坂口謹一郎博士 生誕120年
坂 口 謹 一 郎 博 士 生 誕 1 2 0 年 記 念 事 業 実 行 委 員 会 委 員 長 新
にい潟
がた薬
やっ科
か大
だい学
がく名
めい誉
よ教
きょう授
じゅ髙
たか木
ぎ正
まさ道
みちさ ん イ ン タ ビ ュ ー
大
だい学
がく者
しゃに し て 一
いち流
りゅうの 文
ぶん化
か人
じん陶とう
芸げい
家か 齋さい
藤とう
尚なお明あきさん
とにかく筆 ふでまめな方でした。 何かあると必ずお礼 れい状 じょうを書かれ るので、郵 ゆう便 びん局 きょくまで手紙を出し
に行くのが私の役目でした。
地 ち域 いきの祭りや冠 かん婚 こん葬 そう祭 さいのとき には、祝 しゅう儀 ぎや香 こう典 でんは欠かさず、 よく仲 なこ人 うども務めておられました。 地域の酒造りにも力を注いでおられ、春は地域の杜 とう氏 じが持ち
寄った新酒の味を確かめて、仕 し
込 こみ前には杜氏を集めた勉強会
を開いておられました。
博士は、たくさんの思い出と
ともにこの地に多くのことを遺
して下さいました。 宮 きゅう中 ちゅうの歌 うた会 かい始 はじめに召 めし人 うどとし
て 参加されるなど、歌 か人 じんとしても
歴史に残る方だと思います。色
紙や茶 ちゃ碗 わんに書かれる文字にもこ
だわりを持たれ、味わい深い作
品が多く残っています。 晩 ばん年 ねんには、私の焼いた湯のみ
に一つ一つ筆を入れ、友人や知
人の皆さんへ配られました。せっ
かくの作品を割 わらないように丁 てい
寧 ねいに包んで上越と東京の間を運
んだことはいい思い出です。 私の思い出す博士の人柄❷
坂口記念館「楽らく縫ほう庵あん」
坂口博士の菩ぼ提だい寺じ 浄じょう
厳ごん
寺じ 住職 坂さか
井い 龍りゅう輔ほさん
人 と 地 域 を 大 事 に し た 人
私の思い出す博士の人柄❶博士の思い出の品々
最近、囲 い碁 ごのトップレベルの 棋士が人 じん工 こう知 ち能 のうに敗 やぶれましたが、その事実だけでは人が人工知能
に劣 おとるとは思いません。一芸に 秀 ひいでているだけでなく、さまざ
まな分野の教養を備え、さまざ
まな形で表現し、応用していく
力を持った人の魅 み力 りょくにはまだま
だ遠く及ばないと思います。坂
口博士はまさにそういう魅力の
ある人であったのだと思います。 郷 きょう土 どを愛し、人類を愛し、和 歌や雪椿、陶 とう磁 じ器 きを愛する心を 持ちながら、生物の機能を解 かい析 せき
するという科学的な探 たん究 きゅう心 しんで
数々の功績を遺された博士のこ
とを、「和 わ魂 こん洋 よう才 さい」という言葉 からとって「詩魂学才」と評した
方もいらっしゃいます。 また、「酒博士」と呼 よばれたこ
とも、お酒にまつわる文化と、科
学的な知見を併 あわせ持った博士の魅
力を言い当てていると思います。
こうした博士の多面的な魅力に
ついて、改めて多くの人に知って
いただきたいと思います。
坂口謹一郎博士 生誕120年記念事業
実行委員会
博士の功績や人ひと柄がらを、世代 を超えて後こう世せいに引ひき継つぐとと もに、次代を担になう子どもたち に科学への興味や夢を持って もらうための事業を企き画かく、実じっ 施ししている。
「 詩
し魂
こん学
がく才
さい」の 人
2017 10・1 広報 2017 10・1 広報
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