お問合せ先
茨城大学学術企画部学術情報課(図書館) 情報支援係
http://www.lib.ibaraki.ac .jp/toiawas e/toiawas e.html
T itle
小学校理科教材「メダカ」の扱いにおける問題提起 : 国
内外来種の視点から
A uthor(s )
棗田, 孝晴
C itation
茨城大学教育学部紀要. 自然科学 = B ulletin of the F aculty
of E ducation, Ibaraki University. Natural science, 67: 7-16
Is s ue D ate
2018-01-30
UR L
http://hdl.handle.net/10109/13510
R ig hts
小学校理科教材「メダカ」の扱いにおける問題提起
―
国内外来種の視点から
―
棗田 孝晴*
(2017 年 8 月 31 日受理)
Problem Presentation for Handling of Killiish as Science Teaching
Material for Elementary School
-From the Viewpoint of Domestic Alien
Species-TakaharuNatsumeda* (Accepted August 31, 2017)
はじめに
小学校第5学年理科の生命分野で扱う「動物の誕生」の単元では,「生命の連続性」に関連する
動物の発生や成長について,魚を育てたり人の発生についての資料を活用したりする中で,卵や胎 児の様子に着目して時間の経過と関連付けて調べる活動を通じて,1)魚には雌雄があり,生まれ た卵は日がたつにつれて中の様子が変化してかえること,2)人は母体内で成長することを児童に 身に付けさせることを目的としている(文部科学省 2017a)。魚類の中でも,「メダカ」は業者から 安価で簡単に入手でき,飼育や雌雄の判別,水槽内での繁殖が比較的容易であることに加え,1~ 2か月という比較的短い時間スケールで生命の連続性(雌雄ペア産卵→受精→受精卵の発生→ふ化 →子メダカの誕生)を体感できる身近な理科教材として優れた特質を持つ(岩松 2006, 2014)。さ らに,観察に用いる魚類の卵として,文部科学省が観察対象として推奨している「内部の様子の変 化を捉えやすい魚の卵」(文部科学省2017a)という条件においても,肉眼で確認できる大きさの卵 を持つ「メダカ」は理想的と考えられる。このため,「生命の連続性」の単元で扱う魚類として,「メ ダカ」が多くの教科書で採用され,雌雄におけるひれ(背鰭と臀鰭)の形状の違い,受精,受精卵 の育ちなどについて取り上げられている(岩松 2014;太田 2015)。教科書の理科教材として扱わ れる「メダカ」は,オレンジ色の体色を持つ鑑賞用のメダカ(ヒメダカ)である場合が多いが,ヒ メダカを含めた「メダカ」の生物学的実態について,学校教育の現場で触れられる機会は決して多 くないと考えられる。
近年では,セアカゴケグモやヒアリに代表される外来種関連のニュースが世間を賑わせている。
*茨 城 大 学 教 育 学 部 動 物 生 態 学 研 究 室( 〒310-8512 水 戸 市 文 京2丁 目1-1番 地; Laboratory of Animal
Ecology, College of Education, Ibaraki University, Mito, 310-8512 Japan).
棗田:小学校理科教材「メダカ」の扱いにおける問題提起 7
外来種は,一般に「外国からやってきた生物」と誤解されがちであるが,あくまで人為的に自然分 布の範囲外に導入した(導入された)生物のことを指す(日本生態学会 2002;瀬能 2013)。したがっ てたとえ国内であっても,人為によって自然分布域外へ導入されたものは外来種(国内外来種)と みなされ,実は「メダカ」も国内外来種として近年,問題視されている(瀬能 2013;北川 2013; 河村 2015)。ヒメダカを含めた「メダカ」の生物学的実態の理解は,中学校3年生の環境分野で扱 う「外来種」に対する関心の喚起や理解の深化につながることが期待される。
そこで本稿では,ヒメダカを含めた「メダカ」の生物学的実態を整理すると共に,現行の小学校 理科の教科書における「メダカ」の扱いについての検証を通じて,国内外来種の視点から問題提起 することを目的とした。
「メダカ」の生物学的実態の整理と放流による遺伝的撹乱
小・中高等学校の理科教材として広く用いられているオレンジ色の体色を呈する鑑賞用の「メダ カ」(ヒメダカ)は,野生メダカの体色を構成する4種類の色素(黒色,黄色,白色,虹色)のうち, 遺伝子に生じた突然変異によって黒色素が合成されなくなった野生メダカの突然変異体に由来する メダカの飼育品種で,観賞魚として200~300年前から金魚業者等によって維持されてきたもの と考えられている(江上・酒泉 1981;岩松 2006)。ヒメダカの体色(黄色変異)は,体表におけ る黒色素の発現に関する遺伝子(通称B遺伝子)上のDNAの欠損に因ることが明らかにされている
(Fukamachi et al. 2001, 2008)。つまりヒメダカは,体色の発現に関わる1つの遺伝子の機能が壊れ
ているだけで,ゲノム構成上で野生のメダカとの間に本質的な違いはない(北川 2013)。
一方,日本のメダカ野生集団は,アロザイム分析によって「北日本集団」と「南日本集団」の2 つの遺伝的に大きく異なる2つのグループに分けられる(酒泉 1987)。青森県の東部から日本海沿 いに丹後半島の東側まで分布する「北日本集団」は,アロザイム遺伝子座上では変異に乏しい集団 であるのに対し,それ以外の地域に生息する「南日本集団」は遺伝的に変異に富み,1ないし2遺 伝子座におる地域固有の対立遺伝子の頻度から,「東日本型」,「東瀬戸内型」,「西瀬戸内型」,「山 陰型」,「北部九州型」,「大隅型」,「有明型」,「薩摩型」,「琉球型」の9つの「地域型」に分けら れている(酒泉1990)。ミトコンドリアDNA(mDNA)のシトクロムb領域の制限断片長多型解析
(PCR-RFLP解析)を用いて,日本全国303地点で採集された野生メダカから検出された67マイト タイプについて塩基配列を決定して系統解析をおこなったTakehana et al.(2003)は,「東日本型」
や「山陰型」が更に複数のサブクレードに細分されること,また南北集団の分岐とほぼ同時期まで 遡る遺存的な系統(クレードC)が存在することを明らかにした。次いでAsai et al.(2011)は,遺
伝的に分化した「南日本集団」と「北日本集団」の2グループ間において,背鰭軟条の切れ込みや 体側のパッチ状の銀鱗の程度などの形態学的特徴上の相違を見出し,前者のグループをミナミメダ カ(学名は従来のOryzias latipes),後者のグループをキタノメダカ(新学名O. sakaizumiiを付与)とし,
ミメダカの両種ともに,他所由来のメダカの放流による遺伝的撹乱という深刻な問題に直面してい る(瀬能 2000;小山・北川 2009;竹花・北川 2010;Nakao et al. 2017)。本稿では,これら2種を
含めたメダカ種群(O. latipes species complex)を一括して「野生のメダカ」として扱い,国内外
来種の意識的な放流や遺棄,無意識的な逸出によって引き起こされる遺伝的撹乱の問題について言 及する。
国内外来種がもつ特徴として,1)海外由来の国外外来種よりも導入先で定着しやすいこと,ま
た2)外見上の差異が少ないため,それが外来種なのか在来種なのかを判断することが難しいこと
の2点が挙げられる(瀬能 2013)。野生のメダカの黄色変異であるヒメダカは学校の理科教材とし てだけでなく,観賞用や熱帯魚の餌用としても大量に養殖され,販売を通じて全国的に流通してお り,誤った環境保護活動として行われる放流や養殖場からの逸出を通じて自然水域へ流出し,野 生のメダカとの交雑による遺伝的撹乱のリスクが指摘されている(瀬能 2000;竹花・北川 2010)。 奈良県の大和川水系では,南北に及ぶ複数の支流で広域的にヒメダカおよびヒメダカ由来のミトコ ンドリアDNA(mtDNA)が検出されている(小山・北川 2009;中井ほか 2011;北川 2013)。こ の現象が生じている背景として,北川(2013)は県内のヒメダカ養魚池からの流出だけでは説明 できず,何らかの理由でヒメダカが人為的に野外に放流された可能性を指摘している。
メダカの体色の遺伝については,黒褐色(野生型)がオレンジ色(ヒメダカ型)に対して優性(顕性) であり,野生のメダカ(表現型:黒褐色,遺伝子型:BBとする)と突然変異により黒色素が合成
されないヒメダカ(オレンジ色,bbとする)とを交雑させて生じる雑種第一世代(F1)の個体の表
現型は,メンデルの優性・分離の法則に従って全て黒褐色(遺伝子型はBb)となる(石原 1916;
Aida 1921;岩松・森 1994)。ヒメダカと野生のメダカは水槽飼育下で比較的簡単に交配する(北 川 2013)ため,一度ヒメダカを野外に放流してしまうと,野生のメダカとの交雑により,次世代 の個体は外見上「黒褐色の体色をもつ野生型」であるが,遺伝子型から見るとヒメダカのb対立遺
伝子をヘテロの形で持つ交雑個体に全て置き換えられてしまう。この交雑個体は,野生のメダカと 体色や形態上からの識別が難しいため,メダカ野生集団の中で遺伝的撹乱が進行していることに気 づきにくい。さらに厄介なことに,ヒメダカは特定の地域のメダカ野生集団を起源にもち,そこか ら派生した黄色変異個体を人為的に継代飼育することで維持されてきた(江上・酒泉 1981)ため,
b対立遺伝子以外にもヒメダカに由来する異なった遺伝子のDNA配列を持っている可能性がある
(北川 2013)。市販されているヒメダカの遺伝子構成について,ミトコンドリアDNA(mtDNA)シ トクロムb領域の制限断片長多型分析(PCR-RFLP分析)を用いて調べた小山ほか(2011)は,全
国的に流通しているヒメダカの遺伝子構成がほぼ一致していること,また「東日本型」由来のマ イトタイプが全ての養殖場や観賞魚店において高頻度で検出されたことや,現在のヒメダカの養 殖,流通の中心が「東日本型」にあたる愛知県弥富市にあることから,現在流通しているヒメダカ の起源は東日本型由来である可能性が高いことを指摘している。また観賞魚店で大量販売されてい る「クロメダカ」の販売形態,流通経路,遺伝子構成の検証から,「クロメダカ」の実体がほぼ「野 生型体色をもつヒメダカ」であること,また「クロメダカ=野生のメダカ」という誤った認識のも とで,誤った環境保護活動の一環として野外に放流されている可能性も指摘されている(小山ほか 2011)。ヒメダカ(クロメダカを含む)の放流がもたらす大きな害は,メダカ野生集団の個体との 交雑を通じて,これまでメダカ野生集団が保持していた遺伝的な地域固有性を破壊し,代わりに養
殖された均質な「メダカ」の遺伝子を全国に拡散してしまうことに集約される(北川 2013)。
材料と方法
教科書の該当単元の調査
文部科学省が平成28年4月に発行した「小学校用教科書目録(平成29年度使用)」(文部科学省 2016)」に基づいて,平成29年度に国内の小学校で使用されている6社(A~F社,注)の理科の
教科書(平成26年3月7日検定済)を調査対象とし,5年生の「生命のつながり(魚のたんじょう)」
に関連する単元の中で,「メダカ」に関する以下の13項目への記述の有無を○×の二分法により判 定した。1)オスとメスの見分け方,2)飼育のし方,3)産卵行動,4)受精の説明,5)受精卵の成長,6)
たまごの観察,7)たまごの変化,8)ヒメダカと野生のメダカの区別,9)野生のメダカの減少要 因,10)野生のメダカ保全についての言及,11)観察後のメダカの扱い(鑑賞用のメダカの野外へ の放流禁止について言及しているか),12)メダカ以外の魚類についての言及,13)野外活動上の 安全教育。このうち項目11)については,「2017(平成29)年度全国教科書採択表」(http://www. nihonkyouzai.jp/11089.html,平成29年8月20日確認)を用いて,野外へのメダカの放流禁止に言 及している教科書を採用している公立小学校の地区が占める割合を各都道府県別に調べ,1)全地 区で採用,2)50%以上の地区で採用,3)50%未満の地区で採用,4)採用地区なしの4つのカテ ゴリーに区分し,インターネット上で無償提供されている地図塗りツール「白地図ぬりぬり」(https:// n.freemap.jp/,平成29年8月27日確認)を用いて,濃淡による色塗り地図を作成した。なお本研 究では,公立小学校(地区レベル)を解析対象とし,国立大学附属小学校および私立小学校は対象 外とした。
「メダカ」に関するアンケート調査
茨城県内の公立小学校教員28名(20~40代)を対象として,小学校5年生の「生命のつながり」
の単元で使用する「メダカ」について,1)入手方法,2)飼育や繁殖させる上で一番苦労している点, 3)単元実施後の子メダカの扱いの3項目について,平成29年8月10日に茨城大学においてアンケー ト調査を行った。アンケート内容の詳細は以下の通りである。
・質問1:観察で使用するメダカはどこから入手していますか?
a:販売業者等から購入した,b:譲渡してもらった(Q:最も該当するのはどれですか?他校,友人,
PTA,その他( )),c:学校内で飼育しているものを使用した,d:野外でメダカを採集して調
達した(Q:どのような場所でしたか? ),e:その他( )。
・質問2:メダカを飼育,繁殖させる上で一番苦労されていることは何ですか。
特に思い当たることがあれば,選択肢の後の( )欄にご記入ください。
a:水質の管理( ),b:水温の管理( ),c:産卵がうまくいかない( ),d:餌を食べてく
れない( ),e:その他( )。
・質問3:観察が終わった子メダカはどのようにしていますか?
a:児童に持ち帰らせている,b:児童に持ち帰らせず,学校内の施設で飼育している(Q:具体
d:教職員間など大人の間で適宜割譲している,e:その他( )。なお本アンケートは匿名で行い,
集計する際には具体的な地区や年齢などの情報が特定されないように留意した。
結 果
教科書の該当単元の調査
本調査対象とした13項目のうち,オスとメスの見分け方(項目1),「メダカ」のかい方(項目2), 受精の説明(項目4),受精卵の成長(項目5),たまごの観察(項目6),たまごの変化(項目7),
メダカ以外の魚類についての言及(項目12)の7項目については6社全てで,産卵行動(項目3) は5社(A,B,C,D,F)で記述が見られた(表1)。ヒメダカと野生のメダカの区別(項目8)については, 5社で記述があり,うち4社(A,B,C,F)では体色の違い(ヒメダカの体色はオレンジ色であるの
に対して野生のメダカは黒っぽい体色),1社(D)では餌の違いについてそれぞれ記述が見られた。 野生のメダカの減少要因(項目9)については4社(A,B,C,F)で記述が見られ,うち3社(A,C,F) では野生のメダカ保全についての言及(項目10)も併せて見られ,野外活動をするうえでの安全 教育(項目13)についても3社(B,C,D)で記述が見られた。いっぽう観察後の「メダカ」の扱い(項 目11)において,野外への放流禁止の記述があったのは6社中わずか2社(B,C)であった(表1)。
全47都道府県のうち,「観察後のメダカの野外への放流禁止」に言及している教科書を採用して いる公立小学校の地区を含むのは,約半数の24都府県(51.1%)に留まり,その内訳は1)全地 区で採用(青森,茨城,佐賀,大分の4県),2)50%以上の地区で採用(新潟,千葉,神奈川,山梨, 静岡,富山,愛知,愛媛,高知,福岡,長崎,熊本の12県),3)50%未満の地区で採用(山形,群馬, 埼玉,東京,京都,大阪,山口,沖縄の1都2府5県)であった(図1)。東北地方(6県中4県),
近畿地方(2府5県中5県),中国地方(5県中4県)では,「観察後のメダカの野外への放流禁止」
の記述のない教科書を全地区の公立小学校で採用している自治体が目立った(図1)。
表1.小学校理科教科書 5年生「生命の連続性(メダカの誕生)」の単元における13調査項目とその記述の有
無(平成29年度)
調査項目 教科書
A社 B社 C社 D社 E社 F社
1 オスとメスの見分け方
2 メダカのかい方
3 産卵行動
4 受精の説明 5 受精卵の成長
6 たまごの観察
7 たまごの変化
8 ヒメダカと野生のメダカの区別
9 野生のメダカの減少要因
10 野生のメダカ保全についての言及
11 観察後のメダカの扱い(野外への放流禁止)
12 メダカ以外の魚類についての言及
13 野外活動上の安全教育
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○(体色)
○ ○ × ○ × ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○(体色)
○ × ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○(体色)
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○(餌の違い)
× × × ○ ○ ○ ○ × ○ ○ ○ ○ × × × × ○ × ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○(体色)
○ ○ × ○ ×
「メダカ」に関するアンケート調査
アンケートの集計を単独回答のものに限ると,観察で使用する「メダカ」の入手経路として,「学 校内で飼育しているものを使用する」ケース(10例)が最も多く,他に「販売業者からの購入」(8 例)や「知人やPTA等から譲渡してもらう」ケース(5例)も見られた(表2)。次に「メダカ」を
飼育,繁殖させる上での苦労として,「産卵がうまくいかないこと」が最も多く(12例),次いで 「水質の管理」(9例),「水温の管理」(2例)の順であった。観察後の子メダカの扱いについては,「児 童に持ちかえらせず学校内で管理する」ケースが,27例中23例(85.2%)を占め,残る4例(14.8%) は「家で飼育する意思の強い児童には持ち帰らせる」ケースであった(表2)。
図1.小学校理科教科書(5年生)の単元において,「観賞用メダカの野外への放流禁止」を言及した教科書を採
用している各都道府県公立小学校の地区の割合(平成29年度)
( :全地区で採用, :50%以上の地区で採用, :50%未満の地区で採用,
:採用地区なし)
図1.小学校理科教科書(5年生)の単元において,「観賞用メダカの野外への放流禁止」を
言及した教科書を採用している各都道府県公立小学校の地区の割合(平成29年度)
( :全地区で採用, :50%以上の地区で採用, :50%未満の地区で採用,
:採用地区なし)
図1.小学校理科教科書(5年生)の単元において,「観賞用メダカの野外への放流禁止」を 言及した教科書を採用している各都道府県公立小学校の地区の割合(平成29年度) ( :全地区で採用, :50%以上の地区で採用, :50%未満の地区で採用,
:採用地区なし)
図1.小学校理科教科書(5年生)の単元において,「観賞用メダカの野外への放流禁止」を 言及した教科書を採用している各都道府県公立小学校の地区の割合(平成29年度) ( :全地区で採用, :50%以上の地区で採用, :50%未満の地区で採用,
:採用地区なし)
図1.小学校理科教科書(5年生)の単元において,「観賞用メダカの野外への放流禁止」を 言及した教科書を採用している各都道府県公立小学校の地区の割合(平成29年度) ( :全地区で採用, :50%以上の地区で採用, :50%未満の地区で採用,
:採用地区なし)
図1.小学校理科教科書(5年生)の単元において,「観賞用メダカの野外への放流禁止」を 言及した教科書を採用している各都道府県公立小学校の地区の割合(平成29年度) ( :全地区で採用, :50%以上の地区で採用, :50%未満の地区で採用,
:採用地区なし)
表2.茨城県公立小学校教員(28名)を対象とした理科教材メダカに関するアンケート集計結果(2017年8月10日実施)
()内の数字は他の選択肢との重複回答数を示す。
*:無回答1例あり。**:「e」と回答したものが2例あったが,コメント欄から「b」が最も該当する選択肢と判断されたため, 「b」として集計。
質問1:観察で使用するメダカの 入手経路*
a b c d e
販売業者から購入 譲渡してもらった 学校内で飼育しているものを使用 野外でメダカを採集して調達 その他
8
(3) 5(1) 10(1) 0(1) 0(1)
質問2:メダカを飼育, 繁殖させる上での苦労
a b c d e
水質の管理 水温の管理 産卵がうまくいかない 餌を食べてくれない その他
9
(5) 2(2) 12(2) 0(0) 0(1)
質問3:観察後の子メダカの扱い
a b c d e
児童に
持ち帰らせる 児童に持ち帰らせず学校内で管理
家で飼育する意思 が強い児童には
持ち帰らせる
教職員間など
大人の間で割譲 その他
0
考 察
教科書とアンケート調査の結果
本稿で調査した6社の教科書のうち,観察後の「メダカ」の扱いについて「観賞用のメダカ(ヒ メダカ)を野外に放流してはいけない」旨の注意(以下,「野外へのメダカ放流禁止の注意」とす る)が記述されていたものはわずか2社であった(表1)。この知見を基にして,現行の教科書で「野 外へのメダカ放流禁止の注意」の記述がある教科書を使用している公立小学校の地区を有するのは, 約半数(51.1%)の24都府県に留まり,東北,近畿,中国地方では,「野外へのメダカの放流禁止 の注意」のない教科書を全地区の公立小学校で採用している自治体が目だった(図1)。本研究では, 教科書の教師用指導書の内容までを調査対象とできなかったが,「野外へのメダカ放流禁止の注意」 が記述されていない教科書を用いている地区の小学校では,「メダカ」の観察後の扱い(学校で管 理するか,児童に持ち帰らせるか,後者の選択肢における野外への放流禁止の注意喚起を含めて)が, 教育現場を主宰する教員の裁量に大きく左右されており,教科書以外の情報媒体(自然保護活動団 体等による啓蒙を含む)を通じて野外への放流禁止が教職員やPTA,児童に周知されていない場合 には,他所由来のメダカの放流によって引き起こされるメダカ野生集団への遺伝的撹乱の視点(瀬 能 2000;竹花・北川 2010)から憂慮すべき状況にあることが危惧される。
本稿で対象としたアンケート結果から,観察用の「メダカ」の入手経路は業者からの購入や知人(友 人,PTA,学校関係者等)からの譲渡など様々であったが,単元終了後に残った子メダカについて は,児童に持ち帰らせず,水槽などの学校の施設内で管理する回答が85%以上を占めていた(表2)。 本稿でアンケート対象とした茨城県内の小学校で採用されているB社の教科書には,「観察が終わっ
ても,自然の池や川にメダカを放したり,水草をすてたりしない」旨の注意が記述されており,教 科書に記述されてある「野外へのメダカ放流禁止の注意」を教育現場に携わる教員各位が忠実に守っ ている様相が垣間見える。しかしながら本稿で扱ったアンケート数(n=28)は,統計処理を行う うえで充分とは言えず,県内外を対象とした広域的かつ網羅的なアンケートに基づく更なる検証が 今後必要である。
一方,児童の希望をきいて「メダカ」を持ち帰りたい強い意志のある児童については,持ちかえ らせる回答も数例見られた。この対応をとる場合には,「メダカ」を児童に渡す際に,1)自分で責 任を持ってその「メダカ」を最後まで飼うこと,2)もしどうしても自分で飼うことができなくなっ た場合は,自分だけで悩まずに学校の先生にまず相談すること,そして3)どのような状況であっ ても「メダカ」を絶対に野外には放流しないことの3点を児童に伝えて約束させることが重要と考 えられる。
なぜ「メダカ」を野外に放流してはいけないのか?その理由を考える
野生のメダカの種内の地域固有性に基づく遺伝的多様性は,地理的隔離と突然変異の蓄積によっ て数百万年という非常に長い時間をかけて形成された,進化史上からみて重要な遺産である(竹花 2010;竹花・北川 2010)。換言すれば,それぞれの地域(水系)には,その地域(水系)独自の地 史や気候などの地域特性を反映した遺伝的集団構造を持つ「ご当地メダカ野生集団」が生息してお
り,彼らはその地域集団の中でのみ遺伝子を交換しながら進化し続けている。「野生のメダカが減っ ているから,他所のメダカを放流して増やしてあげよう」という理屈は短絡的に考えて美化されが ちであるが,野生メダカ集団が持つ遺伝的背景を考慮せずに他所由来の「メダカ」(ヒメダカ,ク ロメダカを含む)を野外へ放流してしまう行為は,在来の野生メダカとの交雑を通じて,その地域 に生息するメダカ野生集団が長年かけて培ってきた地域固有性を遺伝的撹乱によって破壊してしま う生命倫理に反する犯罪的行為であるという認識を持つこと(瀬能 2000),そしてひとたび遺伝的 撹乱が生じてしまうと,もはや元の状態には戻せない取り返しのつかない事態になること(竹花・ 北川 2010)を強く認識し,野外への放流(不十分な飼育管理による野外水域への逸出も含め)を 厳に慎む必要がある。
上述のように他所由来の「メダカ」(ヒメダカ,クロメダカを含む)を野外に放流してはいけな いことを児童に伝えることは重要だが,小学校では「遺伝の規則性や遺伝子」の単元をまだ学習し ないため,減数分裂や遺伝の規則性の概念を使わずに児童が納得できるようにその理由を説明する 必要がある。本稿で調査対象とした6社のうち4社の教科書では,野生メダカの減少要因(水の よごれ,水田や河川の整備が進んだことや住宅が増えるなどの都市化により人の手が加わったこと でメダカがすむ流れのゆるやかなところ(小川)が少なくなった等)について言及しており,さら に3社では,野生のメダカの保全(野生のメダカがすむことのできる場所を守ったり,新たにメダ カなどの生物が住むことのできる場所を造ったりする取り組み,生物を守るためには食べ物のほか にも,すみか,産卵場所などのさまざまな条件を考える必要があること)についても言及している。 また小学校5年生の「水の中の小さな生物」では,野生のメダカが池や小川などの限られた生活場
所の中で,さまざまな生物をえさとして利用していることを学ぶ。これらの教科書の記載事項を通 じて,野生のメダカは小川や池の中で生活を営んできたが,私達人間の活動によって野生のメダカ が住める環境が急激に減っており,私達はこれ以上彼らの生活を邪魔してはいけないこと,そして 飼っている「メダカ」を野外に放流することは,えさやすみかなどの様々な面で彼らの生活を大き く邪魔することになるため,絶対にしてはいけない旨の説明が考えられる。
「注」本研究で調査対象とした教科書(順番は文部科学省(2016)に従った)
A: 毛利 衛,黒田玲子ほか32名.2015.新編新しい理科 5.東京書籍.
B: 有馬朗人ほか43名.2015.新版たのしい理科5年.大日本図書.
C: 霜田光一,森本信也ほか34名.2015.みんなと学ぶ小学校理科 5年.学校図書.
D: 養老孟司,角屋重樹ほか29名.2015.未来をひらく小学理科 5.教育出版.
E: 癸生川武次.2015.楽しい理科 5年.信州教育出版.
F: 石浦章一,鎌田正裕ほか54名.2015.わくわく理科 5.啓林館.
引用文献
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Asai, T., Senou, H. and Hosoya, K. 2011. Oryzias sakaizumii, a new ricefish from northern Japan (Teleostei:
Adrianichthyidae). Ichthyol. Explor. Freshwaters, 22, 289-299.
江上信雄,酒泉 満.1981.メダカの系統について.系統生物,6,2-13.
Fukamachi, S., Shimada,A. and Shima, A. 2001. Mutations in the gene encoding B, a novel transporter protein, reduce melanin content in medaka. Nat. Genet., 28, 381-385.
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茨城県内小学校教員28名の方々には,教育現場における「メダカ」教材の扱いに関するアンケー トにご協力頂いた。ここに記して深く感謝する。
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