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茨城大学学術企画部学術情報課(図書館) 情報支援係
http://www.lib.ibaraki.ac .jp/toiawas e/toiawas e.html
T itle
小学校社会科における産業の取り扱い : 酪農および畜産
の学習
A uthor(s )
大島, 規江
C itation
茨城大学教育学部紀要. 人文・社会科学・芸術, 67: 13-25
Is s ue D ate
2018-01-30
UR L
http://hdl.handle.net/10109/13500
R ig hts
小学校社会科における産業の取り扱い
― 酪農および畜産の学習
―
大島規江*
(2017 年 8 月 31 日受理)
How to Treat Industries in Primary School’s Social Studies:
Dairy and Livestock Industry
Norie Oshima*
(Accepted August 31, 2017)
Abstract
A purpose of this paper is to advance a proposal of teaching plan for subjects ‘dairy and livestock industry’. This subject really treats in in primary school’s social studies. However, we eat milk,
dairy product, and meats almost every day. Ibaraki prefecture is a part of dairy regions in the Tokyo
metropolitan milkshed besides. And it is the place of production for Hitachi-gyu and Rose pork.
Hence, this paper try to give a proposal of teaching plan that connect the subject learned in third and fourth year to the subject learned in ifth year.
Ⅰ はじめに
茨城県は県北部の山地を除くと洪積台地や沖積低地が広範囲に広がっているため,可居住面積が 県域の67.7%を占め全国第4位であり,耕地面積率約29%は北海道,新潟に次いで第3位となっ
ている1)。農業県である茨城県では,第3・4学年の学習内容「身近な地域」において少なからず
農業について学習する。子どもたちの生活の舞台である「身近な地域」の学習対象を通して第一次 産業の一つである農業について学習する。その上で,第5学年では第一次産業のみならず第二次産
業および第三次産業を学習するが,「身近な地域」から「国土全体」へといっきに学習地域が広が るため,児童がすんなりと「国土全体」における産業に入って行けるような指導計画が必要となっ てくる。大場(2017)2)は日本全国を対象とする高学年であっても,まず視点を身近な地域に移し
て学習をスタートさせ,それを次第に外に向かって広げていくことで,児童の興味・関心を維持し ながら,思考をシームレスに広げ,つなげていくことができることを論証した。
本研究では第3・4学年および第5学年で学習する農業のなかでもあまり学習する機会のない酪
農と畜産をあえて取り上げ,「身近な地域」から「国土全体」への学習地域の拡がりに対応するた めの指導計画案を提示することを目的とした。
Ⅱ 酪農の盛んな地域
我が国における近代酪農は明治時代以降に広がりを見せた。酪農の中心は明治から現在にかけて 常に北海道にあった。酪農を含む北海道の農業はクラーク博士によって始められた。北海道の気候 がマサチューセッツのものと似ていることに気づいたクラークなどにより特に牧畜が広められた。 明治から大正期にかけては酪農だけではなく戦場において馬の必要性が増したことから馬の飼養 も発達した。第二次世界大戦後は戦地の帰還者が新たな職として農地を求めて北海道に入植した。
1961年に農業基本法が制定されたことで農業構造改善事業が進められ,農業の機械化,農地の基
盤整備が進められ,北海道では酪農の振興が図られた。戦後は技術改革も進み,食生活の欧風化な どにも支えられ,全国的に牛の飼養頭数は増加した。1970年代は離農した酪農家の土地を吸収し
た酪農家が経営規模を拡大させ,全国的に酪農家1戸ごとの規模が拡大していく。1978年ごろに
なると,牛乳の消費量と生産量が逆転し,生産しても牛乳が余る状況になった。この状況が生産性 よりも衛生面などの品質を重視するきっかけとなった3)。
さらに酪農業は1988年に大きな転換期を迎える。アメリカからの牛肉やオレンジの輸入が自由
化されたことで酪農家も少なくない影響を受けた。酪農家は生まれた雄牛や生乳を生産することが できなくなってしまった雌牛を肉用として出荷する。その出荷した肉による収入は酪農家にとって 一つの副収入になっていた。しかし,安価なアメリカ産の牛肉が日本に輸入されるようになったこ とで牛肉の値段が下落し,酪農家の収入に影響を与えた。1988年以降も牛乳業界はペットボトル
の普及やお茶系飲料の発売開始によってその規模を縮小せざるを得なかった。また,酪農経営を受 け継ぐ後継者の不足も酪農産業の衰退に拍車をかけた。
酪農家はただ単に牛を育て,搾乳を行えば良いというわけではない。牛を育てることと並行して 牛の飼料となる牧草の生産・管理,飼料の作成,糞の処理や生乳の出荷など仕事の内容は多岐にわ たる。それゆえ酪農は総合的な農業であるともいえる。図1は2015年における都道府県別酪農家
の分布を示している。都道府県別に酪農家をみると圧倒的に北海道に多いことが一目瞭然である。 そのほか読み取れることは,群馬県,栃木県,千葉県といった首都圏外縁部や長崎県,熊本県,宮 崎県といった九州のほか岩手県に酪農家が多いことである。
そこで本章では,北海道のなかでも酪農を基幹産業としている釧路市と浜中町を事例として取り 上げ,釧路地域における酪農をみていく。釧路市は2005年10月11日,釧路市,阿寒郡阿寒町,
白糠群音別町が合併して成立した北海道東部の拠点地域である。太平洋に面した沿岸地帯から内陸 部の阿寒湖周辺までを抱えており,酪農だけでなく漁業も盛んである。内陸部には日本最大の湿地 であり,日本で初めてラムサール条約に加盟した釧路湿原が広がる(図2)。浜中町は北海道東部,
図1 都道府県別にみた酪農家の分布(2015年)
農林水産省統計により作成
ぼ全域が酪農地域であり,15,000haにも及ぶ牧草地域が広がっている。
かつて,釧路市の農業は,河川流域などの沖積土地帯における雑穀や野菜栽培と広大な原野と山 林を活用した有畜農業,特に馬産を主体に発展してきた4)。
1961(昭和36)年,農業基本法が制
定され,釧路市では農業経営の安定と農業生産力の増強を目的として「釧路市農業振興促進条例」 を制定し,継続して資金の融資・施設補助・家畜の貸付を行いながら,農業の振興に力を入れ,そ れを契機に酪農を主体とした農業へと経営転換を図った。この条例は,1995年には,農村と都市
の交流や後継者対策を盛り込み,農業と農村全般にわたる諸施策を推進する「釧路市農業振興条例」 に改め,現代の要請に対応した制度改正を行った。2005年10月の3市町合併後も,この条例をも
とに引き続き農業振興を推進している。現在の農業形態は,市街地周辺での野菜生産による農家経 営と草地型酪農家を中心としている。草地型酪農とは濃厚肥料に頼るのではなく牧草を飼料の中心 として乳用牛を飼養する酪農のことである。近年,農産物の自由化・生産調整などへの対応のほか, 食の安全性への関心の高まりに応えていくことが求められている。そのため,草地改良や農道整備 などの農業基盤整備を促進し,低コスト生産を目指すとともに,生活環境の整備など地域の活性化 を図りながら経営基盤の安定を目指している。また,農産物に関する各種情報の提供などを通し, 地域農産物への信頼の確保を進めている。
釧路市では,気候・立地条件から有畜農業が古くから行われてきた。釧路市は2013年時点で農
家戸数が257戸であり,農業従事者数は650人である。農地面積は33,532haで,うち農用地牧草
地・放牧地等面積は11,926haである。家畜飼養頭数としては乳用牛が13,785頭,肉用牛が5,325頭,
馬が374頭,採卵鶏が106,540羽である5)。現在では豊富な粗飼料を利用した草地型酪農,肉用牛
農家経営が卓越している。そのため,基幹作物は牧草と飼料作物が大部分を占めている。牧草地は, チモシーを主とするイネ科牧草とクローバー類を主とするマメ科牧草の混播草地となっている。ま た,そこで育てられた牧草は,放牧利用のほか,乾草・サイレージとしても利用されている。飼料 作物としては,飼料用トウモロコシ(デントコーンとも呼ぶ)が栽培されており,サイレージに調 整され利用されている。近年,TMRセンター6)の建設により,飼料用トウモロコシの作付けは増
加傾向にある。
酪農を農業の基幹としている釧路市は,草地利用による飼養体系が確立しており,適正規模の目 標に向かって専業化している。生産された生乳はすべて市内の乳業工場へ搬入される。経営形態は, 専業酪農,酪肉兼業酪農,兼業酪農の3つに分けられる。いずれも牧草栽培による草地型酪農である。
公共草地の造成,道営農地造成事業,道営畑総事業の導入をはじめ,公社営畜産基地建設事業およ び農業構造改善事業,国営・道営土地改良事業の酪農振興策による専業形態の増加に伴い,1戸あ
たりの飼養規模は拡大している。しかし,労働力や施設の面の拡充がピークに達しており,新たな 飼養管理技術の確立・普及が急務となっている。酪農経営は,各国との貿易協定による自由化が取 りざたされており,今後の展望が不明瞭な中で,多額の負債償還,飼料生産技術・家畜飼養技術の 相違,担い手の高齢化などから生ずる経営格差の拡大も問題となっている。経営改善には,飼料自 給率の向上が最も重要であるが,釧路市は低生産性草地が多く,草地利用体系が確立しているもの の,草地の生産性が低いことから自給飼料基盤が立ち遅れているため,農用地整備を計画的に推進 し,特に草地については草地整備改良工事を実施し,良質な粗飼料の確保に努めている。
なっており太平洋に面す農業と漁業が盛んな町である。人口は6,511人で7),夏は濃霧が発生し
気温が上がらず冷涼な気候で牧草しか生育せず,酪農専業地帯となっている。2006年時点で農家
戸数は229戸,農業従事者数は609人である。農地面積は42,343haうち農用地牧草地・採草地は 15,200haである。家畜飼養頭数は乳用牛が21,800頭,肉用牛が1,140頭である。
JA浜中町の前身は1948年に設立された浜中村主畜農業共同組合である。1973年には土壌診断
室が設置された。そして1981年酪農技術センターが開設された。翌年の1982年には浜中町内で
タカナシ乳業北海道工場が操業を開始したため,そこへ生乳を搬入するようになった。1983年,
成分無調整4.0牛乳の生産が開始され,翌年の1984年には日本のハーゲンダッツアイスクリーム
の原材料として浜中町の牛乳が選ばれ,ハーゲンダッツアイスクリームの製造が当地で開始された。 ハーゲンダッツの原料として浜中町の牛乳が飼養されるようになったのは浜中町の牛乳の品質が良 いことと,その品質を夏季においても他産地よりも高く保てることが最大の理由である。
浜中町においては1991年,就農者研修牧場が開設された。2001年,国内初牛海綿状脳症の発生に
伴い翌年の2002年に牛海綿状脳症対策特別措置法が施行された。このような事態を受けて浜中町
では情報開示のため情報システムを増強した。2004年24時間乳温管理システムを開始し,また就
農者研修牧場を法人化した。さらに2006年カルピス北海道の原料の供給を開始した。2009年酪農
に関わる地元企業を中心に出資を呼びかけて(株)酪農王国が設立された。(株)酪農王国は酪農 牧場として生乳販売などを行うだけでなく,建設業など他の業種の企業に酪農経営手法を伝え,将 来的に引き受け手のない離農跡地に新規就農してもらうというのれん分けを行うことで法人経営の 農場設立を促進している8)。
全国の酪農家が厳しい状況に置かれているなか,JA浜中町は目覚しい成果をあげている。それ
は特に酪農技術センターにより高品質な牛乳を生産できることが大きい。この酪農技術センターは 全国各地の他の農協にはなくJA浜中町独自のものである。この酪農技術センターの設立に奮闘し
たのが2014年現在JA浜中町の組合長A氏である。酪農技術センターが設立される以前は,酪農経
営は経験や勘,感覚などで行われていた。当時のA氏はアメリカの酪農雑誌などを読むなどして酪 農経営について研究を重ね,今後の酪農は感覚に頼るのではなくデータを積み上げて牛乳を生産し なければならないと確信し,このセンターの設立に働きかけた。周囲にはセンターの必要性につい て理解者が少なく,地方農協が最先端の設備を所有する必要性がないなど反対意見が多かった。特 に行政や中央の農業協同組合は猛反対であった。しかし,3年間の交渉の末行政に認可され補助金 を獲得した。
1981年酪農技術センターが設立され浜中町の生乳のデータを調べたところ生乳に雑菌が多く含
まれていたことがわかり,その改善を行った。当時農協の組合長であったA氏は農協が組合員すべ てをサポートする存在で酪農家のことを1番に考えなければならないとし,酪農経営における諸問
題を解決,また酪農家への援助を行ってきた。まず後継者不足の解決である。新規就農者の数を増 やすため,1990年全国初のトレーニング牧場として就農者研修牧場を浜中町とJA浜中町が出資し
設立,そして新規就農者育成システムを作り上げた。これにより全国から酪農業に従事したい若手 を呼び込み,これからの酪農の担い手の育成し全国各地で就農してもらうことによって,全国の酪 農家の課題である後継者不足を解決しようとしている。
合が設立された。所属している酪農ヘルパーが約170戸の酪農家の農休取得や傷病による緊急派
遣要請などに対応している。次に2010年3月に中山間地域等直接支払制度を活用し,農業分野で
は初となるメガソーラーシステムを導入した。これは浜中町の酪農家105戸にそれぞれ10kwのソー
ラーパネルを設置し,合計1,05MWもの発電を行うもので,発電された電力は各酪農家の搾乳機器
などに消費されている。
酪農業は,農業団体だけでなく,生乳や家畜等の生産物を運搬する運送業者や,牧草収穫や除雪・ 畜舎建設を行う土木建設業者など,地域の様々な業種により支えられている。またそれらの業種に 従事する人々がおり,後継者不足などにより戸数が減少し酪農業が衰退することは,周囲の関わり のある業種にも影響を及ぼし地域社会の衰退,地域コミュニティの崩壊に繋がっていく。そこで他 の業種と連携し,酪農への新規参入の促進,地元企業との連携が考えられた。以前は,農地法によ り企業による農業への新規参入は制限されていたが,2008年の農地法改正により農業法人設立が
容易となった。JA浜中町が呼びかけ,農協の他建設業など全10社が出資し,2009年7月に(株)
酪農王国を設立した。
こういった酪農家とJAだけの繋がりだけでなくその地域全体の発展や維持をしていくことに
よって,酪農家にとって経営しやすい環境を作ることで他の地域の酪農よりも大きな成果を出して いる。
Ⅲ 畜産の盛んな地域
日本における畜産の歴史は古く,奈良・平安時代にはすでに食用としての家畜飼養が行われてい たといわれている。それ以前においては,動物の肉を食べていたという記録は残っているものの, これは家畜飼養ではなく狩猟採取によって得た肉を食していたと考えられている。奈良・平安時 代では馬飼部や牛飼部などといった家畜飼養の専門家がいて,家畜の生産を行っていた。しかし,
675年に天武天皇が仏教の教えをもとに殺生禁断令をだし,牛や馬,鶏などの肉を食べることを禁
じた。その後も牛馬肉用禁止令や724年に聖武天皇による官私牛馬の屠殺禁令が出されたことに
より,食用肉としての家畜生産は行われなくなった。しかしながら,一般的に食べることは禁じら れていたが,滋養を高める薬食いとして食べられていたといわれている。そのため,食肉としての 畜産は陰で長い間行われていたのである。江戸時代において,為政者は公然と肉食を食べることが 出来たのである9)。
まで続き,長い間家畜は貴重な財産であった。しかし,次第に耕運機やトラクターが導入され,肥 料も化学肥料が使用されるようになると,家畜が農作業から解放されていった。図3は2015年に
おける都道府県別畜産家の分布を示している。鹿児島県を筆頭に宮崎県,熊本県,長崎県などの九 州地方,および宮城県,岩手県,福島県,山形県に畜産家が多く分布していることが確認できる。 日本の畜産は日本の経済成長の動向と同様に規模拡大による経営効率向上を追及し,その過程で 発生する環境問題を軽視してきた。結果として2000年前後BSEといった疾病の発生により食の安
全性が低下した。また飼料構造において,粗飼料までも輸入することで国内の草資源が活用されず に放置されてきた。
こうした中,農林水産省は1992年に「新しい食料・農業・農村政策の方向」を策定し,環境保
全に対する動きを見せた。この政策は「環境保全型農業」を「農業の持つ物質循環機能を生かし, 生産性との調和などに留意しつつ,土づくり等を通じて化学肥料,農薬の使用等による環境負荷の 軽減に配慮した持続的な農業」と定義し,環境への負荷をより軽減しようとする方向性を示した。 また環境省が2000年6月に公布した「循環型社会形成推進基本法」では,「循環型社会」を「製
品等が廃棄物等となることが抑制され,並びに製品等が循環資源となった場合においてはこれにつ いて適性に循環的な利用が行われることが促進され,および循環的な利用が行われない循環資源に
図3 都道府県別にみた畜産家の分布(2015年)
ついては適正な処分が確保され,これらをもって天然資源の消費を抑制し,環境への負荷ができる 限り低減される社会をいう」と定義している。つまり「循環型社会」とは循環的利用によって,環 境への負荷をできる限り低減させる社会となる。これを畜産に適応すると,「資源循環型畜産とは, 畜産物の生産に伴って排出される糞尿や家畜の不可食部分,さらに耕種農業や食品産業との関連を 含めると,稲わらなどの副産物や食品残滓の利活用を行うことで天然資源の消費を抑制し,環境へ の負荷をできる限り低減させる畜産」とすることができる。
家畜が排泄した糞尿を肥料の形で土地に還元,これらの肥料を栄養源に牧草や飼料作物などを栽 培,そして家畜はこれらの飼料を摂取して畜産物を再生産する。資源循環型畜産業の理想は,この 循環の持続性と健全性を確保することであり,畜産物の生産が持続的に継続されることである。し かしながら,こうした資源循環型畜産業が展開されている地域は多くはない。本章では本州の市 町村のなかで最も畜産業の盛んな宮城県登米市を事例として取り上げ,当該地域における資源循環 型畜産業をみていく。
登米市は2005年に旧迫町と旧登米町,旧東和町,旧中田町,旧豊里町,旧石越町,旧南方町,
旧米山町,旧津山町の計9の町の合併により成立した。人口は82,230人である10)。宮城県北東部
に位置し(図4),西部が丘陵地帯,東北部が山間地帯でその間に広大で平坦肥沃な耕土が形成さ
れている。県内有数の穀倉地帯となっており,宮城米「ササニシキ」,「ひとめぼれ」の主産地とし て有名な地域である。内陸性気候であり,冬期の降雨量も少なく,降雪期間も東北地方では比較的 短い。2015年農林業センサスによると登米市の農業就業人口は8,923人である。また,全作付面
積のおよそ95%を稲が占めていることから米の生産が卓越していることがわかる。
宮城県登米市は県内随一の米の生産量を誇り,昔から稲作が盛んに行われてきた。そして,米に 並んで県内一の生産量を誇るのが肉用牛である。宮城県のブランド牛である仙台牛の約4割は登米
市で生産されている。 登米市は江戸期より穀倉地帯であり,代かきなどを行う農耕用として,牛 や馬を飼育していた。しかし,先述したように1955年頃から農業の機械化が進み,それまで農耕
用として用いられてきた牛や馬が使われなくなった。登米市において畜産業が大きな伸びをみせた のは1960年代であり,全国的に生活が安定したことが要因として挙げられる。生活が安定し可処
分所得が増えたことにより,人々は肉を食べるようになっていった。そこで,畜産を積極的に取り 組む農家が増えていったのである。また,1970年代から米の生産調整が実施され,稲作を中心と
していた農家が経営の安定と収入増加を図るために畜産業に参入した。
旧南方町では1968年から町事業として島根県から毎年50頭ずつ繁殖用素牛を導入した。結果
として登米市は肉食牛繁殖基地としての地位を確立し,子牛の生産頭数は県下でも有数となってい る。宮城県の肉用牛の飼育頭数は全国トップレベルであるが他県との大きな違いがある。それは農 家1戸当あたりの飼養頭数である。全国平均約A4頭に対して,宮城県は約20頭と北海道や九州
などと比べて小規模である。これにより農家は一頭ずつしっかりと世話することが出来るため品質 の良い牛を育てることが可能となる。こうした環境の下で育てられた牛が仙台牛や仙台黒毛和牛と 呼ばれる銘柄牛として出荷されるのである。
この銘柄牛の基準に関して,宮城県は厳格な基準を設けている11)。肉の霜降りの度合いや肉の
色沢肉のきめや締まりなどの条件を総合的に評価しA5やA1などのランク付けをする12)。他産
地のブランド化と比較すると,仙台牛はA5ランクのみがブランド牛となるのに対し,前沢牛や神
戸牛はA5からA4の範囲の肉用牛がブランド牛となり,米沢牛はA5からA3の範囲までの肉
用牛と比較的広い範囲が基準として設けられている。この厳しく狭い基準をクリアした肉用牛が仙 台牛としてブランド化されるのであるが,ブランド化された時期が他のブランド牛に比べると遅れ ていたり,知名度が低かったりすることで,低価格で提供することが出来ている。
登米市の畜産は稲作との協力した,耕畜連携を取り入れているが特徴的である。耕畜連携という のは稲作を行っているなかで出てくる,稲わらやもみ殻を畜産に利用することである。また,稲作 が盛んということもあり牛の餌に米を利用している。米を利用することで脂の質が良くなることが いわれ,場所によってはもち米を与えたり,炊いた米を与えたりするなどさまざまである。 登米市においては,畜産と稲作は密接な関わりを持っている。そしてこれは資源循環型農業とい う考えで市の全域に広まっている。この資源循環型農業を実施し,より良い農業生産を目指して現 在行われているのである。資源循環型というのは米作りのなかで出てくる稲わらを肉用牛農家が飼 料や敷料として利用し,その餌を食べた肉用牛たちが出した家畜排せつ物を有機センターなどで適 正処理をし,有機肥料として水田に散布する。そして,その有機肥料のもとで生産された米を生産 し,その過程で出てくる副産物を畜産にまた生かしていくのである。こうした循環を登米市では行っ ていて,環境にも配慮した農業を展開している。
Ⅳ 酪農と畜産の学習指導計画案
小学校社会科は中学校社会科と同様に,地理,歴史,公民の各分野を学習する。一般的に,第3
には,地域の特徴までは学習しないものの47都道府県の名称と位置を学習することになる。47都
道府県の名称と位置の学習を引き継ぐ形で,第5学年では全国各地の農業地域,水産業地域,工業 地域などを学習範囲としている。しかしながら,「身近な地域」とは違い目で見て肌で感じること のできない遠いどこかを学習することに困惑する児童も多く,学習が深まりにくいという問題点が 指摘されている13)。
遠いどこかの学習を「身近な地域」とするために,産業学習のうち酪農および畜産の単元を取り 上げてその指導計画案を構想した。指導計画案構想に当たってはⅡとⅢで述べた釧路市と浜中町お よび登米市の事例を取り上げたことはいうまでもない。表1は酪農および畜産の指導計画案を示し ている。第3年次,第4年次,第5年次,いずれにおいても酪農および畜産は第一次産業のなか
ではあまり取り上げられることのない学習内容となっている。しかしながら,私たちの食卓には牛 乳や乳製品ならびに肉類が欠かせないものになっている。加えて,茨城県は県南地域を中心として 東京集乳圏14)に包摂される生乳生産地であるほか,常陸牛やローズポークの生産地でもある。こ
のことから,本章では第3・4学年と第5学年の学習の架橋となるような酪農および畜産について
の指導計画案を提示する。
単元における授業時間と授業構成は表1のとおり<導入>1時間,<展開Ⅰ>2時間,<展開
Ⅱ>4時間,<まとめ>4時間であり,全11時間構成とした。<導入>の場面では,まず,第3・ 4学年の学習内容の振り返りを行う。<展開Ⅰ>の第1段階では農業とは何かを考えさせる。その際,
身近な素材である給食の献立表を教材として用いる。ここで,茨城県の児童たちがこれまで学習し てきた野菜や果樹,あるいは水稲だけでなく,牛乳や肉類などの生産活動も農業であることに気付 かせたい。その上で,<展開Ⅰ>の第2段階では酪農および畜産の特徴を捉えさせる。第5年次
の学習内容が遠いどこかのお話しとならないよう留意して,茨城県と47都道府県における牛乳生
産量および肉類生産量を比較させる。児童が慣れ親しんでいる比較という視点を取り入れることで, 社会的事象の意味をより深く理解できるようにするとともに,<展開Ⅱ>で取り扱う遠いどこかを 身近に感じてもらうきっかけとしたい。<展開Ⅱ>の第1段階では前授業を踏まえて北海道を事例
として取り上げる。そして酪農の盛んな地域の取り組みを捉えさせる。まず,なぜ北海道において 酪農が最も盛んであるかを理解させるため,クラーク博士が酪農という産業を移入させた経緯とと もに,酪農家は牛を育てることと並行して牛の飼料となる牧草の生産・管理,飼料の作成,糞の処 理や生乳の出荷など仕事の内容は多岐にわたることを理解させたい。<展開Ⅱ>の第2段階では酪
農の工夫について考え,その考えを発表して,考えをクラスメイトと共有する時間とする。<展開 Ⅱ>の第3段階では<展開Ⅰ>の第2段階を踏まえて宮城県を事例として取り上げる。そして畜
産の盛んな地域の取り組みを捉えさせる。まず,日本における畜産の歴史を仏教や精進料理などと 絡めて説明することで理解させるとともに,畜産家の仕事を予想させることで,<展開Ⅱ>の第4
段階につなげていく。<展開Ⅱ>の第4段階では畜産の問題として,糞尿による土壌や水質の汚染
や悪臭問題などに気づかせ,それを解決するための方策として耕畜連携が行われていることに気付 かせる。<まとめ>の第1段階では酪農について模造紙にまとめ,第2段階で発表する。第3段
表1 酪農および畜産の指導計画案
次 場面 学習活動 教材・教具
1
(1時間) <導入>
1 茨城県の農業についての振り返る
(1)主な野産物を挙げる
(2)主な農産物の生産量マップの読み取る
(3)主な農産物の主産地を白地図に書く
*ハクサイ,ピーマン,ミズナ, メロン,コメなどの写真 *生産量マップ
*茨城県の市町村境入り白地図
2
(2時間) <展開Ⅰ>
1 農業とは何かについて考える
(1)給食の献立から使用されている食材を
予想する
(2)予想した食材を発表する
(3)気づいたことを用紙に書く
→牛乳や肉類などの生産活動も農業で あることに気づく
*給食の献立表
*食材を記載する用紙 *ワークシート
2 酪農および畜産の特徴を捉える
(1)茨城県の主な酪農地域を牛乳の生産量
マップから読み取る
(2)茨城県の主な畜産地域を肉類の生産量
マップから読み取る
(3)全国における酪農地域を牛乳の生産量
マップから読み取る
(4)全国における畜産地域を肉類の生産量
マップから読み取る
*茨城県の牛乳生産量マップ
*茨城県の肉類生産量マップ
*全国の牛乳生産量マップ
*全国の肉類生産量マップ
3
(4時間) <展開Ⅱ>
1 酪農の盛んな地域の取り組みを捉える
(1)北海道における酪農の歴史を知る
(2)酪農家の仕事を予想する
*札幌農学校の写真 *北海道大学の写真 *クラーク博士の写真 *ワークシート
2 (1)グループで酪農の工夫を考える
(2)酪農の工夫について発表し合う
*釧路市教育委員会の発行する 社会科副読本の一部コピー *浜中町教育委員会の発行する
社会科副読本の一部コピー
3 畜産の盛んな地域の取り組みを捉える
(1)日本における畜産の歴史を知る
(2)畜産家の仕事を予想する
*天武天皇の絵 *聖武天皇 *ももんじやの絵 *ワークシート
4 (1)グループで畜産の問題点を考える
(2)問題解決の方策について考える
*ワークシート *BSEの新聞記事
*土壌・水質汚染の新聞記事 *登米市教育委員会の発行する
社会科副読本の一部コピー *畜舎とその周辺の写真
4
(4時間) <まとめ>
1 酪農についてグループでまとめる 2 酪農についてグループで発表する 3 畜産についてグループでまとめる 4 畜産についてグループで発表する
*模造紙
Ⅴ おわりに
本研究は第3・4学年および第5学年で学習する農業のなかでもあまり学習する機会のない酪農
業と畜産業をあえて取り上げ,「身近な地域」から「国土全体」への学習地域の拡がりに対応する ための指導計画案を提示することを目的とした。
小学校社会科は中学校社会科と同様に,地理,歴史,公民の各分野を学習する。一般的に,第3
学年では「身近な地域」のなかでも児童自身が歩いて回れる学区,あるいは家族でよく出かける居 住市町村内を学習範囲としている。第4学年になると児童の住む都道府県が学習範囲となり,さら
には,地域の特徴までは学習しないものの47都道府県の名称と位置を学習することになる。47都
道府県の名称と位置の学習を引き継ぐ形で,第5学年では全国各地の農業地域,水産業地域,工業
地域などを学習範囲としている。しかしながら,「身近な地域」とは違い目で見て肌で感じること のできない遠いどこかを学習することに困惑する児童も多く,学習が深まりにくいという問題点が 指摘されている。
第3学年,第4学年,第5学年,いずれにおいても酪農および畜産は第一次産業のなかではあ
まり取り上げられることのない学習内容となっている。しかしながら,私たちの食卓には牛乳や乳 製品ならびに肉類が欠かせないものになっている。加えて,茨城県は県南地域を中心として東京集 乳圏に包摂される生乳生産地であるほか,常陸牛やローズポークの生産地でもある。このことから, 本章では第3・4学年と第5学年の学習の架橋となるような酪農および畜産についての指導計画案
を提示した。
酪農に関しては斉藤(1971)14),若本(1993)15),佐藤(2013)16)の研究,畜産に関しては今野(2010)17),
岩城(2012)18),佐々木(2013)19)の研究などがあるが,これらの研究成果が教育の現場に活か
されていないのが現状である。第3・4学年と第5学年の学習内容の架橋ばかりでなく,変容する
私たちの生活と環境について教員が積極的に知識を習得していくことが肝要である。
謝辞
本研究の一部は,2015年8月に行った「地理学野外実習Ⅰ」のレポート(鈴木将也・永山未沙希・
石井智子・斉田有未・高津里沙・村野健人・大島規江による調査・執筆),および2016年8月に行っ
た「地理学野外実習Ⅲ」のレポート(村野健人・砂見琢馬・川原美礼・斉藤寛和・永山未沙希・大 島規江による調査・執筆)を著者が編集・校正したものである。調査・執筆に関わった学生の氏名 を記して感謝の意を表する。
注
1) 斉藤功・石井英也・岩田修二編.2009.『日本の地誌6 首都圏Ⅱ』(朝倉書店).
2) 大場俊彦.2017.「比較に視点を取り入れた地域教材の開発と実践―小学校社会科における水産業の学習
4) 釧路市産業振興部農林課.2013.「2012年度釧路市の農業概要」(釧路市).および,釧路市産業振興部農林課. 2014.「2013年度釧路市の農業概要」(釧路市).
5) 釧路市農業委員会データにより.
6) Total Mixed Ration の略であり,完全混合飼料のことを指す. 7) 平成22年度国勢調査より.
8) http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kn/ksk/ksgs/report/jirei/suz09c5.pdf(最終閲覧日2017/08/25) 9) 高橋春成.2006.『人と生き物の地理』(古今書院).
10) 2016年9月現在.
11)公益社団法人日本食肉格付協会により指定. 12)聞き取り調査より.
13)前掲2).
14)斉藤功.1971.「東京集乳圏における酪農地域の空間構造」『地理学評論』44,4,271-283.
15)若本啓子.1993.「岩手県滝沢村における酪農飼料構造の地域的特色」『地理学評論』66A,10, 619-638. 16)佐藤綾野.2013.「日本の酪農制度とその問題点」『高崎経済大学論集』55,4,51-66.
17)今野絵奈.2010.「都市郊外における養豚業の排せつ物処理と堆肥の流通」『経済地理年報』56, 51-68. 18)岩城和久.2012.「鉾田市における循環型農業の展開」『茨城地理』13,15-27.
19)佐々木緑.2013.「大都市近郊における廃棄物の堆肥化とその活用システム」浅野敏文・中島弘二編『ネ