池 田
本 源
氏 物
語 ・
帚 木
巻 の
祖 本
に つ
い て
文化 科学 研究 科・ 日本 文学 研究 専攻
大
内 英範
ENGLISH SUMMARY
SOKENDAI Cultural and Social Studies 三一
ENGLISH SUMMARY
Keywords;
The Tale of Genji, Text, Ikeda-bon, Transcript, Ancester-book
I clarify the ancester-book of Ikeda-bon and Takagi-bon.
The name of "Aobyoshi-bon" is used generically of the following transcripts now. That is, it
looks like the text of Oshima-bon, and the text of Kawachi-bon is a transcript with the text
with the difference. The number of differences in "Aobyoshi-bon" has been counted up to
now, and the attempt to measure the distance between transcripts has been repeated.
Only the problem counts the number of the difference and lection, and only a relative
position each to transcribe is understood. Is not related, and Ikeda-bon can refer Oshima-bon
in the system of ancester-book of Ikeda-bon as it is another system or the doubt.
In this text, the difference concerning a feature mark was paid to attention. As a result, it has
same ancester-book, and it is Oyahon of Takagi-bon that the correction joined the text in
some standards in both books on Ikeda-bon and Takagi-bon. The possibility of Takagi-bon
that is the transcript book on Teika-bon is high. Therefore, there is a possibility that is the
effect of Teika about the correction. In addition, there is a part where Oyahon of Myoyu-bon
has been succeeded to to such a text and the correction. And, having faithfully succeeded to
the text of common ancester-book of Ikeda-bon and Takagi-bon becomes Ikeda-bon.
About the ancestor-book of Ikeda-bon.
―Focusing on Hahakigi-chapter.―
Hidenori, OUCHI
(The Graduate University for Advanced Studies, School of Cultural and Social Studies, Department of Japanese Literature)
総研大文化科学研究 三二
文化科学研究科
は じ
め に
源氏 物語 本文 の系 統研 究と いえ ば、 まず 池田 亀鑑 の論 が想 起さ れる
︵注 1︶
。﹁ 大島 本﹂ を﹁ 青表 紙本
﹂の 標準 とし
、対 立す るも のと して
﹁河 内本
﹂を たて
、そ れら 以外 のも のを
﹁別 本﹂ とし た。 その 後、 たと えば
、阿 部秋 生が
﹁青 表紙 本と いわ れる 本文 は︵ 略︶ 二通 りあ るよ うに 見え る﹂
︵注 2︶ と述 べた よう に、
﹁青 表紙 本﹂ の中 でも いく つか のグ ルー ピン グが 可能 であ った り、 後述 の片 桐論
︵注 3︶ のよ うに
、定 家本 が複 数存 在し
、そ れぞ れの 本文 に異 同が ある とい う よう な指 摘も ある
。﹁ 青表 紙本
﹂と いう 概念 その もの の再 検討 が要 請さ れは じめ て久 しい とい えよ うが
、依 然、
﹁青 表紙 本﹂ とい う呼 称は
、
﹃源 氏物 語大 成校 異篇
﹄の 主底 本で ある 大島 本本 文と かな り似 てい て、 河内 本に 特有 の本 文を 持た ない 写本 の総 称と して
、事 実上
、使 われ て いる
。し かし
、も し、
﹁青 表紙 本系 統﹂ とい うも のが 存在 する とす れば
、 それ は、 ある 一本 を祖 本と する 本の 集合 体で あり
、厳 密に は、 その 祖 本と いう のが
、後 に﹁ 青表 紙﹂ と名 づけ られ た、 定家 の一 本だ とい う こと でな くて はな らな い。 これ まで
、﹁ 青表 紙本
﹂内 での 異同 の数 をカ ウン トし
、写 本間 の距 離 を測 定す る試 みが 繰り 返さ れて きた
。本 稿で とり あげ る池 田本 につ い ても
、こ れま で数 度、 論じ られ たこ とが ある
︵注 4︶
。
これ らの 説が 成り 立つ とす るに は、 そこ で比 較の 対象 とな って いる
﹁青 表紙 本﹂ の数 々が
、す べて 同一 祖本 から 派生 した もの だと いう 前提 で、 諸本 にお いて 何ら かの 事情 で本 文が 変化 した 結果
、距 離が 生じ た と見 るし かな いで あろ う。 そし て厳 密に は、 先述 のよ うに
、そ の﹁ 同 一祖 本﹂ は、 後に
﹁青 表紙
﹂と 称さ れる こと とな った 定家 の一 本で な くて はな らな い。 そう でな いな ら﹁ 青表 紙本
﹂内 の距 離測 定と いう 前 提が 崩れ
、論 証そ のも のに 意味 がな くな るか らで ある
。し かし
、現 実 には
、似 たよ うな 本文 をグ ルー ピン グし た際 の総 称と して の﹁ 青表 紙 本﹂ を検 討し てい るの であ って
、そ れら の本 に本 当に 同一 祖本 が想 定 でき るの か、 検討 され たこ とは あま りな いの では ない か。 異同 や共 通異 文の 数を カウ ント して 得ら れた 諸本 間の 距離 には
、一 定の 意味 が確 かに あり
、稿 者も その よう な視 点で 写本 を眺 める こと が よく ある
。し かし
、本 稿で はむ しろ
、表 記の 特異 性や
、異 同の 中身 を 検討 し、 そこ から 読み 取れ るこ とを 問題 にし たい と思 う。 既に 旧稿
︵注 5︶ で検 討し た池 田本 及び 高木 本に つい て、 その 本文 様態 をさ らに 検討 し、
﹁青 表紙 原本
﹂の 臨模 本と され る明 融本 とも 比較 しな がら
、そ の祖 本の 形を 考え てみ たい
。
特 徴
的 な
異 同
・ 表
記 か
ら
写本 間の 関係 を考 える 際、 信頼 でき る奥 書等 がな い場 合は
、本 文の
総研大文化科学研究 三三
池 田
本 源
氏 物
語 ・
帚 木
巻 の
祖 本
に つ
い て
文化 科学 研究 所・ 日本 文学 研究 専攻 大 内 英範
異同 を検 討す るこ とか らは じめ るこ とに なる
。先 述の よう に、 異同 の 数を カウ ント して
、多 けれ ば関 係が 遠く
、少 なけ れば 関係 が近 い、 と いう 考え 方も もち ろん 有効 であ り、 何よ り数 字で 客観 的に 比較 でき る とこ ろが よい
。 とは いえ
、異 同と いっ ても 様々 なパ ター ンが ある
。単 に異 同の 数だ けで はわ から ない こと も多 いで あろ う。 ここ で、 特徴 的な 表記 に関 する 異同 に注 目し てみ たい
。す なわ ち、 ある 表現 につ いて
、あ まり 類例 のな い表 記、 たと えば 当て 字の 書承 や、 その 誤読 の書 承が 見ら れる 場合
、転 写の ある 段階 で生 じた ある 一本 の 当て 字を 書承 して いる もの と考 えら れる ケー スが ある
。ま た、 当て 字 に限 らず
、誤 写を その まま 継承 して しま った 例な ども 貴重 であ る。 次に 一例 を示 す。
︵以 下、 見出 しの 本文 は小 学館 日本 古典 文学 全集 を 用い る。
︶ 雨夜 の品 定め
、左 馬頭 が子 供の ころ
、女 が男 から 身を 隠す とい う内 容の 物語 を聞 いて 感動 した とい うと ころ であ る。 1・
童に はべ りし 時、 女房 など の物 語読 みし を聞 きて
、い とあ はれ に、 悲し く、 心深 きこ とか なと
、涙 をさ へな ん落 しは べり し。
︵帚 木・ 一 四二 頁三 行︶ 傍線
部﹁ 女房 など の﹂ につ いて
、異 文の みを 示す と以 下の よう なも のが ある
。 女か
たな との
︵松 浦本
︶ 女の かた なと の︵ 伏見 天皇 本︶ 女は らな との
︵伝 為秀 筆本
︶ 女は らな との
︵穂 久邇 文庫 本︶
諸本
、圧 倒的 に﹁ 女房 なと の﹂ であ り、 それ が本 来の 本文 であ った と考 えら れる
。そ の本 文か ら、 右の 異同 がう まれ たと した ら、 どの よ うな 経路 が考 えら れる だろ か。 まず
、あ る一 本が それ を﹁ 女方 なと の﹂ と書 写し
、﹁ 方﹂ を﹁ かた
﹂ と読 んで
、松 浦本 や伏 見天 皇本 の本 文が 生れ たの であ ろう
。つ まり 松 浦本 や伏 見天 皇本 の親 本な いし 祖本 は、 この 部分
﹁女 方な との
﹂と い う本 文で あっ た本 とい うこ とに なる
。ち なみ に﹁ 女︵ の︶ かた なと の﹂ の本 文の 場合
、﹁ 女性 のと ころ にあ った 物語 を︵ 誰か が︶ 読ん だの を聞 いて
﹂と でも なろ うか
。残 念な がら そう した 表記 の本 はま だ見 つか っ てい ない
。た だし
、他 の箇 所に は、 時折 見つ ける こと がで きる
。た と えば 夕顔 巻﹁ ほの 聞く 女房 など
﹂︵ 二五 一頁 二行
︶を
、池 田本 では
﹁ほ のき く女 方な と﹂ とす る。 また
、﹁ 房﹂ をか なで 表記 して
、﹁ 女は うな との
﹂と 書写 した 一本 が あり
、さ らに
﹁う
﹂を
、似 た字 形の
﹁ら
﹂と 誤ま って
﹁女 はら なと の﹂ とい う本 文も 生れ たの であ ろう
。そ れを 伝え るの が、 伝為 秀筆 本と 穂 久邇 文庫 本で ある
。残 念な がら
、﹁ 女は うな との
﹂と いう 本文 を持 つ、 両本 の祖 本は 見つ かっ てい ない
。こ の本 文の 場合
、﹁ 女た ちが 物語 を読 んだ のを 聞い て﹂ とな り、 意は 通じ る。 この よう に、 ある 特徴 的な 表記 等か ら、 共通 の祖 本を 推定 する こと が可 能で ある
。も っと も、 後者 の場 合は
、﹁ ら﹂ と﹁ う﹂ とい う、 あり がち な誤 写の 例で あり
、逆 のケ ース つま り﹁ 女は ら﹂ から
﹁女 はう
﹂ への 誤写 もあ り得 るか ら、 どち らが 先か を証 明し 難く
、当 該例 を重 く 見る こと は慎 むべ きか もし れな い。 いず れに せよ
、こ のよ うな
、何 らか の原 因︵ 書写 者の 学識
、信 仰、 時代
、⋮
⋮︶ によ る、
﹁読 み違 え﹂ から の本 文の 生成 につ いて
、ま だ調 査・ 研究 が不 十分 であ り、 今後 の課 題と すべ きで ある
。 では
、次 の例 はど うか
。光 源氏 が紀 伊守 邸に 方違 えす るこ とと なり
、
総研大文化科学研究 三四
文化科学研究科
紀伊 守が 急遽
、寝 殿の 東側 の部 屋を 用意 した とい うと ころ
。 2・
﹁に はか に﹂ と、 わぶ れど
、人 も聞 き入 れず
。寝 殿の 東面 払ひ あ けさ せて
、か りそ めの 御し つら ひし たり
。︵ 一六 九頁 九行
︶ 傍線
部、
﹁寝 殿の
﹂と
、こ の漢 字の まま 表記 する 鎌倉 期の 写本 は管 見 に入 らな い。
﹁ん
﹂と
﹁む
﹂の 別に はこ だわ らな いと して
、諸 写本 には
、
﹁心 殿の
﹂﹁ しん 殿の
﹂﹁ しん てん の﹂ とい う表 記を 見る こと がで きる
。 後者 二例 はと もか く、
﹁心 殿﹂ とい う表 記は
、少 なく とも 源氏 物語 の写 本に おい ては
、か なり 稀に しか みら れな いも ので ある
。た とえ ば当 該 例を
﹁心 殿﹂ とす る池 田本 でも
、ほ かに
、﹁ 朝顔
﹂﹁ 匂宮
﹂で 各一 例し かみ られ ない
。珍 しい 表記 だと いえ るで あろ う。 もち ろん
、稿 者な ど が確 認で きる のは
、無 限に も思 える ほど の数 の源 氏物 語写 本の 中の
、 ほん の一 部で しか ない
。し たが って
、無 数の 源氏 物語 写本 の悉 皆調 査 が実 現す れば
、こ うし た分 析の 結果 が違 う方 向に 向か うこ とも あり 得 るわ けだ が、 今は でき る範 囲の なか でも のを いう しか ある まい
。 ちな みに
﹁寝 殿﹂ とい う単 語自 体は
、源 氏物 語全 体で 四十 例以 上を 数え るこ とが でき
、決 して 出現 回数 の少 ない 単語 では ない
。に も関 わ らず
、当 該例 以外 の箇 所で
﹁心 殿﹂ と表 記す る例 が非 常に 少な いと い うこ とは
、諸 本が ここ で﹁ 心殿
﹂と 記し た理 由は
、決 して 書写 者の 書 き癖 など では なく
、他 にあ ると 考え られ るの であ る。 すな わち
、あ る 時点 でこ の箇 所を
﹁心 殿﹂ と記 した 写本 があ り、 その 表記 を継 承し て いる 写本 があ ると いう こと であ る。 した がっ て、 この 箇所 を﹁ 心殿
﹂ と表 記す る写 本は
、あ まり 世代 的に 遠く ない とこ ろで
、祖 本を 一に し てい る確 率が 高い と考 えら れる ので ある
。﹁ 世代 的に 遠く ない とこ ろで
﹂ とし たの は、 世代 的に 離れ れば 離れ るほ ど、 表記 がそ のま ま継 承さ れ る確 率が 下が るで あろ うか らで ある
。
なお
、こ の箇 所を
﹁心 殿の
﹂と 表記 する のは
、先 述の 池田 本の ほか に、 明融 本・ 歴博 本・ 伏見 天皇 本・ 大島 本で ある
。こ れら の諸 本に は、 この 箇所 を﹁ 心殿
﹂と 表記 した 共通 祖本 を想 定し たい ので ある
。池 田 本と 歴博 本に つい ては
、田 坂憲 二に よる 歴博 本解 題に
、両 者の 本文 の 親近 性が 説か れ、
﹁大 島本 と対 極的 な位 置に ある
﹂﹁ 非大 島本 のグ ルー プ﹂ だと され た︵ 注6
︶。 だが
、も ちろ ん転 写の 過程 でさ まざ まな 本文 の変 質が あっ たで あろ うが
、こ の箇 所の 表記 を見 る限 り、 これ らの 本 は、 もと は一 つの 祖本 から 別れ でた 写本 だと 考え てよ いの では ない か。 異同 の数 をカ ウン トし た結 果は
、池 田本
・歴 博本 と大 島本 との 関係 が 遠い とい うこ とを 示す もの であ った が、 この 箇所 の表 記は
、関 係が そ れほ ど遠 くな いこ とを 示唆 する もの では ない かと 考え られ るの であ る。 また
、特 に池 田本 と歴 博本 に限 って いえ ば、 他に も特 徴的 な漢 字表 記の 一致 を見 るこ とが でき る。 帚木 には
﹁つ きな し﹂
﹁こ ころ づき なし
﹂ が計 十二 例存 する が、 池田 本は その うち 九例 を、 歴博 本で は五 例を
、
﹁月 なし
﹂﹁ 心月 なし
﹂と 表記 する
。さ らに
、歴 博本 で﹁ 月な し﹂
﹁心 月 なし
﹂と しな い箇 所も
、高 木本 が﹁ 月な し﹂
﹁心 月な し﹂ とし てい る場 合が あり
、明 融本 にも 一例 ある
。こ れも
、祖 本の 表記 の名 残で あろ う と考 えて いる
。な お、 他の 巻で の場 合や
、用 例数 の多 寡の 問題 等に つ いて
、き め細 かい 考察 が必 要で あり
、別 稿を 準備 中で ある
。 もち ろん
、田 坂論 も、 その 前提 とな った 吉岡 曠論
︵注 7︶ も、 それ らの 諸本 が、 共通 の祖 本を 持た ない こと を論 証し てい るの では なく
、
﹁青 表紙 本系 統﹂ とい う大 きな 枠組 みを 設定 した 中で の検 証で はあ る。 また
、数 多く の異 同の 数を カウ ント して 得ら れた 結論 は重 いと いえ る。 しか し、 そう して 得ら れた 結果 とは 異な る視 点を
、た った 一例 の表 記 の問 題か ら、 得ら れる とい うの もま た事 実で ある
。 問題 は、 異同 や共 通異 文の 数を カウ ント した だけ では
、各 写本 の相 対的 な位 置関 係︵ いわ ば﹁ 横﹂ の関 係︶ しか わか らな いと いう こと で
総研大文化科学研究 三五
ある
。に も関 わら ず、 池田 本が 大島 本に 対し て﹁ 別系
﹂で ある とか
、 祖本 の系 統と いっ たこ とに 立ち 入る こと がど こま で可 能か
、疑 問で あ る。 なお
、渋 谷栄 一も
、諸 本間 の共 通異 文の 数と
、そ の共 通す る相 手の 分析 等か ら、 池田 本本 文の 遡源 を試 み、 池田 本に つい て、
﹁別 本的 要素 を含 みも って いた 本文 であ ると とも に、 その 青表 紙本 本文 とし ての 書 本が 松浦 本や 為秀 本系 統の 祖本 であ った
﹂、
﹁定 家本 の同 一祖 本系 統か ら別 れ出 た、 誰が 校訂 した か不 明︵ ある いは 定家 であ った かも 知れ な い、 また 別人 であ るか も知 れな い︶ であ るが
、大 きく 見れ ば定 家本 圏 の本 文で ある
﹂と して いる
︵注 8︶
。し かし
、こ れも
、相 対的 な関 係か らの 推定 であ る。 表記 もふ くめ た異 同の 中に 立ち 入る こと で、 でき る限 り書 承す なわ ち﹁ 縦﹂ の関 係も ふく めて
、各 写本 の位 置関 係を 推定 する 必要 があ る ので はな いか
。 その よう な視 点で
、以 下さ らに
、池 田本 と高 木本
、そ して 明融 本に つい て検 討す るこ とと する
。
池 田
本 と
高 木
本
池田 本と 高木 本の 本文 及び 書写 態度 につ いて は、 旧稿 に述 べた とこ ろで ある
︵注 9︶
。両 本を 比較 した 際に いえ るの は、 ほぼ 一致 する 本文 では ある が、 池田 本の ほう がや や早 い段 階の 本文 では ない か、 とい う こと であ る。 次の 例を みて みよ う。 雨夜 の品 定め
、左 馬頭 の話 す指 喰い の女 の体 験談 の一 節、 女が 醜い 容貌 を夫 に嫌 われ まい か、 親し くな い人 に見 られ たら 夫が 恥と 思う だ ろう か、 と気 がね をす ると いう
、こ の女 の長 所に つい て述 べた 部分
。
3・ 醜き 容貌 をも
、こ の人 に見 や疎 まれ んと
、わ りな く思 ひつ くろ ひ、 疎き 人に 見え ば面 伏せ にや 思は んと
、憚 り恥 ぢて
、︵ 一四 八頁 七行
︶ 傍線
部﹁ 思は んと
﹂に
、以 下の よう な異 文が ある
。 見え
んと
︵池 田本
︶ みをも
はん と︵ 高木 本︶ 諸本
は﹁ 思は むと
﹂﹁ 思は れん と﹂ の本 文で あり
、﹁ 見え んと
﹂と す るの は池 田本 以外 に見 当た らな い。 ただ 御物 本が
﹁見 らん と﹂ の本 文 で、 何か しら の関 係を うか がわ せる
。
﹁思 はん と﹂ であ れば
、夫 が﹁ 面伏 せ﹂ だと 思う
、﹁ 思は れん と﹂
﹁見 えん と﹂ であ れば
、﹁ 疎き 人﹂ に、 夫の
﹁面 伏せ
﹂に 思わ れる
・見 られ ると いう こと にな ろう か。 いず れの 場合 も、 内容 的に はさ ほど 大き な 違い はな い。 ここ で高 木本 の本 文に 注目 した い。 本行 本文 は﹁ みは んと
﹂で ある
。 これ では 文意 が通 じな い。 ミセ ケチ 傍記 を採 用し て﹁ をも はん と﹂ と しな くて は、 この 部分
、読 むこ とが でき ない ので ある
。ち なみ に、 こ のミ セケ チ及 び傍 記は
、恐 らく 本行 と同 筆で ある
。﹁ は﹂ は﹁ 者﹂ の草 体で
、﹁ え﹂ と字 形が 似通 う。 しか し、
﹁え
﹂を
﹁は
︵者
︶﹂ にナ ゾっ た 形跡 はな く、 はじ めか ら﹁ は︵ 者︶
﹂と 書か れた もの と見 る︵ 注10
︶。 どの よう な書 写過 程を 考え れば
、高 木本 のよ うな 形に なる だろ うか
。 高木 本は
、旧 稿に 記し たと ころ であ るが
、親 本を
﹁機 械的
﹂に 書写 し たも のと 考え られ る。 行詰 め・ 字配 りな どほ ぼ親 本の 様態 を受 け継 い でい ると 思わ れる 写本 であ る。 即ち 同筆 の訂 正は
、単 純な 誤写 の訂 正 の場 合と
、親 本の 訂正 をそ のま ま写 した もの とが ある と考 えら れる の であ る。 なお
、行 詰め
・字 配り など を忠 実に 写す 場合 でも
、親 本の 訂
総研大文化科学研究 三六
文化科学研究科
正を 反映 させ て書 写す る場 合と
、訂 正を その まま 写す 場合 と二 通り あ った であ ろう
。 当該 例の 場合 はや や複 雑で
、高 木本 の親 本に は、 本行
﹁み えん と﹂ とあ り、
﹁み え﹂ にミ セケ チ及 び傍 記﹁ をも は﹂ とあ った もの であ ろう
。 高木 本書 写の 際、 ミセ ケチ があ るに も関 わら ず、 本行 のま ま﹁ み﹂ と 書い てし まい
、ミ セケ チに 気が つい て、 それ に倣 って ミセ ケチ とし
、
﹁を も﹂ を傍 記し たの ち、 活用 語尾
﹁は
﹂を 本行 に取 り入 れて 書い たの では ない だろ うか
。そ のよ うに 考え るこ とで
、こ の高 木本 本文 の形 が 理解 でき るの であ る。 右の 推定 が正 しい とす れば
、高 木本 の親 本の 段階 で、 池田 本の 本文 の形 から 他の 諸本 の形 へと 訂正 が行 われ てい るこ とと なる
。つ まり
、 池田 本と 高木 本と では
、池 田本 のほ うが
、よ り早 い段 階の 本文 を有 し てい ると いう こと にな ろう
。 では
、そ の高 木本 の親 本は どの よう な本 であ った だろ うか
。 高木 本は 先述 のと おり
、旧 稿に
﹁機 械的 な書 写﹂ であ った こと を述 べた
。別 の見 開き の文 字が うつ って いる こと から
、恐 らく は親 本の 綴 じ糸 を切 って 一紙 ずつ の状 態に し、 やは り一 紙ず つ用 意し た紙 に書 写 した ので はな いか と考 えた から であ る。 さら に、 奥入 に対 応し た朱 合 点も
、別 の見 開き にう つっ てお り、 朱合 点及 び、 今は 切り 取ら れて 存 在し ない 巻末 四丁 の奥 入も
、親 本由 来の もの であ ろう こと がわ かる
。 つま り、 高木 本の 親本 は、 朱合 点及 び奥 入を 備え た、 即ち 定家 本系 統の 一本 であ った とい うこ とで あろ う。 もち ろん
、本 文と 奥入 とが
、親 本の 段階 で別 の由 来を 持つ こと もあ り得 るわ けで
、朱 合点 及び 奥入 を備 えて いる から とい って
、本 文も 定 家本 の系 統だ とは 限ら ず、 その 可能 性を 排除 する わけ では ない が、 鎌 倉中 期と いう 推定 書写 年代 の古 さが 正し いと すれ ば、 由来 を一 にす る とい う蓋 然性 の方 が高 かろ う。
とい うこ とは
、本 文3 の部 分、 定家 本の ある 段階 にお いて は、
﹁み え んと
﹂で あっ たと いう こと であ る。 そし てそ の本 文は
、現 存す る定 家 本系 統と 思わ れる 諸本 のい ずれ にも 受け 継が れて おら ず、 唯一 伝え る のが
、池 田本 だけ なの であ る。 その 池田 本は
、高 木本 より も早 い段 階 の本 文を 有す ると みら れる 本で あっ た。 以上 のこ とは 一体 何を 示し てい るの か。 次に 明融 本と その 親本 につ いて 検討 し、 その 後で 結論 を得 たい と思 う。
明 融
本 親
本 と
の 関
係
﹁明 融本 の貴 重せ られ る所 以は
、そ れが
、青 表紙 原本 の忠 実な る複 本 と考 へら れる 点に 存す る﹂
︵注 11︶ と、 石田 穣二 の述 べる ごと く、 明融 本は
、定 家自 筆︵ 又は それ に準 ずる
︶の
﹁青 表紙
﹂そ のも のを
、行 詰 め・ 字配 りか ら、 その 字形 をも 忠実 に写 しと った 写本 とし て重 視さ れ てき た。 二次 資料 とは いえ
、池 田亀 鑑が こだ わっ た、
﹁青 表紙 本本 文の 再建
﹂に 欠か すこ との でき ない
、一 級の 資料 とし て、 重ん じら れて き たの であ る。 しか し、 いわ ゆる 臨模 本九 帖の うち 花散 里の み疑 問視 され たり
、定 家の 字形 では ない がツ レで ある こと がわ かっ てい る山 岸文 庫本 の位 置 付け など
、解 決さ れて いな い問 題も ある
。さ らに は、 尊経 閣文 庫本 で 比較 可能 な柏 木以 外の 巻に つい て、 定家 自筆 本以 外の 本を 定家 様で 書 写し ただ けで はな いの かと いう 疑問 も、 可能 性と して は排 除で きな い し、 そも そも 尊経 閣文 庫本 が、 本当 に中 世の 資料 に見 える
﹁青 表紙
﹂ なの かど うか すら
、明 証は ない ので ある
。ま だま だ検 討の 余地 を残 す 本と いっ てよ いだ ろう
。 ただ
、本 稿で は、 柏木 同様
、こ の帚 木も
、あ る定 家本 の忠 実な 臨模 本で ある
、つ まり 親本 の本 文様 態を ほぼ その まま 受け 継い でい る写 本
総研大文化科学研究 三七
だと いう 前提 で、 俎上 に乗 せた いと 思う
。 明融 本帚 木本 文に つい て、 前掲 石田 に詳 細な 検討 があ る。 石田 は明 融本 帚木 につ いて
、定 家本 の忠 実な 写し では ある が、 誤写 もな しと せず
、し かし それ らは 字形 をも 忠実 に写 しと ろう とし た為 の、 字形 の近 似に 由来 する 誤写 であ ると し、 十三 例を 挙げ てい る。 他に も
﹁問 題と すべ き箇 所﹂ とし て、 明融 本の 独自 異文 を挙 げ、 その 多く を、 字形 の近 似に よる もの とす る。 しか し、 明融 本の 問題 箇所 には
、そ のよ うな 理由 だけ で解 決で きな い箇 所も 存す るの であ る。 一例 をみ よう
。 空蝉 と契 った 光源 氏が
、夜 明け に帰 る場 面の 一節
。 4・
月は 有明 にて 光を さま れる もの から
、影 さや かに 見え て、 なか な かを かし きあ けぼ のな り。
︵一 八〇 頁一 一行
︶ 傍線
部、
﹁か けさ やか に﹂ と、
﹁か ほけ さや かに
﹂と いう 二通 りの 本 文が 伝わ って いる
。﹁ かほ
﹂な ら、 月の 表面 がは っき り見 えて
、﹁ かけ
﹂ なら
、月 の姿 がは っき り見 えて
、と いう こと
。情 景と して はど ちら も 同じ であ ろう
。 この 部分
、石 田穣 二の 見解 を、 やや 長い が引 用す る。 なお
、引 用文 中、 吉田 本と は、 伏見 天皇 本の こと であ る。 問題
は﹁ かほ けさ やか にみ えて
﹂の 本文 であ る。 明融 本は
﹁か ほ﹂ の﹁ ほ﹂ の右 傍に 本文 と一 筆で
﹁け 歟﹂ と傍 書す る。 校異 篇の 底 本は
﹁か けさ やか にみ えて
﹂で あり
、校 異に 採択 せら れた 青表 紙 本四 本の うち 松浦 伯爵 家旧 蔵本 のみ が﹁ かほ けさ やか にみ えて
﹂ の本 文を 伝え る。 明融 本の 本文 が知 られ る前 まで は、
﹁か けさ やか
﹂ が青 表紙 本本 来の 姿と 認め られ ても 仕方 のな い事 情に あっ た。 し
かし
、吉 田本
、保 坂本 とも に﹁ かほ けさ やか
﹂の 本文 を伝 え、 こ の形 が青 表紙 本本 来の 姿で ある 事に 現在 は疑 ひの 余地 がな い。 こ の箇 所、 河内 本も
﹁か ほけ さや か﹂ であ る。 別本 は校 異に 異文 が 見え ぬ故
、底 本と 同じ く﹁ かけ さや か﹂ であ る。 問題 は青 表紙 本 系統 と目 され る、 大島 本以 下校 異篇 に採 択せ られ た四 本が
、何 故 に﹁ かけ さや かに みえ て﹂ の本 文を 伝え るか
、に ある
。︵ 五八 一頁
︶ つま
り、 大成 校異 篇に よれ ば、
﹁青 表紙 本本 来の 姿﹂ であ るは ずの 明 融本 本文
︵﹁ かほ けさ やか に﹂
︶は 松浦 本・ 伏見 天皇 本・ 保坂 本の 支持 があ るも のの
︵た だし 伏見 天皇 本は
﹁ほ
﹂ミ セケ チ︶
、﹁ 青表 紙本 系統 と目 され る﹂
、大 島本
・池 田本
・伝 為秀 筆本
・三 条西 家本 が別 の本 文
︵﹁ かけ さや かに
﹂︶ を伝 える のは 何故 か、 とい うの であ る。 石田 はこ こで 三つ の仮 説を 立て てい る。 以下 要約 して 箇条 書き にす る。 A・
青表 紙本 原本 の傍 記﹁ け歟
﹂を 採用 して 改訂 B・
﹁か けさ やか
﹂と いう 本文 が青 表紙 本、 河内 本以 前か ら伝 わっ て いる とす れば
、そ れを 根拠 に改 訂 C・
﹁か けさ やか
﹂の 本文 を伝 える 四本 は、 青表 紙本 でも 河内 本で も ない 別系 の本 以上
の仮 説に 対し
、C につ いて は﹁ 成り 立ち にく い﹂ とし
、B につ いて は﹁ 何と も言 ひ得 ない
﹂と しな がら
、A を﹁ 最も 自然 なの では あ るま いか
﹂と する
。 Cは とも かく とし て、 Aと Bに 共通 する のは
、﹁ かほ けさ やか
﹂と い う本 文が
﹁青 表紙 原本
﹂の 姿で あり
、﹁ かけ さや か﹂ とい う本 文が
、改 訂本 文だ とい う点 であ る。 だか らこ そ、
﹁首 書源 氏、 湖月 抄以 来流 布し
総研大文化科学研究 三八
文化科学研究科
てい る﹁ かげ さや か﹂ の本 文は
、少 なく とも 本文 批判 の上 から 言ふ と かな り素 性が あや しく なる 事は 否め ない
﹂︵ 五八 二頁
︶と いう 評価 も生 まれ るの であ る。 だが
、は たし てそ のよ うに 言い 切れ るも ので あろ うか
。石 田の 前提 は、 あく まで も﹁ 青表 紙原 本﹂ を祖 本︵ ある いは 少な くと も祖 形︶ と して
、他 の﹁ 青表 紙本
﹂本 文の 様態 を考 察す るも ので ある
。だ から こ そ、
﹁か けさ やか
﹂は
﹁青 表紙 原本
﹂か らの
﹁改 訂﹂ と考 える こと にな る。 しか し、 片桐 洋一 によ って
、﹁ もう 一つ の定 家本
﹂と いう 概念 が提 示 され た︵ 注12
︶。 石田 の﹃ 源氏 物語 論集
﹄か ら十 一年 後の こと であ る。 定家 自筆 本奥 入に 残る 巻末 本文 と、 現在 知ら れる 本文 との 違い に注 目 し、 それ まで の﹁ 青表 紙本 系統
﹂の 本文 につ いて の考 え方 に転 換を 促 した
。も はや
、明 融本 の親 本が 本当 に﹁ 青表 紙原 本﹂ だと して も、 す べて の﹁ 青表 紙本
﹂本 文に つい て、 そこ に淵 源を 求め る必 要は ない
、 とい うこ とで ある
。で あれ ば、
﹁青 表紙 本﹂ とい う呼 称は 不適 であ る。 では
、当 該部 分、 改め てど のよ うに 考察 でき るだ ろう か。 ここ で池 田本 と高 木本 の本 文を みて みよ う。 かけ
さや かに みえ て︵ 池田 本︶ か・ け
ほ
さや かに みえ て︵ 高木 本︶ 高木
本の 補入
﹁ほ
﹂は
、本 行と 同筆
。書 写時 の脱 字を 訂し たも のか
、 ある いは 親本 の補 入を その まま 写し たも ので あろ う。 先述 のよ うに
、 高木 本が
﹁機 械的 な書 写﹂ によ る写 本だ とす れば
、同 筆の 訂正 の場 合、 親本 の様 態を その まま 写し た可 能性 を見 過ご せな いの であ る。 先に
、池 田本 のほ うが
、高 木本 より もや や早 い段 階の 本文 であ ろう こと を述 べ、 本文 3に その 縦跡 を見 たの であ るが
、当 該例 も同 様の 事
例だ と考 えら れな いだ ろう か。 すな わち
、﹁ かけ さや かに
﹂の ほう が、 やや 早い 段階 の本 文で あり
、﹁ ほ﹂ 補入 によ って
、次 の段 階の
﹁か ほけ さや かに
﹂の 本文 が生 成さ れる 過程 が、 ここ に見 て取 れる ので はな い か。 現在 のと ころ
、書 写年 代の 古い 写本 に﹁ かほ
﹂の 本文 を見 出す こ とが でき ない でい る。 おそ らく は高 木本 親本 に存 した
﹁ほ
﹂補 入が
、 いっ たい 何に 由来 する のか
、い まの とこ ろわ から ない
。し かし
、当 該 例に おけ る本 文生 成過 程が
、石 田の 想定 した 順序 とは 逆の もの であ っ たこ とは
、認 めら れる であ ろう
。 むし ろ、 この 事例 から 浮か び上 がる のは
、池 田本 や高 木本 の系 統の 本文 を台 座に
、明 融本 の本 文が 作ら れて いる ので はな いか とい うこ と であ る。 つま り、 旧稿 に述 べた よう な本 文の 一致 する 様子 から
、池 田 本や 高木 本が 世代 的に 近い とこ ろで 共通 祖本 を持 って いる こと が理 解 でき
、さ らに
、そ の本 文が 結果 とし て明 融本 親本 の本 文と なっ てい く ので はな いか
。そ して
、高 木本 の同 筆訂 正が
、部 分的 にで はあ るが
、 その 過程 を示 して いる ので はな いか
、と いう こと であ る。 そう 考え た 際、 先述 のよ うに
、高 木本 が定 家本 の転 写本 であ る可 能性 が高 い、 と いう のは 示唆 的で ある
。
お わ
り に
最後 にも う一 例、 石田 があ げた
﹁問 題と すべ き箇 所﹂ の中 のひ とつ につ いて 見て みよ う。 方違 えに きた 光源 氏が
、紀 伊守 に催 馬楽
﹁我 家﹂ の一 節を 用い て﹁ さる 方﹂ の接 待を 要求 する 場面
。 5・
﹁⋮ さる 方の 心も なく ては
、め ざま しき ある じな らむ
﹂と
、の た まへ ば、
︵一 七一 頁一
〇行
︶
総研大文化科学研究 三九
傍線 部、
﹁心 もな くて は﹂
﹁心 もと なく ては
﹂の 異同 があ る。
﹁さ る方
﹂ の接 待の 用意 がな い、
﹁さ る方
﹂の 接待 がお ぼつ かな い、 とい う違 いだ が、 内容 的に さほ ど違 いは ない とい える
。 石田 は、 傍線 部、 明融 本﹁ 心も とな くて は﹂ が独 自異 文で あり
、﹁ 明 融本 の誤 謬と すべ きで あら うか
。た だし
、明 融本 の如 き、 原本 の忠 実 なる 臨模 本に 於て
、落 字の 可能 性は ある とし ても
、衍 字の 可能 性は 少 ない と言 はね ばな らぬ
。︵ 中略
︶疑 ひを 存し てお くよ り他 ない
﹂︵ 五七 四頁
︶と した
。確 かに
﹁心 もと なく ては
﹂と する 本文 は少 ない
。帚 木 が大 成に 採用 され なか った 御物 本︵ 伝為 明筆 の極 めを 有す る︶ と、 高 木本 に本 行﹁ 心も なく ては
︵た だし
﹁も
﹂は
﹁の
﹂を 削っ た上 に書 く。
︶﹂ に、 補入 記号 のな い補 入﹁ と﹂ があ るの が確 認で きた のみ であ る。 た だし 高木 本の 補入 は、 確信 はな いが 本行 と別 筆に 見え る。 これ など も、 本文 4の 場合 とあ わせ て、 明融 本︵ 及び その 親本
︶の 本文 が、 他の 本に 受け 継が れて いな いと いう 点で
、﹁ 少な くと も帚 木の 巻に 関す る限 り、 我々 は、 明融 本を 得て 一層
、解 決を 要す る幾 多の 問 題に 逢着 した
﹂︵ 五八 四頁
︶と いう 石田 の発 言に 際し て、 念頭 にあ った 事例 なの であ ろう
。 しか し、 明融 本親 本︵ たと えそ れが 本当 に﹁ 青表 紙原 本﹂ だっ たと して も︶ も、 いく つか ある 定家 本の 一本 に過 ぎず
、少 なく とも 帚木 の 場合 には
、流 布本 文と は言 い難 いの であ る。 その よう に思 考の 転換 が でき さえ すれ ば、 石田 の挙 げる 多く の﹁ 問題
﹂は 解決 して しま うの で ある
。も ちろ ん、 石田 の論 考よ りも 四十 年近 く経 ち、 その 後の さま ざ まな 学恩 に浴 する こと ので きる 幸い
、と りわ け、 当時 とは 比較 にな ら ない 量の 本文 資料 に接 する こと ので きる 幸い に思 いを 致す べき であ ろ う。 本稿 では
、池 田本 と高 木本 の祖 本に つい て検 討し た。 もう 一度 まと める と、 両本 はお そら く世 代的 に近 いと ころ で共 通祖 本を 持っ てお り、
その 本文 に何 らか の基 準で 訂正 が加 わっ たの が、 高木 本の 親本 の状 態 であ る︵ ただ し同 筆の 訂正 部分
︶。 なお
、高 木本 は定 家本 の転 写本 であ る可 能性 が高 いの で、 その 訂正 につ いて も、 定家 の所 為で ある 可能 性 があ る。 さら に、 そう した 本文 及び 訂正 が、 明融 本親 本に も継 承さ れ てい る部 分が ある
︵本 文4
︶。 そし て、 池田 本・ 高木 本の 共通 祖本 の本 文を 忠実 に継 承し てい るの が、 池田 本と いう こと にな るの であ る。
︵ 注 1︶ 池田 亀鑑
﹃源 氏物 語大 成 研究
・資 料篇
﹄︵ 31昭
中央 公論 社︶ など
。
︵2
︶阿 部秋 生ほ か﹃ 日本 古典 文学 全集 源 氏物 語六
﹄﹁ 底本
・校 合本 解題
﹂︵ 昭51
小 学館
︶四 一四 頁。 なお
、前 後の 文章 を掲 げて おく
。﹁ また
、校 訂作 業中 につ いて ま わっ た疑 問の 一つ は、 青表 紙本 とい われ る本 文は 一つ だけ だろ うか
、と いう こと であ った
。も し、 二通 りあ るよ うに 見え るの が間 違い のな いこ とな らば
、何 に由 来す るこ とな のか
、と いう こと で、 結論 は出 なか った が、 今後 検討 され てし かる べき 問題 であ ろう と思 う。
﹂
︵3
︶注 12参 照。
︵4
︶吉 岡曠
﹃源 氏物 語の 本文 批判
﹄︵ 平6 笠 間書 院︶ 一二 六・ 一二 八頁
、田 坂憲 二
﹁解 題源 氏物 語帚 木﹂
︵﹃ 国立 歴史 民俗 博物 館貴 重典 籍叢 書 文学 篇﹄ 第18 巻 平14 臨川 書店 所 収︶
︵5
︶大 内﹁ 池田 本源 氏物 語甲 筆書 写巻 の書 写態 度に つい て﹂
︵﹁ 総研 大文 化科 学研 究﹂ 創刊 号 17平
・8
︶、
﹁高 木本
︵伝 阿仏 尼筆 帚木 巻︶ とそ の本 文﹂
︵﹁ 中古 文学 75﹂ 17平
・5
︶
︵6
︶注 4参 照。
︵7
︶注 4参 照。
︵8
︶渋 谷栄 一﹁ 定家 本﹃ 源氏 物語
﹄本 文の 生成 過程 につ いて
︱明 融臨 模本
﹁帚 木﹂ を 中心 とし て︱
﹂︵
﹃論 叢源 氏物 語1 本 文の 様相
﹄平 11 新典 社 所収
︶
︵9
︶注 5参 照。
︵10
︶﹁ 思﹂ と﹁ 見﹂
、﹁ え﹂ と﹁ は︵ 者︶
﹂に つい ては
、そ れぞ れ誤 写し やす い字 であ り、 当該 例と 同様 の事 例を さら に博 捜す る必 要が ある
。 11︵
︶石 田穣 二﹁ 明融 本帚 木の 本文 につ いて
﹂︵
﹃源 氏物 語論 集﹄ 44昭
桜楓 社 所収
︶ 以下
、石 田論 の引 用は 同書 によ る。
︵12
︶片 桐洋 一﹁ もう 一つ の定 家本
﹁源 氏物 語﹂
﹂︵
﹁中 古文 学﹂ 26 昭55
・10
、﹃ 源氏 物 語以 前﹄ 平13
笠間 書院 所 収︶
総研大文化科学研究 四十