2017, 国際経済学 II (1)
法経学部 大城淳
∗目的 国際金融の標準的な考え方を学ぶ.グローバル化する社会との付き合い方を考える. 講義用ウェブサイト
https://sites.google.com/site/junoshiro5urban/home/lectures/trade2017 成績評価 中間試験と期末試験. 追試など救済措置は一切無し.
読書ガイド
マクロ経済学
(1) 木暮太一 (2010) 『落ちこぼれでもわかるマクロ経済学の本』マトマ出版 (2) 齊藤誠 (2014) 『父が息子に語るマクロ経済学』勁草書房
(3) 柴田章久・宇南山卓 (2013) 『マクロ経済学の第一歩』有斐閣 (4) 中谷巌 (2007) 『入門マクロ経済学』 日本評論社
(5) 平口良司・稲葉大著 (2015) 『マクロ経済学 : 入門の「一歩前」から応用まで』 有斐閣 (6) 二神孝一 (2017) 『マクロ経済学入門 第 3 版』日本評論社
(7) G.ハバード, A. オブライエン (2014) 『ハバード経済学 III 基礎マクロ編』日本経済新 聞出版社
(8) N. G.マンキュー (2011) 『マンキューマクロ経済学』 東洋経済新報社
(9) T.テイラー (2013) 『スタンフォード大学で一番人気の経済学入門』かんき出版 (5), (6), (3)は十分平易だが本講義はもう少し易しいレベルを目指す.(9), (1) はより平易だ がこれだけでは足りない.(4) は各種資格試験で定番のロングセラー.わかりやすく,細か いトピックも網羅している.アメリカ的で分量は多いが (7) シリーズも平易.(8) はもう少 ししっかり学びたい人向け.
∗email: [email protected]
国際マクロ経済学, 国際金融
(1) 飯島寛之・五百旗頭真吾・佐藤秀樹・菅原歩 (2017) 『身近に感じる国際金融』有斐閣 (2) 軽部謙介 (2012) 『ドキュメント 沖縄経済処分: 密約とドル回収』岩波書店
(3) 上川孝夫・藤田誠一 (2012) 『現代国際金融論』有斐閣 (4) 清水順子ら (2016) 『徹底解説 国際金融』 日本評論社 (5) 多和田眞 (2010) 『コンパクト国際経済学』 新世社
(6) 永易淳・江阪太郎・吉田裕司 (2015)『はじめて学ぶ国際金融論』有斐閣 (7) 日本銀行国際収支統計研究会 (2000) 『入門 国際収支』東洋経済新報社 (8) 橋本優子・小川英治・熊本方雄 (2007) 『国際金融論をつかむ』有斐閣
(9) 山岡道男・淺野忠克 (2010)『アメリカの高校生が読んでいる世界経済の教科書』アス ペクト
(10) P.クルーグマン, M. オブズフェルド, M. メリッツ (2017)『クルーグマン国際経済学 理 論と政策 下』丸善出版
(9)は学問が苦手すぎる人向け.本講義は (1), (6), (8) に近い.(4), (3) は数式を極力回避 しつつ国際金融を手広くかつ体系的に学ぶことができる.(10) は国際経済学を専門にしたい 人に挑んで欲しい.(7) はやや古いが,統計データの解説にとどまらず,国際マクロのポイ ントを簡潔に紹介している.(2) は国際金融史の狭間で揺れる沖縄を綴っている.本講義で はカバーできないが,金融・確率・統計も別途学習するとよい.
その他
(1) 坂井豊貴 (2017) 『ミクロ経済学入門の入門』岩波書店
(2) 一橋大学経済学部 (編) (2013) 『教養としての経済学』有斐閣
(3) 柳川範之 (2011) 『元気と勇気が湧いてくる経済の考え方』 日本経済新聞出版社 (4) NHK Eテレ・ 又吉直樹 (2014) 『オイコノミア: ぼくらの希望の経済学』朝日新聞出版 (5) U.ニーズィー, J. リスト (2014) 『その問題,経済学で解決できます.』東洋経済新報社 (6) P.クルーグマン (2000) 『良い経済学 悪い経済学』日経ビジネス人文庫.
そもそも経済学をまったく知らない or 苦手意識がある人向け.国際経済学はミクロもマ クロもいい加減な俗論が巷間に流布しているが,(6) が滅多切りにしている.
1 本講義の概説
ポイント 国際マクロは混沌の時代を生き抜くための刺激的な学問分野である.
1.1 国際マクロ経済学とは
国際経済学を 便宜べ ん ぎ 的に分類すると,貿易取引を扱う国際ミクロと,金融取引を扱う国際マ クロの 2 分野に分けることができる.前者は「財・サービスが」国境を越えて移動すること, 後者は「お金が」国境を越えて移動することを分析しており,前者を国際貿易論,後者を国 際金融論と呼ぶことも多い.本講義は後者の入門的知識を学習する.1
「国際金融」は字面だけでもすでに難しそうで,近寄りがたく,それどころか我々の生活 を おびや脅 かす怖い存在のようなイメージを持っている人も多いかもしれない.「 為替か わ せ 」や「 さきもの先物 」 と聞くとギャンブルに通じる軽薄なイメージを持っている人もいるだろう.逆に,なんとな く「グローバル」な舞台で戦っているかっこいいイメージを持つ人もいるかもしれない.
これらのイメージはいずれも間違っていない.しかし,正しくもない.単なる印象論は そもそも社会科学ではないのである.本講義は「なんとなくのノリで国際金融について語っ ちゃう」というレベルから,「経済学の知見を踏まえた上で国際的な金融取引のメカニズムと 政策的含意について考察できる」ようなレベルへと脱皮することが目的である.
国際金融は経済学の中でも進歩のスピードが目覚ましい分野である.何より,学問の進歩 以上に現実経済の変化のスピードが速いからだ.先進国が変動相場制に移行したのは約 40 年前,欧州で通貨統合に向けて動き出したのが約 30 年前,南米やアジアで通貨危機が起こっ たのが約 20 年前,リーマン・ショックや欧州債務危機がほんの数年前,とごく短い期間に歴 史に残る劇的なイベントが起こっている.経済学はこうしたイベントのたびにこれまでの誤 りに気づかされ変革を迫られてきたが,それは経済学が普遍性のない疑似科学であることを 意味しない.むしろ,未知の事態に直面したときに,人類がそれを理解し処方する糸口を掴 むには経済学に基づいた冷静な分析が不可欠であった.国際マクロ経済学は波瀾万丈の時代 をなんとかやり過ごすためのよすがなのだ.
1もちろん,貿易の動きと金融の動きは相互に分かちがたく結びついており,こうした二分法できれいに割 り切れない部分は大きい.
現代経済史を思い起こしてみよう.1997 年タイで生じた通貨危機はあっという間にアジア 全域に広がった (アジア通貨危機).日本も含め,タイやインドネシアや韓国は深刻なダメー ジを被ることになった.通貨の価値が大きく目減りし,金融機関は潰れ,景気は悪化した. 東アジアに進出しつつあった日本企業も,投資資金を引き揚げた (そのせいか,現在まで欧 州企業に比べ出遅れている).アジア通貨危機は経済取引が急速にグローバル化する中で生 じた新種の経済危機であり,政策対応も後手に回ってしまった.その後通貨危機の反省をふ まえ,東アジア諸国で国際金融上の協力体制 (チェンマイ・イニシアティブなど) ができた.
それから 10 年が過ぎ,世界的な金融危機が生じた.アメリカも欧州も日本も,史上まれ に見る打撃を受け,未だに苦しんでいる.ところが,世界同時金融危機を受けても,東アジ ア諸国は新たな通貨危機には直面しなかった.東アジアの金融システムは 10 年前と比べて はるかに頑丈になっていたのである.危機を理解し,その対策を講じておくことで,とんで もない危機をも耐え抜くことができるかもしれない.その手助けをするのが国際マクロ経済 学の大きな使命だ.
1.2 本講義の内容
残念ながら本講義では時間と教員の能力の都合上,金融危機について詳細に論じることは できない.本講義では日本や世界の現代経済史と絡めながら,以下のトピックを学ぶ:
1. 国際収支の仕組み 2. 外国為替の仕組み 3. 外国為替の決まり方
4. 外国為替とマクロ経済のつながり
いずれも,複雑怪奇な国際経済を体系的に理解するための必須知識である.また,いずれ もテレビやインターネットをぼんやり眺めるだけでは永遠に身につかない専門知識でもあ る.半年後には,専門的な学習を通じて,我々の世界の見方がどれほど見違えるかを実感し てもらいたい.
1.2.1 勉強の仕方
それなりに読み応えのあるレジュメを中心にして講義を進めていく.好成績を収めるには, 話を聞く,適宜メモる,いかつい文章にめげずにレジュメを理解できるまで読み込む,必要 に応じてレジュメを自分の言葉でまとめ直す,参考文献を独自に読み進める,といった作業 が必要になるだろう.わからない単語・漢字はこまめに辞書で調べるくせをつけよう.
誰もが楽に理解でき楽に単位が取れる授業ではない.努力する価値ある講義を提供したい と考えている.
前期の国際経済学 I は受講していなくても履修は可能である.マクロ系の科目 (経済学入 門 I, マクロ経済学, 経済政策 II など) を履修済みないし履修中であると,話を理解しやすい はずである.(もちろんミクロもマスターしているに越したことはない.)
大学生は社会人と違って時間があり脳みそが柔軟で大学教員のサポートも受けられる.大 学が用意しているカリキュラムとは別に,読書ガイドに挙げたような分厚い教科書を一冊読 破することを強くオススメする.(学問は,与えられたものだけをこなせば OK という類の ものでは決してない.)
1.3 数学
経済学を学習する際に数学的な分析は避けて通れない.たいていの経済学は数学の考え方 を援用しているからだ.経済学のロジックを数学を使わずに言葉だけで説明することは可能 であるが,数学を使った方が圧倒的に効率的に説明することができる.英語を使わずにジェ スチャーだけで外国人とコミュニケーションすることは可能であるが,カタコトでもいいの で英語を使った方が断然よい,というのと似たようなものである.経済学者にとって数学は 言語と同様,コミュニケーションのための道具なのである.「数学なんて社会で使うわけがな いだろ…」と思っていた人は大間違い,数学を抜きに現代の社会経済を理解することは不可 能である.
そうはいっても,難解な数学が要求されるわけではない.高校までに習う内容 (特に微分, 連立方程式,確率,指数・対数) を知っているだけで,かなりディープな経済学を満喫する ことができる.経済学に興味はあるけど数学力が足りない…という人は経済数学のテキスト
や中高生や大人向けの学習参考書にトライするとよいだろう.
本講義ではなるべく数学的な操作は避け,使うとしても義務教育レベルの数学しか使わな い.つまり,努力は必要かもしれないがたいていの人には到達可能な内容を扱う.2 具体的 には,
• y = f (x)などの記号を見ても眠くならない.
• 四則演算 (+ − × ÷) はできる.
• グラフの意味をなんとか理解することができる.
• 1m= 100cm, のような単位の換算が苦ではない.
という程度の数学力は最低限備えていることが望ましい.よい成績を修めたければ,
割り
算 ( 分数 )
の計算を十分に理解している必要がある (分数については本レジュメ最終ページ も参照.割り算ができない人に為替レートの理解は難しい.).市販の経済学・数学のテキ ストに取り組むなどして,数字や記号を見た途端思考停止しないよう耐性を付けてほしい.加えて,数学力とは別に,ある程度英語に対する免疫があるとよい.国際金融は経済学の 中でも馴染みのないカタカナ語が頻発する分野である.「カタカナよりも漢字の方がわかり やすい」という気持ちはわかるが, 些末さ ま つ な文章表現にこだわらずに付いてきてもらいたい. 私のレジュメでは,専門用語には英語を併記することが多い.覚えておいても損はないから というケースもあり,日本語訳だと原語とニュアンスがズレているかもしれないからという ケースもある.
2その代わり,取り扱うことのできる内容はごく表層的な物にとどまらざるを得ない.より深い話に興味が あれば,自分で国際マクロの教科書に挑戦してほしい.(質問は歓迎)
1.4 グラフの読み方
数学的な基礎知識を確認しておこう.
1.4.1 座標平面
何でもいいので何か 2 つのものの関係が気になるとする.「ビール飲量と体重の関係」,「血 液型と性格の関係」,「経済成長と格差の関係」,「少子高齢化と財政赤字の関係」,「あの子に 貢いだお金とあの子の気持ちの関係」など何を想定してもよい.何でも良いので,全部まと めて「x と y の関係」と抽象的に表現しよう.
「x と y の関係」を視覚的に把握したいときに,2 本の数直線を垂直に交わるように書い た,二次元のグラフを用いることがよくある.図 1 がその例である.水平な数直線を横軸 (ま たは x 軸),垂直な垂直線を縦軸 (または y 軸) と呼ぶ.軸が垂直に交わっている点が原点で ある.図 1 のように原点はしばしば x = y = 0 となる点として扱われるが,ゼロでないこと も多い.
0 2
3
x A(2,3)
y
第 1 象限 第 2 象限
第 3 象限 第 4 象限
図 1: 座標平面.
このグラフ上に適当に点を取れば,その点の座標が定まる.たとえば図中の点 A は,x 座 標の値が 2,y 座標の値が 3 である.まとめて (2, 3) と座標を表記することがある.このグラ
フ (二次元平面) では,A のような 1 つの点で「x は 2 で,y は 3」という 2 つの情報をまとめ て表すことができるのである.
座標軸によって,空間が 4 つに分割されている.右上から反時計回りに,第一象限,第二 象限,第三象限,第四象限,と呼ぶ.原点が x = y = 0 のとき,各象限内の点の座標が取る 符号に注目すると,
第二象限 x < 0 かつ y > 0. 第一象限 x > 0 かつ y > 0. 第三象限 x < 0 かつ y < 0. 第四象限 x > 0 かつ y < 0. となっている.
経済学で扱う変数は,負の値を取ることがありえないものも多い (時間,GDP,物価水準, など).そのため,第一象限だけに焦点を絞って考えることが多い.
最低限の読解のポイントをまとめておく:
✓ ✏
• グラフを読むときは最初に,座標が何か確認しよう.横軸 x は何か,縦軸 y は何 か,を押さえる.
• グラフ上にある点は,2 種類の情報を持っている.横軸の情報は,その点の x 座標 の数字を読む.同様に,縦軸の情報は y 座標を見ればよい.
✒ ✑
1.4.2 時系列データ
マクロ経済学では,x に相当する変数に時間を取ることが多い.横軸を時間にしたグラフ を見れば,何らかの変数が時間とともにどう推移しているのかがわかる.たとえば時間を t という記号で表し,ある変数の t 時点における水準を ytとあらわそう.たとえば図 2 のよう なグラフになる.時間で並べたデータのことを時系列 (time series) データという.
さっそく時系列データの例を見てみよう.図 3 は沖縄県の総人口の推移である.3 年率約 0.56%と,全国 (0.01%) と比べて高いスピードで人口成長している.図 3 のように,データ
3出典: 総務省「人口推計」.
t y 2 0 0 1
2001
y 2 0 0 2
2002
y 2 0 0 3
2003 y 2 0 0 4
2004 y 2 0 0 5
2005
y 2 0 0 6
2006
y 2 0 0 7
2007 y t
図 2: 時系列データ ytの例. を線でつないだものを折れ線グラフ (line chart) という.4
2000 2005 2010 2015
132134136138140142
(年) (万人)
図 3: 沖縄県の総人口の推移, 2001–2015 年.
図 4 は日本の国内総生産 (GDP) の推移を表したものである.5 一年ごとのデータ (年次デー タという) を使っていた図 3 と違って,今度は 四半期し は ん き ごとのデータを用いている (1–3 月, 4–6 月, 7–9 月, 10–12 月,と一年を 4 分割).なだらかに伸びている人口のデータと比べると,アッ プダウンがあるようだ.とりわけ 2009 年頃には世界金融危機を受け,目立って落ち込んで いる.
4MS Excelでは「挿入」→「折れ線グラフの挿入」,を選べば作図できる.
5出典: 内閣府「国民経済計算」. 季節調整値.
1995 2000 2005 2010 2015
420440460480500520
(年) (兆円)
図 4: 日本の実質 GDP の推移, 1994Q1–2017Q2.
山あり谷ありで変動しているものの,広い目で見れば図 4 も右上がりに伸びている. すうせい趨勢 的な傾向をトレンド (trend) という.6 時系列データは,トレンドとそこからの 乖離か い り に分解し て考えることが出来る.図 5 は右上がりのトレンド (点線部分) を適当に推定し,付け加えた ものだ.
1995 2000 2005 2010 2015
420440460480500520
(年) (兆円)
図 5: 日本の実質 GDP と長期的なトレンド.
6トレンドの計算方法は様々である (変数を自然対数 (log) に変換してから直線を当てはめる,移動平均を取 る,統計的に推定する,など).直線を当てはめるのが最も単純だ.
時系列データを見るときの心得をまとめておく:
✓ ✏
• 折れ線グラフを読むときも最初に,座標が何か確認しよう.特に大切なのは縦軸 y だ.たとえば,図 3 なら人口,図 4 なら実質 GDP だ.
• トレンドを意識しよう.適当な直線を当てはめるようなイメージを持つべし.ト レンドを見抜くことで,長期的な視点で見て経済がどういう方向に動いているの か捉えるのが大切だ.上昇傾向にある,低下傾向にある,横ばい,など傾向を捉 えよう.細かいアップダウンは後回し,ないし無視してよい.
• データによってはトレンド自体が途中で切り替わることもあるし,トレンドらし いトレンドが見て取れないこともある.必ずしも直線を一本だけ当てはめるのが 適切ではないのである.
• 折れ線グラフは,原点がゼロではないことが多い.座標軸の数字もざっくり確認 しておくこと.
✒ ✑
2 国際金融取引
ポイント 国際的なお金の流れを理解しよう.
金融
(finance) とは資金のやりとりのことである.我々は毎日のように物を売り買いし, お金を受け渡ししている.「資金のやりとり」は日々の買い物のような,その場で完結するよ うな取引に限らない.大学に行くために教育ローンを借りたり,家を買うために住宅ローン を組んだり,麻雀で勝利を収め友人に 1 万円分の「貸し」ができたり,などといったお金の 貸し借りも金融である.金融は身近な存在で,明らかに現代社会にとって金融取引は欠かせ ないものだ.7国際金融
(international finance) は国境をまたいだ資金のやりとりである.たとえば大 城が Lady Gaga の CD を買ったり,Ferragamo の靴を買ったり,車にガソリンを入れたり, ベトナム旅行中に生春巻きを食したり,McDonald’s 社の株を買ったりすると,日本からア メリカやイタリアや中東やベトナムへお金が出ていくことになる.つまり,貿易取引 (もの のやりとり) や資本取引 (株や債券のやりとり) に伴い,国境を越えてお金が動くのである. ただし,外国とスムーズに取引をするには,国内で取引する場合と異なり,日本円以外のお 金も必要になる.たとえば米ドル ($) やユーロ (e) や中国元だ.こうした外国通貨 (略して 外貨) や,その価格を表す外国為替レートについて理解することが本講義の一つの目標だ.2.1 データを概観
本節では国際マクロの主要な登場人物を概観していく.詳しい定義は抜きにして,漠然と したイメージでいいのでまずはデータと向き合ってみよう.
国際金融の裏に貿易あり.まずは,実際に貿易取引額の動向がどうなっているか眺めよう. 図 6 は日本の輸出入を,図 7 は米国の輸出入を表している.8 観察できることをまとめよう:
7金融取引が我々の身近な存在であっても,そこで使われる用語は必ずしも身近なものではない.ある程度 は専門用語を学習する必要があるので覚悟しておくように.
8出典: 日本銀行「国際収支統計」「外国為替相場」, Bureau of Economic Analysis "International Economic Accounts."米ドルは名目為替レート (東京インターバンク相場スポット・レート, 月末) で円換算してある.以 下特に断りがない限り季節調整値.国際収支の基準が変わった 2014 年 1 月を境にデータは不連続である.
1996 2000 2004 2008 2012 2016
456789
(年) (兆円)
輸出
輸入
図 6: 日本の貿易・サービス収支の推移.
1996 2000 2004 2008 2012 2016
10152025
(年) (兆円)
輸出 輸入
図 7: 米国の貿易・サービス収支の推移. (日本円換算)
• 日本では,2000 年代中盤頃から輸出入とも大きく伸びたが,リーマン・ショック後に 大きく落ち込んだ.
• その後輸出入とも 2000 年代前半頃のトレンドに戻ってきつつある様子が見て取れる.
• 日本は長らく「輸出 > 輸入」という状況であったが,東日本大震災が起こった 2011 年 3月頃を境にして「輸出 < 輸入」へと転じた.
• 2016年合計で輸出は 88 兆円, 輸入は 84 兆円となっている.
• アメリカでも長い目で見れば日本と同様に輸出も輸入も増加し続けている.
• アメリカでは日本とは対照的に,恒常的に「輸出 < 輸入」となっている.
貿易は「もの」の流れである.次は「お金」の流れである,資金移動の動向を見てみよう. 図 8 は日本から外国へどれだけ投資資金が流れているかを表している.9 ただし,外国から日 本へ投資することもあれば日本から外国へ投資することもあるので,その差額を図示してい る.(これはフローの変数であり,毎月 1–2 兆円程度の資金が動いている,ということ.累積で 1–2 兆円借金 がある,という意味ではない.ストックとフローについてはレジュメ 2 で改めて解説する.)
1996 2000 2004 2008 2012 2016
−101234
(年) (兆円)
図 8: 日本の金融収支とそのトレンド.
9出典: 日本銀行「国際収支統計」.
• おおむねプラスの水準で推移してきた.これは,日本が外国に投資をして外国の資本 を次々と手に入れてきたことを意味する.
• しかし 2012 年後半からはマイナス圏内に突入しつつあった.金融危機をきっかけに資 本が欧州から日本に逃げてきている動きも目立つ.
• 現在では再びプラス圏内に戻ってきている.
1996 2000 2004 2008 2012 2016
−800−4000200
(年) (兆円)
日本
アメリカ
図 9: 対外純資産 (負債) 残高の日米比較.
次々回レジュメで丁寧に学ぶが,輸出入は外国に持つ資産の額と密接に結びついている. 大まかに言うと,輸出をしてお金を稼げば外国に資産を築くことができ,輸入が増えればそ の支払いで外国資産を取り崩し,時には外国から借金をすることになる.
図 9 は日米の対外純資産の推移を表している.10 どんな国も,外国に資産を持つと同時に 負債も持っている.これらを差し引いて,結局どれだけ資産があるのかを表すものが対外
「純」資産である.
• 日本が外国に持つ純資産の額はプラスである.
• 紆余曲折はありながらもおおむね右肩上がりで増えている.
• 長年日本が外国資本に投資し続けてきた (図 8) ことと整合的である.
10出典: 財務省「本邦対外資産負債残高」, 日本銀行「外国為替相場」, Bureau of Economic Analysis "In- ternational Economic Accounts."米ドルは円換算.
• その一方で,アメリカが外国に持つ純資産の額はマイナスで推移している.つまりア メリカは対外的に借金を続けているのである.
• さらに,この借金は少しずつ増加している (円建てで見て).
次に為替レートを見ておこう (詳細はレジュメ 4 で学ぶ).為替レートは,ニュースで毎日 のように飛び交う「東京外国為替市場の円相場は,午後 5 時現在は 1 ドル○○円○○銭で取 引されています」というフレーズでおなじみだ.為替レートは通貨の交換比率を表している.
「1 ドル 100 円」というとき,100 円払えば 1 ドル手に入れられることを意味する.11
世の中には日本円と米ドル以外にもたくさんの通貨があり,それぞれの間でそれぞれ為替 レートが決まっている.たとえば表 1 のように 5 種類の通貨を考えれば,為替レートは全部 で5P2 = 20通りある.12「1 ドル 100 円」のように表記する米ドルの円建てレートは,いくつ もある為替レートの一つであり,かつ日本にとって最も重要な為替レートである.
米ドル ユーロ 日本円 英ポンド スイスフラン
米ドル — 1.1994 0.0090 1.3521 1.0386
ユーロ 0..8338 — 0.0075 1.1274 0.8660 日本円 111.5100 133.7339 — 150.7727 115.8184
英ポンド 0.7396 0.8870 0.0066 — 0.7682
スイスフラン 0.9628 1.1547 0.0086 1.3018 — 表 1: 各国の為替レート, 2017 年 9 月 20 日. 出典: Bloomberg.com.
図 10 はこの円ドルレートの推移と,円ユーロレートの推移を表している.13
• 85年頃に 1 ドル 250 円から 1 ドル 120 円台まで急激に変化している.
• 円ドルレートは 90 年代半ばには 100 円台より低くなり,1995 年 4 月には 79 円 75 銭 (当時は戦後最低の水準) を記録した.
11実際に我々一般人が外貨を取引する場合は手数料が数%取られるため,ニュースで聞くようなレート (銀 行同士で取引するときの相場) では取引できない.
12
nPrは順列 (permutation) といい,n 個の中から r 個を取って並べたときにできるパターンの総数を表し ている.nPr= n(n − 1)(n − 2) · · · (n − r + 1)と計算される.ここでは n = 5 種類の通貨のうち r = 2 個選ぶ (たとえば米ドルとユーロの 2 つをこの順番で選ぶ) ので,5P2= 5 × 4 = 20となる.付け加えるなら,「1 ドル 100.93円」と「1 円 0.0088 ドル」は結局同じことなので,5 種類の通貨間のレートは実際には5C2= 10通り ある (表 1 の下半分三角形にマス目がいくつあるか数えてもよい).
13出典: 日本銀行「外国為替相場」, European Central Bank “Euro foreign exchange reference rates."
1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015
100150200250
(年) (円/ドル), (円/ユーロ)
米ドル
ユーロ
図 10: 名目為替レート, 円 / ドル (黒太線) と円 / ユーロ (青細線).
• この記録は 2011 年 10 月に 75 円 32 銭と塗り替えられた.
• 円ドルレートは 90 年代から現在までおおむね 80–120 円の範囲で動いている.
• ユーロはマーストリヒト条約 (Maastricht Treaty) に基づき,1999 年に導入された.
• ユーロとドルは,2008 年にユーロが急落して以降,似通った動きを見せている.
• 2012年末頃に円ドルレートが急上昇している.俗に言うアベノミクスの影響だ.
1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015
0246810 (%)
(年)
日本
アメリカ
図 11: 日米の名目短期金利の推移. 日本は黒太線, 米国は青細線.
最後に金利を眺めておこう.金利はどの国にお金が向かうかを決める重要な変数の一つだ からだ (レジュメ 5).図 11 は日米の短期金利を表している.14
• 日本は 90 年代半ば頃から低金利が続いており,ほとんどゼロで推移してきた.2016 年 2月からはマイナス圏に突入している.
• アメリカも 2008 年後半頃から金利がほぼゼロの状態になっている.日本とは対照的に, 15年 12 月にゼロ金利を解除し利上げに舵を切った.
• 90年代前半を除けば,おおむね日本のほうがアメリカよりも低い水準となっている.
• 2017年 9 月 20 日現在,日本は −0.061%, アメリカは 1.16% となっている.
世界金融危機以降は,日米に限らず先進各国で金利が低い水準で推移している.金利が低い 国には投資してもなかなか増えないため,今では先進国から発展途上国に投資資金が移動し ている.これに伴い発展途上国の対外借入もかなり増えているようだ.
14出典: 日本銀行「金融経済統計月報」, Board of Governors of the Federal Reserve System. 日本は無担保 コール O/N 物レート, 米国は実効 FF レート.
2.2 国際マクロ経済学の問い
本講義では為替レートや金利がいったい何なのかを学び,経済の中でどういう役割を果た しているかを考えていく.現代社会ではたいていの企業は外国と何かしらつながりがあり, 為替や金利の知識は将来役立てることができるだろう.もしかしたら FX(外国為替証拠金取 引) や株で一儲けできるきっかけになるかもしれない.
こうした実利的なリターンとは別に,国際マクロを学ぶことは,金融面でのグローバル化 という潮流について理解を深めることができるというメリットがある.
現代社会がどれだけ金融面でグローバル化しているかデータを見てみよう.図 12 は国際 金融市場への統合度を表す一つの指標 (外国に持っている金融資産 + 負債の GDP 比) であ る.15
1970 1980 1990 2000 2010
01234567
(年)
EU OECD
日本 アメリカ
図 12: 国際金融市場統合レベルの推移.
• 先進国では金融面でのグローバル化が進んでいる.つまり,国境を越えた資金の貸し 借りが年々盛んになっている.
• EU(欧州連合) が発足した 1992 年頃から,EU 諸国 (特にイギリスやオランダ) で国境 を越えた投資が活発になっている.
15出典: Lane, Philip R., and Gian Maria Milesi-Ferretti (2007) “The external wealth of nations mark II: Revised and extended estimates of foreign assets and liabilities, 1970–2004" Journal of International Economics73, 223-250. OECDは 34 カ国, EU は 28 カ国. GDP で加重平均してもほとんど変わらない.
• 日本は比較的閉じた環境にある.それでもなお,1970 年から 2011 年にかけて指標は 約 8.8 倍に上昇している.
前期講義では,主に貿易という形でのグローバル化を考えていた.そこでは,貿易自由化 は分業や特化を通じて経済全体での効率性を高める効果を持つことを学んだ (ただし自由貿 易にも欠点があり手放しで賞賛すべきものではない).実際,少なくない経済学者が自由貿 易を支持している.
しかしながら,貿易のグローバル化とは対照的に,金融のグローバル化は経済学者にさえ も不人気である.図 12 の通り,金融のグローバル化が着実に進んでいるにもかかわらずだ. 国際的な資本移動が様々な金融危機を引き起こして発展途上国のみならず先進国の経済をも かくらん
攪乱 している,資本移動を規制している中国はすさまじい勢いで成長している,ごく一部の 投機家たちがグローバル化のメリットを独占してしまい一般市民にその恩恵が行き渡らな い,など,金融のグローバル化に対する批判は根強い.
国際的な資本移動が発展途上国の経済を攪乱した例を見てみよう.図 13 はタイ,メキシ コ,アルゼンチンの国内総生産 (GDP) を表している.
1970 1980 1990 2000 2010
020406080100120
(年)
アルゼンチン
($100億)
タイ
メキシコ
図 13: タイ, メキシコ, アルゼンチンの名目 GDP の推移. 矢印はそれぞれ危機のタイミング.
• 1994年には投機家たちがメキシコの通貨「ペソ」を売って売って売りまくり,メキシ コ政府はこの投機攻撃に屈することとなった (メキシコ通貨危機).メキシコの GDP(米 ドル建て) は 94 年から 95 年にかけて 35% 減少している.
• 1997年にタイの通貨「バーツ」が急落したのをきっかけに,東アジア諸国で深刻な金 融危機が発生した (アジア通貨危機).このときもヘッジファンドがバーツを投機的に 売りまくり,タイ政府はこの投機攻撃に耐えきれなかった.こうした動きはフィリピ ン,マレーシア,インドネシア,韓国など東アジアに波及していき,大混乱を招くこ ととなった.タイの GDP(米ドル建て) は 97 年から 98 年にかけて 25% 減少している.
• 放漫な財政運営を続け 90 年代後半から対外債務が顕著に累積していたアルゼンチンは, ブラジルやロシアの金融危機を経て,外国から資金を借り入れにくくなった.IMF (国 際通貨基金) らの支援もうまくいかず,2001 年に実に約 10 兆円もの対外債務を支払え なくなった (デフォルト; 債務不履行).アルゼンチンの GDP(米ドル建て) は 2001 年か ら 2002 年にかけて 64% も減少した (現地通貨建てでは 14% 減).
いずれの国も,危機の後に元のトレンドに回復するまで長い年月がかかっている.ごく最近 でも,欧州を中心に債務危機が起こり,世界中で経済が停滞しているところだ.こうした手 痛い歴史を かんが鑑 みて,金融市場のグローバル化はたとえメリットがあったとしても,野放し にしておくのは危険である,というのが専門家間の緩やかなコンセンサスになってきている.
人類は 叡智え い ち を振り絞って国際的な金融システムの制度・慣行・市場を理解し管理していく
必要に迫られている.国際マクロ経済学は,お金を儲けるために数学をこねくり回している のではなく,儲ける機会を常々うかがっている投資家達の存在を踏まえた上で,いかに国際 金融システムを設計し再構築していくかを 模索も さ く している.
まとめと補足
• 金融面でも世界は関係を深めている. しかし我々はこうした変化の仕組みや影響に驚く ほど無知である.いい加減な印象論や感情論に惑わされず,科学的根拠のあるポイン トから押さえていこう.
• 分数について 小学校で習う割り算や分数は数学界の鬼門だ.ここでつまづいたまま大人 になってしまったという人は少なくない.今一度,割り算・分数の基本的な計算規則 を簡単に確認しておく.
1. 分数は割り算だ.a ÷ b は「a を b で割る」ことを記号で表したものだが,これを
a
b や a/b と表すことがある.つまり,b ̸= 0 のとき, a ÷ b = a
b.
分数は割り算と同じものなので,「割り算はできるけど分数はできな∼い★」は もったいない勘違いだ.上に乗っている方 (a) を分子,下にいる方 (b) を分母と 呼ぶ.
2. 逆数は,分母と分子をひっくり返したものだ.つまり,a ̸= 0 のとき, a
bの逆数 = b a.
もちろん,逆数をもとの数にかけると必ず 1 になる (a ÷ a = 1 と同じ).つまり, a
b × b a = 1.
3. 割り算はかけ算を逆にした操作である.ので,分数の割り算は,逆数のかけ算と 同じことである.つまり,適当な変数 c に対して
c ÷ a
b = c × b a.
割り算という操作は,かけ算に比べると少し難しい.だから,もし分数の割り算 に出くわしたら,すぐ逆数にしてかけ算に直してしまおう.
• 足し算と引き算が対になる操作であるように,かけ算と割り算は対になる操 作である.「何かに a をかける」ことは「何かを 1/a で割る」ことと同値であ る.そのため,割り算は基本的にはかけ算と同じルールが適用される.
• 割り算とかけ算の違いは,何かをゼロで割ることができないという点だ.a がなんであれ a × 0 = 0 だが,a ÷ 0 は計算できない.
• また,かけ算はどの順番で計算しても大丈夫だが,割り算はそうではない. たとえば,a × b = b × a であり,a と b の順序はどうでもよい (交換法則).し かし,a ÷ b = b ÷ a が成り立つとは限らない.たとえば 1 ÷ 2 ̸= 2 ÷ 1 だ.割 り算はやたらめったら順序を変えて良いものではないのである.
• 割り算はかけ算と違い,分配法則をいつでも使えるわけではない.かけ算と 同じく分配法則が使えるパターンは,
(a + b) ÷ c = a ÷ c + b ÷ c.
しかし,割り算では順序を入れ替えた逆パターンは一般には成り立たない:
c ÷ (a + b) ̸= c ÷ a + c ÷ b.
分数で表現したパターンも頭に焼き付けておくと便利だ: c
a + b ̸= c a +
c b.
4. 分数は,分母と分子に同じものをかけてもわっても変化しない.つまり, a
b = a × c b × c =
a ÷ d b ÷ d.
たとえば 2/3 = 4/6 = 6/9 である.この知識を利用すれば,約分や通分が簡単に なる.方程式も解きやすくなる.実際,通分や約分はこのテクニックを応用した ものだ.たとえば
3 6 =
3 × (1/3) 6 × (1/3) =
3 ÷ 3 6 ÷ 3 =
1 2.
なぜか.イメージとして,割り算は割合 (比率) を表していることを思い出そう. 2人に 1 人も,10 人に 5 人も,要は半分だ.(1/2 = 5/10 = 0.5 = 50% である)