未利用バイオマス成分から機能材料の創出
大学院農学研究院・大学院農学院 教授
浦木
うらき
康光
やすみつ
(農学部森林科学科)
専門分野 : 森林化学,高分子科学
研究のキーワード : 機能性物質,ナノテクノロジー,バイオリファイナリー,リグニン HP アドレス : http://www.agr.hokudai.ac.jp/fres/forchem/
何を目指しているのですか?
森は、自然の恵みの宝庫です。そこで育まれた樹木は、人類の貴重な資源です。特に、 石油などの化石資源に依存し、多くの環境問題を引き起こした人類は、環境に調和した森 林資源に目を向け、有効に利用しなければなりません。近年、生物資源はバイオマスと呼 ばれ、これを余すことなくエネルギーや物質として使う仕組みのことをバイオリファイナ リーと定義されています。森林科学科では、木材を有効に利用するための研究グループが あり、私はそこで、木材を化学的に総合利用するバイオリファイナリーの確立を目指して います。
太くて節などの欠点がない良質材は、家具や建築資材として利用されます。しかし、化 学的なバイオリファイナリーでは良質材ではなく、健全な森林を育成するために行う除・ 間伐時に排出される木材や、建築用には利用できない虫食い材などの低質木材を原料とし て使います。この原料から、石油に代わる液体燃料の開発や、医薬・プラスチックなどの 人類に有用な材料を創出することを目的としています。したがって、私達の研究の成果は、 木材の付加価値を高め、最終的には、林業・林
産業の活性化に繋がると考えています。
具体的に は 、 ど ん な 材料を 開発し て い る
のですか?
木材などは、木質バイオマスとも呼ばれ、そ の代表的な構成成分であるセルロースは、紙や 衣類の原料として利用されています。その一方
で、セルロース成分を木材から取り出す時、リグニンという他の主要な構成成分もその副 産物として大量に得られます。しかし、現在、この物質は燃料以外に利用されていません。
出身高校:北海道旭川東高校 最終学歴:北海道大学大学院理学研究科
環境系/マテリアル
図1 広葉樹のリグニン(A)および針葉樹のリグニン (B)から作製した炭素繊維
図2 インドネシアの学生と活性炭を作っている様子(A)。電気を用いないで活性炭を製造するための装置の模式図(B)。 作った活性炭で川の水を浄化した様子(Cの上段)。川の水のバクテリアが活性炭処理で減少した様子(Cの下段)。
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私は、この物質から炭素繊維や、環 境汚染物質を速やかに除去する繊維 状活性炭の開発、さらに、基本的に は石鹸のような活性を持ちながら、 ある種の有用な酵素の活性を高める 物質の開発など、リグニンを機能性 物質に変換する研究を進めていま す。
また、セルロースから微細繊維(ナノファイバー)や、もう一つの重要な構成成分であ るヘミセルロースという多糖類を発酵原料に変換する研究も行っており、全てが産業化で きるようになると木質バイオマスのバイオリファイナリーが達成できると考えています。 これらの研究は、有機化学、高分子化学を基礎としていますが、テーマにより生化学や ナノテクノロジーも必要であり、実験に使用する機器も広範囲に及びます。例えば、有機 化学で用いる核磁気共鳴装置や赤外分光光度計(顕微鏡付き)、材料の微細構造を観察する 電子顕微鏡や原子間力顕微鏡、さらに、抗体-抗原反応などの生体間相互作用の解析装置 などです。
次に何を目指しますか?
私達の研究室で開発しているリグニンの炭素繊維は、まだまだ強度が弱く、航空宇宙産 業では使えません。そこで、飛行機やロケットなどで使用できる炭素繊維の開発が夢です。
また、木材は軽量・高強度の材料として有名ですが、この機能がどのようにして発現し ているのか、不明な点が多く残されています。私は、木材の形成過程を模倣した人工細胞 壁を開発して、この理由を解明したいと思っています。さらに、人工細胞壁が動物細胞を 培養するための足場や、個々の細胞を閉じ込めた細胞機能分析用アレイとして利用できる ような、新たな材料開発の研究を始めています。
参考書
(1) 中村太士・小池孝良編著,『森林の科学-森林生態系科学入門』,朝倉書店(2005) (2) 北海道大学大学院農学院編,『Agricultural Sciences for Human Sustainability-
Meeting the Challenges of Food Safety and Stable Food Production-』,海青社(2012) (3) 浦木康光・幸田圭一・山田竜彦,「両親媒性リグニン誘導体の秘められた機能とその活
用」『機能材料』,32巻2号,pp.42-47,シーエムシー出版(2012)
図3 簡易移動窯を用いた製炭実習。炭材の立て込み(A)、窯への火 入れ直後(B)
図4 人工細胞壁の骨格となるハニカム状セルロースの作製
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