医療と コ ンピュ ータ
日紫喜 光良
メディア生命科学概論 2010.07.21
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主な論点
• 医療における情報と は何か
• 情報はどのよう に生まれるか
• 情報処理の立場から 医療の情報にどのよう
に関わるこ と ができるか
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どのよう な情報?
「静物-人生の空しさの寓意」 ハルメン・ステーンウェイク 1640年代
http://www.paintweb.jp/text/vanitas.html
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単純 X 線画像から の情報
X線写真: 白いところはX
線を通しにくく、黒いところ は通しやすい。
生の画像情報: ビット数x検知器の位置 放射線診断:
陰影の場所、性状、推定される 病態
http://yanagihara.kenwa.or.jp/ y09/housyasen.html
臨床的判断:
診断、病状の進展の予測、治療 測定量: いろいろな組織を通過してき たX線によるそれぞれの検知器の励起 の大きさ
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「 生の情報」 と 「 有用な情報」
• 例:単純X線画像
• 生の情報:画像そのもの
• 有用な情報(臨床情報):からだのどこに、どのよう な病変があるか
• 単純X線画像の場合、有用な情報を取り出すにはた いへんな熟練を要する場合がある。
– エキスパートは少数
• 単純X線画像だけで有用な情報が取り出せる場合 も多い
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X 線 CT で得ら れる情報
http://www.igaku-shoin.co.jp/misc/medicina/zadan4402/
生の画像情報: ビット数xビームの位置x検知器の位置 再構成した画像: ビット数x空間単位(ボクセル)の位置
アルゴリズム
http://www2.hakujyujikai.or.jp/chuo/01_syoukai/05_bumon_syoukai/0 4_housyasen/06_05_ct_kensa.html
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投影面上の信号の変化を取り 出す
フーリエ変換
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逆投影
http://www009.upp.so-net.ne.jp/hachinami/note005/index.htm
フーリエ変換 の逆変換
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逆投影の重ねあわせ
http://www.rist.or.jp/atomica/
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データ のと り かたと アルゴリ ズムが
情報の質を改善する
対象: 人体
モデル化: 空間単位(ボクセル)の座標とX線吸収度
データの採取
(方法1:従来のX線写真もしくはCR) X線ビームは1箇所から。
検知器は1つの面。
(方法2:X線CT)
多数のX線ビーム源(ビーム源 が回転することによって)
多数の検知器面(検知器も回転)
コンピュータによる計算
位置情報つきモデルの再現 エキスパートによる位置情報の推定
臨床的判断に必要な情報
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例: MRI ( 核磁気共鳴画像)
http://www.nms.ac.jp/gochojunet/shinsatsu/shinsatu03.htm
http://www.nies.go.jp/kanko/news/23/23-2/23-2-04.html
強磁場中の水素原子が共鳴周波数の電波 に共鳴して電波を発する。
共鳴周波数は、磁場の強さによって決まる。 位相のそろった電磁波パルス(FM波)を照射
強磁場の強さを 空間的・時間的 に変えると、 返ってくる電波の 周波数や位相が 変化するので、 電波発生源の位 置が識別できる。 周波数の違う電波が返ってくる
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MRI の信号処理
http://www.nips.ac.jp/fmritms/contents/2.html
受信する電波の波形に、発 信源の位置が含まれている。
フーリエ逆変換
位置情報の復元
返ってくる電波は、異なる時間 や強さの磁場に反応した、さ まざまな周波数や位相をもつ ものを含む
MRIについて有用な解説の例
http://homepage2.nifty.com/kirislab/chap5_mri/imaging-1.html
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まと め( 1 )
• コ ンピュ ータ は、 う まく 構成さ れたモデルにし
たがっ て自動的・ 大量に採取さ れた生体デー
タ を高速に処理し 、 有用な情報を取り 出すこ
と に役だっ ている。
– 例:CT, MRI
• 有用性は臨床的判断に依存する
– 常にCTやMRIが必要なわけではない
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病理画像から の情報
http://jsp.umin.ac.jp/corepictures2007/02/o04/index.html
腺癌転移、H.E.染色弱拡大
生の画像情報:色xビット 数x画素の位置
測定量:ヘマトキシリンエ オジン色素による染色の 程度
病理診断:
(細胞の核の大きさや染色 の程度、形状などから)の 病変の有無、性状、推定さ れる病態
臨床的判断:
(確定または迅速)診断、病状の進展の予測、治療
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病理画像の特徴
• 侵襲的に採取さ れる( 生検、 手術切除標本)
• 診断に時間がかかるこ と が多い( 例外: 凍結
標本から の迅速診断)
– 固定 – 切片 – 染色
• 有用な情報を取り 出すにはエキスパート ( 病
理医) が必要
– 細胞の核などを認識
– 核の色、大きさ、形状から生物学的情報を推定
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病理医の不足
• 2002年度の保険医療費に基づき概算すると,日本 全体で組織診断は1,176万件,迅速診断は17.6万 件,細胞診は1,569万件(婦人科約1,235万件,そ の他334万件),剖検症例数は25,984件となる。日 本病理学会が提案している病理医の業務量指数
(表2)で算定すると,最低でも5,734.6人必要になる。 しかし,2009年の病理専門医の総数は2,052名(実 働している病理専門医数はこの数より少ない)で, 必要数の半分にも満たない。また,厚生労働省の 2006年の調査によれば,病理を専門領域とした医 師は,1,297人であった。
http://s-igaku.umin.jp/DATA/58_02/58_02_02.pdf
上原剛 病理医の現状と展望 信州医誌,58⑵:51∼55,2010
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遠隔診断
• 病理診断( テレパソ ロジー)
• 放射線画像( CT,MRI ) 診断( テレラ ジオロ
ジー)
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テレパソ ロジー
http://www.hosp.go.jp/~ngr/kensa200904/14patho.html
依頼者 病理医
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テレラ ジオロジー
http://www.pref.okinawa.jp/iryou/summary2_j.htm
中心となる病院と離島との間で行 われるテレラジオロジーの例
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医療のための情報通信技術
• ネッ ト ワーク
– 高速インターネット – 無線ネットワーク
• データ 通信
– データ圧縮
• セキュ リ ティ
• 情報端末
– 小型化、モバイル化 – 高精細ディスプレイ
• 低コ スト 化
– Webブラウザ上での利用
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まと め( 2 )
• 生の情報から 有用な情報を取り 出すために
エキスパート ( 専門家) が必要で、 し かも 不足
または偏在し ている場合に、 コ ンピュ ータ を用
いた情報通信技術が、 エキスパート と 依頼者
と の距離を克服する目的で利用さ れている。
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診療の安全確実性のための情報伝達
• 患者から医療従事者への情報伝達
– 主訴、現病歴
– 使用している薬剤
– 既往歴、アレルギー、血液型
• 医療従事者どうしの、患者に関する情報伝達
– 使用している薬剤 – 診療スケジュール
• 医療従事者から患者への情報伝達
– 薬剤の飲み方、使い方
• 治療方針の判断をおこなう医師(主治医など)への 情報の統合的提示
– 情報収集コストの軽減
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病院の中の部門( 事務部門除く ) の例
• 薬剤部
• 検査部
• 病理部
• 放射線部
• 内視鏡部
• 栄養部
• 手術部
• 輸血部
• 材料部
• リハビリ部
• 血液浄化部
• 看護部
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部門に分ける理由
• 高価な機器のメンテナンスと有効利用
– レントゲンやCTなどのX線診断機器 – 手術室で使う機器
• 専門的技能をもったスタッフの有効利用
– 手術室スタッフ – 内視鏡医
– 臨床検査技師・放射線技師
• モノ・情報の一元管理
– 薬剤
– ガーゼや包帯、カテーテル、注射器などの材料 – 検査情報
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病院情報システム
• 医事会計システム
– コストの正確な計算、保険請求漏れの防止
• 部門システム
– オーダ受理と実行の記録、レポート作成
• 物流管理システム
– 物品の使用、発注情報を一元管理
• オーダエントリシステム
– 診療現場から各部門への依頼(オーダ)を発行
• 電子カルテシステム
– 患者ごとに、すべての情報を統合的に利用するための環境
• 診療経過の評価をするために、オーダの履歴やレポート情報を統合 できる。
• 診療計画を立てることができる。
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ナビゲーショ ンケアマッ プ( 亀田総合病院)
診療履歴と診療計画
短期の診療経過と診療予定
必要な準備のチェック 関連する検査や画像情報のチェック
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病院情報システムに求めら れるこ と
• 安定運用
• 良好なレスポンス
• 操作の容易さ
• 表示のわかり やすさ
• 低コ スト
• カ スタ マイ ズの容易さ
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まと め( 3 )
• コ ンピュ ータ は、 病院情報システムと し て用い
ら れている
• 病院情報システムの目的
– 医療従事者間の情報伝達を円滑にする – 意思決定に必要な情報を統合する
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意思決定に必要な知識情報
生の情報 臨床情報
医学知識
臨床的判断
55歳女性、住民検診で血清コレステロールが 260mg/dlと基準値よりも高値のため外来を受診し た。51歳で閉経した。肥満、喫煙、高血圧、心疾患 の既往はない。外来で再検したところ血清コレステ ロール265mg/dl, HDLコレステロールはであった。 患者の食生活は偏食なく、豆腐、納豆、魚類もよく 摂取していた。運動についても1年ほど前から週に 2∼3日ほどは30分ほどのジョギングを行っている。
例は名郷直樹 EBMキーワード 中山書店 (2005)より
高コレステロール血症を 治療するかしないか?
ベースラインとなる発症率
薬剤の治療効果
薬剤のもたらすリスク
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Evidence-Based Medicine (EBM)
• 入手可能な範囲でも っ と も 信頼できる根拠を
把握し たう えで、
• 個々の患者に特有の臨床状況と 価値観を考
慮し た医療をおこ なう ための、
• 一連の行動指針
EBMの要素
臨床上の疑問点を明確に表現する 疑問点に答える論文を検索する
論文の内容の妥当性を吟味する
論文の結論を患者にあてはめるかどうか判断する
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知識情報の管理
• 論文情報のデータ ベース
– 抄録データベース:MEDLINE, PubMed – 全文データベース:PubMed Central
• 臨床試験に特化し たデータ ベース
– Clinicaltrial.gov
– Cochrane database
• 二次情報: 人手による情報の収集・ 要約
• 臨床判断にすぐ 使える知識: 診療ガイ ド ラ イ ン
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知識情報から 「 有用な情報」 を得る
技術・ サービス
• 検索機能の向上
– シソーラス、類似度検索など
• 情報配信サービス
– メールで新規情報を知らせる
• 情報抽出技術
– 重要な情報を読取る
• 臨床情報に対する知識情報のタ イ ムリ ーな提示
サービス
– 処方オーダ画面→薬剤の副作用や相互作用情報 の表示
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まと め( 4 )
• コ ンピュ ータ は、 知識情報の管理にも 用いら
れる
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医師と 患者の情報伝達を円滑にするための
背景知識の共有
• 背景知識をある程度共有し ないと 情報が伝
わら ない
• 患者が自ら 学ぶこ と を支援する
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PatientsLikeMe
• Social Networking System (SNS) (2005~)
• 参加者が自分の症状と 治療の情報を広く 共
有するこ と によっ て、 最新の科学的成果を治
療に反映するこ と を目的と する。
• 疾患ごと のグループ: 筋萎縮性側索硬化症
(ALS) 、 多発性硬化症 (MS) 、 パーキンソ ン病
など
• 患者と researcher で構成。
• 運営資金は、 匿名化データ を提供するパート
ナー企業から 調達。
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ひと り ひと り のA L S 症状経過チャ ート
総合的な状態 悪化の時間的 経過と、全体の 中での位置
治療の経過
個々の症状 の経過
Frost JH, Massagli MP, Wicks P, Heywood J.How the Social Web Supports patient experimentation with a new therapy: The demand for patient-controlled and patient-centered informatics. AMIA Annu Symp Proc. 2008 Nov 6:217-21.
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「 みんなの医学」 プロジェ ク ト ( 2009 ∼)
• A.みんなの疾患情報: 病気について自分で考え るために必要な情報資源、ならびに、考えるための 方法の開発。
• B.みんなの人体知識: 病気について理解するた めに必要な人体についての知識を増やしたり整理 するための方法の開発。
• C.みんなで医学研究:
– 自分の病気について基礎・臨床面での研究がどこまで進 んでいるのか理解するために必要な手段。
– 自分の状況に必要な専門家を探すための方法。
– 自分と同じような問題を抱えている人たちと議論するため の場を提供。
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乳がん患者向けのパンフ レッ ト DB
完成予定Webサイト
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まと め( 5 )
• 患者が知識を得る手段と し ても コ ンピュ ータ
は重要である。 それによっ て医師と 患者と の
情報伝達が円滑になると 予想さ れる。
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全体のまと め( 1 )
• 情報から 「 役に立つ情報」 を引き出すこ と が重
要である。
– 生の情報→(エキスパートの力、あるいはコン ピュータのアルゴリズム)→有用な情報
– 有用な情報→意思決定
• どの程度の情報が必要かは臨床的判断の種
類に依存する。
– いつもCTやMRIが必要なわけではない。
• 技術革新によっ て、 簡単安全に得ら れるなら
ばできるだけ多く の情報を集める方向に進む
であろう 。
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全体のまと め( 2 )
• 医療でのコ ンピュ ータ の使い方
– 情報から「役に立つ情報」を引き出すためのアル ゴリズムを実行する情報処理装置として
– 希少な専門家と依頼者との距離を狭める情報通 信システム(遠隔医療)として
– 診療の安全確実性を確保する情報伝達システム
(病院情報システム)として
– 診療の意思決定者のもとに情報を集約するシス テム(電子カルテ)として
– 医学知識を得る手段として
• 専門家が医学知識を更新する
• 患者が疾患情報を収集する
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全体のまと め( 3 )
• 現在の医療への情報技術者のかかわりかたの例
– 医療機器の研究開発 – データ解析の専門家
– 医療経営のコンサルタント
– 病院情報システムの導入、運用 – ITについてのよろず相談
• かかわる範囲において、医療のデータや業務につ いての知識が必要
• 健康な生活スタイルを求める人々、よりよい初期医 療を求める人々への包括的な情報提供サービスが 求められている。