(2007)6)を参照されたい.

III.分析

前節において 4 つの異なる選好形式に応じて最適 報酬水準が異なることが示された.本節では,これ らの最適報酬を踏まえ,プリンシパルがエージェン トのタイプに関して観察不可能な場合の成果主義的 報酬システムの性能について検討する.以下では, エージェントのタイプは,4 つのタイプから等確率 に選ばれるとし,プリンシパルにはどのタイプが選 択されたかは把握できないとする.また,成果が実 現した場合の産出水準を 1 とし,価格を R で表すこ とにする.したがって,成果賃金を w と設定する と,1 の産出水準が実現した場合の利潤は R–w とな る.プリンシパルはこの利潤を最大化するような賃 金wを決定するものとする.

利潤最大化賃金wを特定するにあたって,衡平性 志向の強いエージェントの存在を保証する Φ< 1 を 仮定し,w***<w****<w*<w**が成り立つ場合のみをこ こでは考える.このとき,以下の 4 つの場合におけ るプリンシパルの期待利潤を導き比較することに よって,最も期待利潤が高まるwを求めることがで きる.

(1)w=w**の場合

このとき,エージェントがどのようなタイプで あってもモラル・ハザードへのインセンティブはな く,必ず努力する.したがって,このときの期待利 潤は p1R–w**となる.

(2)w=w*の場合

このとき,エージェントが不衡平性回避型の個人 である場合のみ怠ける選択を行う.この結果,3/4 の 確率で努力がなされ,1/4 の確率で怠ける結果とな る.よって,期待利潤は 0.75p1R+0.25p0R–w*となる.

(3)w=w****の場合

このとき,エージェントが不衡平性回避型,利己 的主体である場合には怠ける結果となる.したがっ て,確率 1/2 で怠け,確率 1/2 で努力することにな る.よって,期待利潤は 0.5p1R+0.5p0R–w****となる.

(4)w=w***の場合

このとき,エージェントが不衡平性回避型,利己 的主体,アウトプット指向型の選好を有する場合に は怠ける結果となる.したがって,確率 3/4 で怠 け,確率 1/4 で努力することとなる.よって,期待 利潤は 0.25p1R+0.75 p0R–w***となる.

以上の(1)から(4)の場合のどれが期待利潤を最大 化するケースに該当するかは,賃金の低下によって 生じる期待利潤の増加分と,賃金の低下から生じる モラル・ハザードによる期待利潤の減少分との比較 によって理解される.しかし,各変数の組み合わせ によってその帰結は多様であり,一概にどのケース が期待利潤最大化となる賃金であるかは判定できな い.このことからも,モラル・ハザードを制御する ために,安易に成果賃金を導入することによって むしろ非効率性が高まる可能性を理解することが できる.この点をより明示的に把握するために, 数 値 例 を 用 い て 確 認 す る. 以 下 で は,p1=0 .4, p0=0.2,α =1, β=0.5 の場合を検討してみよう.

このとき,(1)と(2)の場合を比較すると,R≤25 d のときには(1)よりも(2)の方が期待利潤は高い.

(2)と(3)の場合を比較すると,R≤200 d のときには

(3)の方が期待利潤は高い.ゆえに,(1)と(2)と(3) の場合において,R≤25 d が成り立つならば,最も賃 金の低い(3)のケースが期待利潤を最大化すること が示される.

(3)と(4)の場合を比較すると,γ の値に大きさに よってどちらの場合で期待利潤が大きくなるかが異 なり,

γ> +R 50d 20

のとき,(4)の場合の方が期待利潤は高くなる.し たがって,

R≤ 25d かつ γ> + R 50d

20

が成り立つとき,期待利潤は,(1)<(2)<(3)<(4)と なる.すなわち,賃金率を下げることによってモラ ル・ハザードは大きくなるのであるが,期待利潤は かえって高まる帰結を得る.標準的な経済モデルは

(2)の場合に該当するが,このときの期待利潤は必 ずしも高くはならない可能性が大いに示唆されるの である.

尚,条件 R≤25 d は,価格水準が相応には高くはな いということを意味している.したがって,当該事

(6)

業組織が相応の競争環境に直面しているならばこの 条件は比較的成立しやすいであろう.また,条件 γ>(R+50 d)/20 は,労働による不効用を大きく上回る ほどの γ が高い水準であることを意味している.こ の条件が成立するためには,成果によって極めて強 い達成感を得る個人でなければならない点に注意が 必要であろう.

IV.考察

前節では,労働者に多様な選好タイプが存在し, その選好タイプに関して情報の非対称性が存在する とき,従来の成果主義的報酬システムでは賃金が過 度に高く設定されることによってモラル・ハザード は制御できるものの期待利潤は決して高くはならな い可能性を示した.この結果を踏まえ本節では,医 療組織における成果主義的報酬システムの導入につ いて考察する.

一般に医療組織は,医療という極めて公共性の高 いサービスを提供する組織であって,Etzioni(1961)12) の定義するところの規範的組織と定義付けられると 考えられる.ここで規範的組織とは,社会的価値に 基づく規範的権力と組織活動そのものへの強い肯定 的な関与によって特徴付けられている組織と定義さ れる.このような規範的組織を構成する医師をはじ めとした医療スタッフらの労働に対する動機付け は,賃金や労働による不効用といった従来の経済学 が想定している要素以上に,労働それ自体に対する 使命感や労働による成果を通じて得られる達成感と いった内発的動機付けが強いものと考えられる.こ のため,成果主義的報酬システムの安易な適用は極 めて危険であり,医療組織を特徴付ける特殊性を考 慮すると,インプット指向型やアウトプット指向型 の選好タイプを有する個人の割合が相応に高い組織 であることを前提とした分析と検討が必要である.

内発的動機付けを強く持つ個人の組織構成割合が 高いとき,前節で検討したプリンシパルが直面する エージェント・タイプの確率について,インプット 指向型やアウトプット指向型の生起確率がより高い 値へと変更される.このとき,前節で示された帰結 は,より一層成立しやすい状況となる.すなわち, 標準的な経済分析で得られる最適賃金 w*では過大 な報酬となり,経営上の非効率性を招くのである. 換言すれば,モラル・ハザードに対する過剰な制御 システムとなり,過大な成果報酬を与えることでか えって効率性を失う危険性がある.また,過度なイ

ンセンティブ・システムによって内発的動機がクラ ウディング・アウトされる可能性を考慮すれば,長 期的には,より一層大きな損失を被る可能性がある ものと予測されるのである.

一方,医療組織は医師や看護師といった専門技術 を有した主体によって構成されており,組織構造は 診療部門,看護部門,薬剤部門というように専門職 ごとに部門が構成されている.このことから,医療 組織はセクショナリズムに陥りやすいという組織特 性を有していると考えられる.医療技術の高度化に 伴って各職種の高度専門化が進み,職種間の緊密な 連携によるチーム医療の重要性が高まる現在,こう した医療組織の問題をいかに克服するかは大きな課 題といえよう.このような状況下において,成果主 義的報酬システムが導入される場合,いかなる帰結 が予測されるだろうか.

成果主義的報酬システムの導入が個人単位あるい は部門単位でなされる場合,個人ないしは部門の成 果を高めることのみに関心が向きやすい.このた め,セクショナリズムを生みやすい組織特性がさら に助長される危険性が高まるものと予測される.し たがって,適切なチーム医療を実行するためには, チームに対する適切な成果主義システムの導入が必 要となる.しかしながら,チーム生産に伴うインセ ンティブ設計については,Holmstöm(1982)13)でも指 摘されているように,他者へのフリーライドという モラル・ハザードが不可避的となり,その成果主義 的報酬システムは一層複雑化することが知られてい る.この結果,医療組織が専門技術職の集合体であ るという特殊性に鑑みれば,成果主義的報酬システ ムの導入にはさらなる組織管理に関する費用を発生 させる可能性が予測される.ただし,ここでの検討 はより詳細な分析の上で議論しなければならず, チーム医療を前提とした組織体系における成果主義 的報酬システムの効果やあり方については,今後の 重要な研究課題となろう.

さらに,医療組織に対する診療報酬制度の設計に 対しても,医療組織内の報酬システムのあり方と同 様のことが指摘できるであろう.なぜならば,医療 技術の高度化と少子高齢化を背景に医療費が増加傾 向にある現在,医療機関のモラル・ハザードを制御 し医療費をより適切なものとするために,医療機関 に対して成果主義的な診療報酬体系が導入されつつ あるからである.しかし,非営利組織というガバナ ンス構造を持つ医療組織は,利潤追求が究極的な事 業目的となる株式会社組織とは異なり,各々が利潤

(7)

以外の個別の事業目的を有している.本稿での分析 に従えば,こうした多様な動機を有する医療機関に 対しては,必ずしも成果に応じて強いインセンティ ブを与えるのではなく,よりフラットな報酬体系の 方が望ましい可能性がある.このとき,確かに利潤 最大化に近い行動目的を有する医療機関にはモラ ル・ハザードへのインセンティブを与えるのである が,医療機関の持つ内発的動機をより有効に活用で き,より効率的な医療提供が実行される可能性もあ るのである.ゆえに,診療報酬制度の設計において 成果主義的手法をどの程度取り入れるのかについて も,今後より一層の分析と検討が必要となるだろう. 尚,ここでは医療組織に限定して考察を展開した が,ここでの主張は医療組織に限定されるものでは ない.内発的動機を強く有する個人によって構成さ れている事業組織であれば,本稿での考察はやはり 同様に適用できる.例えば,電力や鉄道といった公 益事業に従事する個人は固有の職業倫理と職業意識 を持ち,労働に対しても内発的動機を強く有してい ると考えられる.このような場合には,電力事業組 織や鉄道事業組織における安易な成果主義的報酬シ ステムの導入はかえって効率性を損なう危険性があ るのである.

V.おわりに

以上,本稿では労働に対する内発的動機を含んだ 多様な選好タイプを考え,それぞれにおける最適賃 金の性質を把握した.そこではまず,選好タイプに よって最適賃金水準は大きく異なることが確認され た.次に,確率的に個人の選好タイプが決まるよう な状況を想定し,利潤最大化を実現するような最適 報酬水準について検討した.この結果,標準的な経 済学が想定するような利己的主体に対する成果主義 的報酬体系では,過度に強いインセンティブを与え ることによってむしろ非効率的な生産活動となる可 能性を示した.

本稿で示された結果は,内発的動機を相対的によ り強く有している個人によって構成されるであろう 医療組織においてはより一層重要な意味を持つ.す なわち,医療組織においては過度にモラル・ハザー ドを制御するよりも,よりフラットな報酬システム の方が効率的な生産を実行できる可能性がある.ま た,診療報酬制度においても過度なインセンティ ブ・システムを導入することの非効率性をより慎重

に検討すべきであることが示唆された.

最後に,本稿で残された課題について述べる.本 稿では,1 人のエージェントのみを考え,4 つの選 好タイプから確率的に 1 タイプが選択される状況を 考えた.しかし実際には,複数のエージェントが存 在し,様々な選好タイプのエージェントの組み合わ せによって組織が構成されチーム生産がなされてい ると考えるべきである.チーム生産においては,1 人のエージェントの生産性の低下が他のエージェン トへの業務量増加などを齎し,この結果他のエー ジェントの生産性を低下させ,最終的には組織全体 の生産性が大きく低下するといったメカニズムも起 き得る.一方で Francois(2007)6)は,アウトプット 指向型の選好タイプを有する個人は,他者が怠ける ことによってより一層動機付けられ生産性も高まる という逆の可能性を指摘している.このように報酬 システムによって得られる帰結は,他者との複雑な 相互依存関係に大きく影響を受ける.こうした問題 を分析するには,複数エージェントのモデルに拡張 する必要があり,重要な研究課題である.

また,本稿では内発的動機として不衡平性回避 型,インプット指向型,アウトプット指向型の選好 タイプを検討したが,すべて外生的な変数によって 特徴付けている.実際には,外発的な動機付けを高 めることによって内発的動機がクラウディング・ア ウトされるような効果も考慮すべきである.このた め,内生的に選好タイプが決定されるようなモデル への拡張が必要である.

さらには,太田(2007)14)等で近年指摘されている 承認欲求といった視点を含めた研究も重要な課題で あろう.ここで承認欲求とは,他者に認められたい といった欲求を指す.こうした異なる視点に基づく 内発的動機をも含んだモデル分析をすることによっ て,多様化する現代社会における組織とその管理手 法のあり方を検討することができ,より社会的意義 の深い研究となるものと考えられる.

このようにモデルを拡張することで成果主義的報 酬体系の持つ性能がより理解されることとなり,医 療組織に対する適用についても,それが望ましいの か否かを含め,そのあり方を検討することができる ことになる.本稿では,極めて単純なケースに限定 して議論を明確にさせたが,より一般的な枠組みの 中で頑健な分析結果を示すことを次稿への課題とし たい.

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〈参考文献〉

1) 前田由美子,原祐一,福岡県メディカルセンター保 健・医療・福祉研究機構,福岡県医師会,『病院経営マ ネジメント:人事制度の現状と課題』,日医総研報告 書第 64 号,2004.

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参照

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