平成26年度 ミクロ計量経済学 講義ノート3 動学的パネルデータ
このノートでは、動学的パネルデータ分析の手法を紹介する。動学モデルでは、期間が 短い場合には、固定効果推定量は一致性を持たない。かわりに、GMM推定量が使用される。 このノートでは、主にGMM推定量の性質を議論する。
3.1 動学パネルモデル
動学パネルモデルという範疇に入るモデルが多くあるが、ここでは、特に1次の自己回帰モ デルのパネル版を考える。つまり、panel AR(1) modelと呼ばれるモデルである。
yit= βyi,t−1+ ηi+ ϵit (1)
• {yit}: データ。
• ηi: 固定効果。ここでは、回帰変数と相関があるという意味で、固定効果と呼ばれて いるのであって、乱数ではないという意味ではない。
• ϵit: 誤差項。系列相関なしを仮定する。
固定効果推定量は、Tが固定の時には一致性を持たない。なぜなら、
yit− ¯yi = β(yi,t−1− ¯yi) + ϵit− ¯ϵi (2) という式の回帰変数と誤差項の相関があるからである。
E((yi,t−1− ¯yi)(ϵit− ¯ϵi)) ̸= 0 (3)
つまり、yisとϵitはs≥ tなら、相関している。
• なお、動学パネルモデルと呼ばれる要件は、強外生の仮定が成り立たないが、先決変 数の仮定がなりたつことである。つまり、線形回帰モデルyit= x′itβ+ ηi+ ϵitの場合 であると、E(ϵit|xi) = 0は成り立たないが、xitが先決変数である仮定
E(ϵit|xi1, . . . , xit) = 0 (4) (過去のxitに条件付ければ、期待値が0になるが、将来のxitと現在のϵitは相関して いるかもしれない) が成り立つ場合である。たとえば、このノートで議論するpanel AR(1)モデルの場合にはxit = yi,t−1であり、先決変数の仮定が成り立つ。先決変数 は、通常の意味では内生変数ではないが、固定効果があるため、固定効果を処理しよ うとすると内生問題が発生する。この、固定効果の存在による内生性の発生が、動学 パネルの基本的な問題である。
3.2 操作変数による推定
操作変数(あるいはGMM)による、推定を紹介する。この方法は、T が固定されている状 況でも、一致性を持つ。またGMM推定量は、動学パネルモデルを用いた実証研究におけ る標準的な手法となっている。
操作変数推定の基本的なアイデアは、Anderson and Hsiao (1981)による。まず、一階 の階差をとって、固定効果を消す。
yit− yi,t−1= β(yi,t−1− yi,t−2) + ϵit− ϵi,t−1. (5)
そして、yi,t−2を操作変数として使って、βを推定する。
βˆAH =
∑n i=1
∑T
t=3yi,t−2(yit− yi,t−1)
∑n i=1
∑T
t=3yi,t−2(yi,t−1− yi,t−2). (6)
GMM推定量 βˆAHではyi,t−2だけを操作変数として使用したが、全てのラグが、操作変 数として使えることがわかる。
∆ϵi =
ϵi3− ϵi2
. . . ϵiT − ϵi,T −1
(7)
と
Zi=
[yi1] 0 . . . 0 0 [yi1, yi2] . . . 0
. . . 0
0 . . . 0 [yi1, . . . , yi,T −2]
(8)
を定義する。
Arellano and Bond (1991)と Holtz-Eakin, Newey and Rosen (1988) は次のような、 モーメント条件を使い、GMMでβを推定することを、提唱した。
E(Z′i∆ϵi) = 0. (9)
具体的には、 minb
(1 n
n
∑
i=1
Z′(∆yi− b∆yi,−1) )′
W (1
n
n
∑
i=1
Z′(∆yi− b∆yi,−1) )′
, (10)
という最適化問題を解いて、推定量を求める。ここで、W は重み付け行列で、もっとも効 率的な推定量をもたらすものは、行列は次のものである。
Wˆopt= (1
n
n
∑
i=1
Zi∆ˆϵi∆ˆϵ′iZi
)−1
(11)
ˆ
ϵiは、preliminary estimationからとった残差である。なお、この推定量は、明示的に式に かくことができ、
βˆAB =
{( n
∑
i=1
∆y′i,−1Zi
) W
( n
∑
i=1
Z′i∆yi,−1
)}−1
(12)
× ( n
∑
i=1
∆yi,−1′ Zi
) W
( n
∑
i=1
Z′i∆yi
)
(13)
となる。最近の計量ソフトで、パネルデータを扱えるものなら、大体、この推定量を計算できる。
特定化検定 Arellano and Bond (1991)はこのGMM推定量のためのモーメント条件の検 定を開発している。GMM推定量であるため、通常の過剰識別検定であるJ検定を使用する ことができる。しかし、動学パネルのGMM推定ではモーメント条件の数が多くなるので、 J検定の検出力は弱くなりがちである。Arellano and Bond (1991)の検定は、モーメント条 件を成り立たせる基本的な条件である、
E((ϵit− ϵi,t−1)(ϵi,t−2− ϵi,t−3)) = 0 (14)
を検定することで、検出力を高めている。検定統計量の数式は、論文を参照。なお、この検 定は、 などで簡単に行うことができる。
3.3 GMM推定量の問題点
先程紹介したGMM推定量には、以下のような問題があることが知られている。
• Weak instruments problem 操作変数が弱いという問題。
• Many instruments problem 操作変数の数が多いという問題。
3.3.1 操作変数が弱い問題
ここでは、操作変数は、yi,t−1で、回帰変数はyit− yi,t−1である。もしβが1に近いならば、 相関が弱くなって、問題が起こることがわかる。
E(yi,t−1(yit− yi,t−1)) = E(yi,t−1((β − 1)yi,t−1+ ηi+ ϵit)) (15)
= −(1 − β)E(y2i,t−1) + E(yi,t−1ηi) (16) となる。ここで、yitが時系列的に、定常の場合には、
yit= ηi 1 − β +
∞
∑
j=0
βjϵi,t−j (17)
とかける。したがって、
−(1 − β)E(yi,t−12 ) + E(yi,t−1ηi) (18)
= − (1 − β) (1 − β)2E(η
2) + 1 1 − βE(η
2) − (1 − β)E
∞
∑
j=0
βjϵi,t−j
2
(19)
= − σ
2 ϵ
1 + β (20)
となる。また、yi,t−1の分散は、 σ2η (1 − β)2 +
σϵ2
1 − β2 (21)
で(yit− yi,t−1)の分散は、
2 1 + βσ
2
ϵ (22)
である。したがって、相関係数は、
−√(1 − β)
2
1 + β
σ2ϵ
√
ση2+ 1−1+ββσ2ϵ√1+2βσ2ϵ
(23)
となり、これは、βが1に近づいていくと、0になる。
System-GMM推定量 この問題への対処法で、最もよく使われているのは、System-GMM 推定量である。System-GMM推定量と呼ばれているものは、前に使った
E(Z′i∆ϵi) = 0. (24)
というモーメント条件に加えて、Arellano and Bover (1995)やBlundell and Bond (1998) によって提唱された、次のモーメント条件も使って、推定を行う。
E((ηi+ ϵit)(yi,t−1− yi,t−2)) = 0 (25)
t= 4, . . . , T。また定常条件のもとでは、t= 3でもなりたつ。
このモーメント条件が成り立つことは以下からわかる。まず、E(ϵit(yi,t−1− yi,t−2)) = 0 であることはすぐにわかる。また、
E(ηi(yi,t−1− yi,t−2)) = 0 (26)
は、簡単化のために定常性を仮定すると、E(ηiyit)が任意のtに対して、定数になるので、 成立する。
なお、E((yit− βyi,t−1)(yi,t−1− yi,t−2))のβに関する微分は、−E(yi,t−1(yi,t−1− yi,t−2)) で、これは、常に0にはならないので、このモーメント条件は強いこともわかる。
System-GMM推定量のバイアスについて
• Blundell and Bond (1998)の実験では、System-GMM推定量はバイアスが小さく有 用であることが観察された。
• Bun and Kiviet (2006)は、高次漸近展開でバイアスの式を導出し、先の結果は、ある 特殊なケースに限ることを観察し、一般的には、System-GMM推定量でも、バイアス がかかっていることを示した。
• 一方Hayakawa (2007)は、この2つの種類のモーメント条件は、違う方向にバイアス を出すため、両方のモーメント条件を使うことにより、バイアスが小さくなることが 多いのではないか、ということを、示した。
System-GMM推定量の定常性の仮定への依存について 一方で、System-GMM推定量
は、定常性の仮定に大きく依存しており、もし定常性が満たされない場合には、その性質は かなり悪くなることが近年の研究で明らかになってきている。なお、ここでの定常性とは、 βの値が1から離れていること、並びに、初期値の分布が、定常分布と一致していることの、 二つの問題がある。
• Bun and Kleibergen (2013)では、Arellano-Bund推定量やSystem-GMM推定量で使 うモーメント条件では、パラメータの識別が、係数の値が1に近いところでは、注意 が必要になることを示している。
• Bun and Sarafidis (2013)は、こうした初期条件の定常性に関しての優れた議論を含 むサーベイ論文である。
• なお、Hayakawa (2009, JOE)やHayakawa and Nagata (2013)では、初期条件が定 常でない場合には、Arellano-Bond推定量が、βの値が1に近くとも、うまく機能す ることが議論されている。
3.3.2 操作変数の数が多い問題
操作変数の数が多いと、GMM推定量にはバイアスが出る一方で、操作変数の数を増やす と、分散を小さく出来る。
動学パネルのGMM推定の場合は、操作変数の数(モーメント条件の数)が大きくなる 可能性がある。たとえば、yi2− yi1には、yi1が操作変数になり、、yt10− yt9には、yi1, . . . , yi9 が操作変数になる。つまり、操作変数の数は、T2のオーダーになり、T がそれなりに多い と、非常に大きくなる。
動学パネルの場合の、操作変数が大きい場合の問題は、Okui (2009)で分析されている。
• バイアスは、それぞれの、回帰変数につく、操作変数の数に依存し、全体のモーメン ト条件の数では、ない。
• 分散はモーメント条件の数が多いと小さくなる。
• また、これらの結果を使って、モーメント条件の数を選ぶ方法も、紹介している。 ここでは、有効性をできるだけ落とさずに、操作変数の数を減らす方法である、Hayakawa (2009, ET)の推定量を紹介する。まず、固定効果を消すために、Forward orthogonal devi- ationをとる。つまり
yit∗ =
√ T− t T − t + 1
(
yit−yi,t+1+ · · · + yiT
T− t
)
(27)
x∗it =
√ T− t T − t + 1
(
yi,t−1−yi,t+ · · · + yi,T −1
T − t
)
(28) とすると、式は、
yit∗ = βx∗it+ ϵ∗it (29) となる。このx∗itへの操作変数として、Backward orthogonal deviationを取ったラグ変数を 使う。
zit=
√ T − t T − t + 1
(
yi,t−1−yi,t−1+ · · · + yi1
t− 1
)
(30) この推定量は、操作変数法なので、Tが固定されても一致性を持つ。また、Tが無限にいく ときには、効率性をもち、操作変数の数も少ないので、バイアスも出ない。
3.4 T が大きい時の固定効果推定
もし、T → ∞なら、固定効果推定量は一致性をもつ。このノートの始めの方で、固定効果 推定量は一致性がないと言ったが、その議論は、Tが固定された漸近理論の下である。もし、 Tが小さい(T = 5など)では、Tを固定した漸近理論に従って、推定を行った方がよい。一 方で、近年では、時間軸の長いパネルデータも利用可能になってきているため、そのような データでは、固定効果推定量を使用することができるかもしれないという期待が生まれる。
しかし、上で見た相関によってもたらされるバイアスは、たとえ長期パネルでも、無視 できない大きさである(Hahn and Kuersteiner (2002), Alvarez and Arellano (2003)) 。通 常利用可能な長期パネルデータは、T = 10やT = 25程度のことが多く時系列の理論に完全 に依拠することは、できない。また、国別パネルなどでは、T = 100などというものもある が、その場合でもNが大きければ、推定はともかく、検定や信頼区間の構築を行う際には、 バイアスが標準偏差に比して大きくなりうるため、バイアスを無視することはできない。
Hahn and Kuersteiner (2002)によるバイアス修正法を紹介する。なお、このバイアス 修正法を使っても、Tが固定のときの一致性の問題は解決できないが、Tがそれなりに大き いなら、バイアスをかなりうまく取り除くことが出来る。バイアス修正済み推定量は、
βˆHK = T + 1 T βˆF E +
1
T (31)
である。NとT が両方とも同じ速度で無限に行くとき、
√N T( ˆβHK− β) →dN(0, 1 − β2) (32)
となる。ちなみにバイアス修正をかけないと、漸近分布の平均は0にならない。 固定効果推定量のバイアスとその修正法については、以下も参考になる。
• Kiviet (1995) 固定効果推定量のバイアスを導出し、バイアス修正推定量を提唱した、
おそらく始めの論文。Hahn and Kuersteiner (2002)とは理論的枠組みが少し異なる。
• Bun and Carree (2005)は、さらに高次のバイアスを修正する方法を開発している。
• Judson and Owen (1999)によると、T がそれなりに大きいなら、Kiviet (1995)のバ イアス修正固定効果推定量が、一番よい推定量ではないかとのこと。
3.5 他の動学パネルモデル 他のモデルについては以下を参照。
• Lee (2012) AR(p)の場合
• Lee, Okui and Shintani (2014) AR(∞)の場合
• Okui (2010) 自己共分散や自己相関
• Arellano (2003)自己回帰モデルでない、動学パネルのモデルも考察している。
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