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東御市(とうみし)|市報とうみ本誌(平成17年度)|人と自然が織りなす しあわせ交流都市 とうみ

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(1)

CONTENTS

CONTENTS

● アメリカ合衆国マドラス市ホームステイ体験記 (2∼3)

● アメリカ合衆国マドラス市ホームステイ体験記 (2∼3)

● 平成17年度東御市役所組織一覧・皆さんの紹介(4∼7)

● 平成17年度東御市役所組織一覧・皆さんの紹介(4∼7)

「みてみて、きれいなお花が咲いたよ!」保育園  「みてみて、きれいなお花が咲いたよ!」保育園 に元気な声がこだまします。園児のまばゆいほど に元気な声がこだまします。園児のまばゆいほど のうれしそうな顔は、本格的な春の到来を何より のうれしそうな顔は、本格的な春の到来を何より も感じさせてくれます。(写真:西部保育園)  も感じさせてくれます。 (写真:西部保育園)

(2)

高 校

生 に

大 き

な 自

広大なアメリカと

  人々のやさしさに触れて

− −

− −

− −

− −ア アメ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア メリ メ メ メ メ メ メ メ メ メ メ メ リ リ リカ リ リ リ リ リ リ リ リ リ カ合 カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ カ 合 合 合 合 合衆 合 合 合 合 合 合 合 衆国 衆 衆 衆 衆 衆 衆 衆 衆 衆 衆 国マ 国 国 国 国 国 国 国 国 国 国 マド マ マ マ マ マ マ マ マ マ マ ド ド ド ドラ ド ド ド ド ド ド ド ド ラ ラ ラス ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ ス市 ス ス ス ス ス ス ス ス ス ス 市ホ 市 市 市 市 市 市 市 市 市 市 ホー ホ ホ ホ ホ ホ ホ ホ ホ ホ ホ ーム ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ム ム ムス ム ム ム ム ム ム ム ム ム ス ス ス ステ ス ス ス ス ス ス ス ス テイ テ テ テ テ テ テ テ テ テ テ イ体 イ イ イ イ イ イ イ イ イ イ 体験 体 体 体 体 体 体 体 体 体 体 験記 験 験 験 験 験 験 験 験 験 験 記− 記 記 記 記 記 記 記 記 記 記 記 − − − − − − − − − − − − −

−アメリカ合衆国マドラス市ホームステイ体験記−

ポートランド市内のリッチモンド小学校を見学 スミスロック州立公園にて

  今回 のホ ーム ステ イ事 業は

、オ レゴ ン 州マ ドラ ス市 との 姉妹 都市 継続 の確 認が され たこ とを 契機 に、 3月 7日

∼  日ま 18 での 

日間 で、 高校 生4 名・ 引率 者2 名 12

︵友 好協 会員

、市 職員

︶の 合計 6名 が参 加し て実 施さ れま した

。   ホー ムス テイ 先は

、マ ドラ ス高 校の 先 生方 の家 庭を 中心 とし た3 家庭

。ア ット ホー ムな 家庭 環境 の中

、ア メリ カで の生 活を 体験 して きま した

。   マド ラス 市滞 在中 には

、マ ドラ ス高 校 へ3 日間 通い

、現 地の 高校 生と 一緒 に授 業を 受け たほ か、 休日 には 広大 なア メリ カの 自然 に触 れた り、 ホス トフ ァミ リー と一 緒に 過ご して

、互 いの 交流 を深 めて きま した

●あ なた も国 際交 流の 一翼 を!   今後 も高 校生 だけ でな く、 夏休 みに は 中学 生の ホー ムス テイ を募 集す る予 定で す︵ 募集 は広 報お 知ら せ版 に掲 載し ます

︶。 また 多く の皆 さん にア メリ カ姉 妹都 市友 好協 会に 加入 して いた だき

、国 際交 流の 一翼 を担 って いた だけ たら と考 えて いま す。

〈マドラス市ホームステイスケジュール〉

3/7(月) 上田発→成田発→(所要約9時間)→ポー トランド着(市内観光等)【ポートランド 泊】

  8(火) ポートランド(州立大学研修、リッチモン ド小学校見学)→オレゴン州マドラス市

→ホストファミリーと合流【各家庭へ】   9(水) マドラス高校での授業・各種アクティビ

ティー   10(木)        〃   11(金)        〃

      (夜は、マドラス高校生徒による「ロビ ンフッド」観劇)

  12(土) マドラス市内・スミスロック州立公園等 観光(夜は、ホストファミリー宅でバーベ キューパーティー)

  13(日) ホストファミリーと過ごす・フェアウェ ルパーティー

  14(月) マドラス市→ロサンゼルス

  15(火) ロサンゼルス(ディズニーランド観光)   16(水)    〃  (メキシコ、ティワナ観光)   17(木) ロサンゼルス空港発   【機内泊】   18(金) 成田着→東京駅→上田駅(解散)

  高校 生四 人を 引率 し、 マド ラス を 訪れ まし た。 マド ラス へ行 く前 には ポー トラ ンド の州 立大 学で 研修 を受 けま した が、 大学 で学 ぶ日 本人 学生 や、 助教 授と して 働い てい る日 本人 女性 に会 い、 将来 の自 分の 姿を 彼ら に重 ねて みて いた 高校 生も いた かも しれ ませ ん。   マド ラス での ホー ムス テイ は素 晴 らし い人 々と の出 会い と初 めて の経 験の 数々 を彼 らに 与え てく れま した

。 彼ら の姿 を見 てい て感 じた こと は、 自然 体で しか も意 欲的 に物 事に 取り 組ん でい たこ と、 環境 への 順応 の速 さ、 自分 の気 持ち をき ちん と伝 えよ うと して いた こと など でし た。   ホー ムス テイ の後

、デ ィズ ニー ラ ンド とメ キシ コに も行 きま した が、

﹁ホ ー ム ス テ イ の 方 が も っ と 楽 し かっ た﹂ との 感想 は、 彼ら 全員 の気 持ち だっ たと 思い ます

。   充実 した 

日間 は、 彼ら にと って 12 大き な自 信に なっ たと 確信 して いま す。

友好協会会員 内 堀 佐 和 子 さん

うち ぼり さ わ こ

(白鳥台)

(3)

五 感

を フ

ル に

   

使 っ

た 

日 間

12

宮 坂 知 菜

みや さか ち な

美 さん

(中八重原)

広 大 な 土 地、 美 し く そ び え 連 な る 山々

、心 温か い人 々に 囲ま れて のホ ー ムス テイ は強 く心 に残 る体 験と なり ま した

。何 より 出会 った 人々 がと ても 親 しみ やす いこ とに 驚き まし た。 ホス ト ファ ミリ ーや クラ スメ ート が初 対面 に もか かわ らず 気軽 に声 をか けて くれ

、 また 私の 英語 も懸 命に 聴い てく れて 会 話を 楽し むこ とが でき まし た。 出会 っ た人 々は 本当 に温 かく

、ア メリ カの 人 に対 する イメ ージ がホ ーム ステ イを す る前 より 良く なり まし た。   今日 の日 本で

、ア メリ カの こと はテ レビ やイ ンタ ーネ ット など の様 々な メ ディ アが 良く も悪 くも 伝え てい ます が、 やは り自 分自 身の 目で 見て

、聞 こえ て くる 音に 耳を 澄ま せ、 実際 に触 れ、 そ の土 地の 空気 を吸 い、 また おい しい も のを 味わ う、 それ が一 番だ と思 いま し た。 また

、今 回 見た アメ リカ が 全て では ない の で、 より 英語 力 を向 上さ せ、 再 びア メリ カに 行 って 新し い発 見 をし たい と思 っ てい ます

  3月 7日 に出 発し てポ ート ラン ドに 着く と、 アメ リカ の広 大さ に圧 倒さ れ まし た。 1日 目は ポー トラ ンド の自 然 を満 喫し

、2 日目 は州 立大 や小 学校 の 見学 でし た。   そし てい よい よマ ドラ スで のホ ーム ステ イと なり

、ホ スト ファ ミリ ーの ア ビィ ーさ ん一 家は 私を 温か く迎 えて く れて

、毎 日が とて も充 実し てい まし た。 アメ リカ の家 庭で 生活 する のは 慣れ な い私 にと って とて も大 変だ った けれ ど、 それ 以上 に家 族と うち とけ られ たの が うれ しか った です

。   マド ラス 高校 は日 本と は大 分違 って

、 とて も新 鮮に 感じ られ た場 所で あり

、 また 英語 でコ ミュ ニケ ーシ ョン をと る こと の難 しさ を教 えて くれ た場 所で も あり まし た。   この 

日間 でた くさ んの 経験 や出 会 12

いを 通し て自 分 自 身 成 長 し て 帰っ てこ られ た し、 自分 が住 ん でい る日 本と は 全く 別の 世界 を 見 て 視 野 が 広 がっ たよ うに 思 いま す。

忘 れ

ら れ

な い

   

   

思 い

中 沢   千 晴 さん

なか ざわ ち はる

(原口)

マ ド

ラ ス

   

体 験

し た

感 動

関   麻 美 さん

せき ま み

(西海野)

マド ラス に行 って まず 思っ たこ とは

、 出会 った 皆さ んは 本当 に優 しい 人た ち だと いう こと です

。ホ スト ファ ミリ ー はと ても 明る く、 常に 私に いろ いろ な こと を教 えて くれ

、私 が英 語で 何か 話 そう とす ると

、い つも 真剣 に私 の話 を 聞い てく れま した

。ま た、 学校 の皆 さ んも とて も親 切で した

。先 生は 私が 授 業に 行く と進 んで 授業 に参 加さ せて く れて

、生 徒た ちも 私に 話し かけ てく れ まし た。 それ は日 本の 高校 では 経験 で きな いこ とで す。   初め て会 った 人で も、 こん なに フレ ンド リー に接 して いた だき

、本 当に 毎 日が とて も 楽し かっ た です

。  私は

、 街全 体が 親切 で明 るい マド ラス がと て も好 きに なり まし た。   ホ ー ム ステ イ は、 と て も 短 い 期 間 だっ たの で、 もっ と長 く滞 在し てい たか った と思 いま す。 こん なに 素晴 らし い経 験を させ てく れた 皆さ んに 感謝 して いま す。

目 標

を 立

て て

   

行 っ

た マ

ド ラ

岩 下  龍

いわ した

たつ さん

(中八重原)

ホー ムス テイ の企 画を 親に 紹介 され て即 答で 行く こと にし まし たが

、い ざ 行く とな ると 初め ての 海外

、初 めて の 飛行 機に 少し 不安 もあ りま した

。   僕は アメ リカ に行 く前 に二 つの 目標 をた てま した

。一 つは 互い の文 化を 学 びあ うこ と、 もう 一つ は生 の英 語を 知 るこ とで す。 ホス トフ ァミ リー の兄 弟 は過 去に 日光 東照 宮を 訪れ てお り、 日 本の 歴史 につ いて 話が でき まし た。 英 語に つい ては

、は じめ は全 く通 じず 困 りま した が、 ジェ スチ ャー を使 いな が ら話 すと

、み んな が一 生懸 命に 聞い て くれ てう れし かっ たで す。   一番 の思 い出 は、 ホス トフ ァミ リー や友 達と 野球 をし たり

、近 くの 公園 に 出か けた りし たこ とで す。 また

、車 を 運転 する 高校 生の 姿に 自由 と同 時に 責 任も 負う と いう アメ リ カを 実感 し まし た。 今 後も たく さ んの 高校 生 にも 参加 し ても らい た いと 思い ま す。

地元の高校生がお見送り アメリカに来ました

温かく迎えてくれたホストファミリー

ディズニーでワイルドな昼食

(4)
(5)

  今年 度の 新規 採用 職員 は6 名で す。

■新 規採 用職 員

▽今 井裕 美 子︵ 民 生福 祉 部子 育て 支援 課︶

▽高 橋佳 子︵

▽大 塚香 織︵ 

〃 

︶▽ 竹花 直樹

︵市 民病 院診 療部

︶▽ 宮 内美 智子

︵市 民病 院看 護部

▽青 木由 布子

︵ 

〃 

■派 遣及 び交 流研 修職 員

▽堀 育夫

︵上 田地 域広 域連 合

[3 年 間]

︶▽ 岩 下 房 生︵

▽重 田雄 一︵ 

〃 

︶▽ 武舎 徳夫

︵上 田地 域広 域連 合消 防 本部 へ1 年間

︶▽ 清水 悟︵ 長野 県へ 年1 間︶

▽中 田秀 樹︵ 小諸 市へ 1年 間︶

▽田 中孝 憲︵ 上田 東北 消防 署へ 1年 間︶

▽原 田敦

︵税 務課

・ 小 諸 市 か ら 1 年 間︶

▽内 川英 貴︵ 東 御消 防署

・上 田東 北消 防署 から 1年 間︶

︵継 続︶

▽唐 沢元 生︵ 川西 保健 衛生 施設 組合 へ︶

▽福 島英 昭︵ 信 州東 御市 振興 公社 へ︶

▽土 屋桃 江︵ 東

御市 社協 へ︶

▽岡 田真 平︵ み まき 福祉 会へ

︶▽ 春日 真由 美

︵企 画課

・長 野県 から

※お 世話 にな りま した   退職 者は 6名 です

︵カ ッコ 内は 退職 時の 職名

▽桜 井寿 彦︵ 産業 建設 部長

▽澤 田祐 介︵ 市民 病院 長︶

▽ 吉池 一喜

︵消 防防 災課 課長 補 佐︶

▽阿 部千 代子

︵子 育て 支 援課 主査

▽金 井す ぐ礼

︵子 育て 支援 課 主任

︶▽ 亀田 みよ 子︵ 教育 委 員会 教育 課主 事補

よ よ

よ よ よ よ よ よ よ よ

よ ろ ろ ろ ろ ろ ろ ろ ろ ろ ろ ろ ろ ろ ろ

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ろ し し し し し し し し し し し し し し

し し し し し し し し

し く く く く く く く く く く く く く く

く く く く く く く く

く お お お お お お お お お お お お お お

お お お お お お お お

お 願 願 願 願 願 願 願 願 願 願 願 願 願 願

願 願 願 願 願 願 願 願

願 い い い い い い い い い い い い い い

い い い い い い い い

い し し し し し し し し し し し し し し

し し し し し し し し

し ま ま ま ま ま ま ま ま ま ま ま ま ま ま

ま ま ま ま ま ま ま ま

ま す す す す す す す す す す す す す す

す す す す す す す す

よ ろ

し く

お 願

い し

ま す

(6)

皆 さ

ん を

紹 介

し ま

さ ん

を 紹

介 し

ま す

  生涯 学習 課と 教育 課で は、 生涯 学習 を 積極 的に 推進 する とと もに

、市 民の 皆さ んを サポ ート する ため に、 社会 教育 指導

  東部 地区 の安 全を 守る 上田 警 察署 東御 市交 番の 皆さ んを 紹介 しま す。 松本 所長 は﹁ 交通 事故 や、 盗難 など の犯 罪が 後を 絶え ませ ん。 地域 の皆 さん と連 携し て事 故や 犯罪 の防 止に 努め たい です ね。 また 振り 込め 詐欺 など 新し い犯 罪も 起き てい ます

。不 審に 思っ たら 警察 に相 談し てく ださ い。

﹂と 話し てい まし た。  

松 本

幸 雄

所 長

  酒 井 政 敏 主任 

猿 谷 隆 一 主任

  児 玉 邦 夫 主任 

  青 木 茂 則 所員 

小 林

祐 介 所員

  星 野 雅 樹 所員 

佐 藤 良 忠 所員

  北御 牧地 区の 安全 を守 るの は 望月 警察 署八 重原 警察 官駐 在所 と大 日向 警察 官駐 在所 の皆 さん です

。八 重原 駐在 所の 伊藤 主任 は﹁ 新年 度を むか え、 新し い生 活に 入っ た子 ども たち も多 いと 思い ます

。最 近は 子ど もが 巻き 込ま れる 事件 も多 いで すか らパ トロ ール の強 化を 図り たい です ね﹂ と話 して いま した

。大 日向 駐在 所の 土屋 主任 は﹁ 近頃

、北 御牧 地区 では 車上 ねら いに よる 被害 が出 てい ます

。車 のロ ック をき ちん とか ける こと はも とよ り、 車内 に物 を放 置し ない こと を 心 掛 け て 頂 き た い と 思 い ま す﹂ と話 して いま した

員を 常駐 させ てい ます

。生 涯学 習を はじ め、 人権 同和 教育

・教 育相 談・ 青少 年育 成な どど んな こと でも お気 軽に ご相 談く ださ い。 

森  

泉  

和  

女性 教育

・田 中地 区 生涯 学習 担当  中央 公民 館

増  

田  

勝  

祢津 地区 生涯 学習 担 当  祢津 公民 館

柳  

沢  

佑  

滋野 地区 生涯 学習 担 当  滋野 公民 館

山  

嵜  

義  

和地 区生 涯学 習担 当

渡  

辺  

幹  

北御 牧地 区生 涯学 習 担当  北御 牧公 民館

工  

藤  

真  

人権 同和 教育 担当  東部 人権 啓発 セン タ

猪  

股    

人権 同和 教育 担当 東部 人権 啓発 セン タ

下  

條  

貞  

教育 相談 担当  教育 委員 会事 務局

︵舞 台が 丘会 館︶

社 会

教 育

指 導

員 の

紹 介

こ ち

ら 交

番 ・

駐 在

所 で

  行政 相談 委員 とし て活 躍さ れて いる 皆 さん が、 この 度引 き続 き、 総務 大臣 から 委嘱 され まし た。

・ 土 屋   熊 之 さん

︵金 井︶

・ 中 村   

明 さ ん︵ 南部

  行政 相談 委員 は、 毎月 のよ ろず 相談 な どで 皆さ んの 相談 に応 じて いま すの でお 気軽 にご 参加 くだ さい

右:

伊 藤 正 義 主任

い とう まさ よし (八重原)

左:

土 屋 行 民 主任

つち や ゆき たみ (大日向)

行 政

相 談

委 員

の 紹

(7)

平 成

年 度

平 成 

年 度

各 区

の 役

員 の

紹 介

各 区

の 役

員 の

紹 介

17

17

◎分館長会長 徳嶽 幸一  分館長副会長 今井 富孝、矢嶋 武典、斉藤 里実、荻原 敬一

◎保健補導員会長 宮澤美代子  保健補導員副会長 佐藤 節子

敬称 略 敬称 略。 スペ ース の関 係上

。ス ペー スの 関係 上、 お名 前に ルビ お名 前に ルビ

︵読 み方

︵読 み方

︶ がつ けら れま せん でし た。 ご了 承く ださ い。 がつ けら れま せん でし た。 ご了 承く ださ い。

消 防 部 長 地区会長

保 健 補 導 員 地区会長

分  館  長 区  名

市 川   豊

上 原 澄 子

小 林 輝 彦 加   沢

西 澤 正 浩 土 屋 宏 美

大 西 道 夫 常   田

武 井 雄一郎 丸 山 眞千枝

岩 下 不三夫 田   中

上 野 淳 一 横 関 敦 子

依 田 俊 良

所   史 人 小 松 信 子

徳 嶽 幸 一 本 海 野

古 田 修 一 三ツ井 由 香

原   孝 夫 西 海 野

倉 島 公 子 清 水 一 男

白 鳥 台

清 水 秀 子 長 嶋 和 幸

城 ノ 前

柳 澤   茂

田 口 若 子

田 口 健 司 赤   岩

清 水 隆 晴 中 村 知津子

土 屋 勝 年 片   羽

市 川   努 秋 山 正 恵

今 井 富 孝 桜   井

長 岡 辰 徳 関   光 代

佐 藤 悦 夫 大   石

唐 澤 茂 幸 唐 澤 加洋子

若 林 政 雄 中 屋 敷

小 島   剛 小川原 祐 子

阿 部 康 彦 別   府

若 林 幸 弘 小河原 孝 子

高 藤 道 夫 原   口

清 水 きし子 山 岸 元 巳

宮 澤 美代子 内 山 博 夫

乙 女 平

大 木 真由美 中 村 和 夫

王 子 平

西 川 静 子

上 原 道 夫 奈 良 原

小 林 敬 一 横   堰

塚 田   聡 森   昌 子

早 川 和 彦 新   張

花 岡 安 則 花 岡 こず枝

花 岡 高 徳 出   場

小 林 直 浩 佐 藤 節 子

山 口 幸 知 金   井

荒 井 和 明 小 川 アヤ子

野 口 賢 吉 新   屋

土 屋 岳 史   沢 敏 子

坂 口 一 也 東   町

別 府 智 直 高 橋 しげよ

矢 嶋 武 典 西   宮

土 屋 志津代 土 屋 初 喜

滝 の 沢

舩 田 賢 治 舩 田 幸 子

舩 田 利 春 姫 子 沢

  沢 洋 子 金 井 義 治

祢 津 南

出 澤 好 美 高 野 茂 幸

伊 勢 原

上 野 清 司

柳 沢 州 子

大 塚 重 盛 東 上 田

竹 花 敏 夫 服 部 千 春

田 中 正 孝 田   沢

山 崎 章 生 横 関 栄 子

竹 内   崇 大   川

有 賀 知 久 清 水 美佐子

飯 嶋 幸 一 栗   林

五十嵐 英 俊 池 田 ひろみ

関     純 海 善 寺

小 松 史 岳 若 林 久 子

森 島 優 典 曽   根

淀 川 潤 子 清 水 康 弘

海 善 寺 北

深 井   尚 深 井 典 子

堀   徳 幸 東 深 井

中 澤 幸 俊 戸 田 幸 江

戸 田 文 彦 西 深 井

庄 村 美恵子 関   邦 守

東   入

小 林 三枝子 中 村 昌 治

西   入

黒 石 たか子 斉 藤 里 実

日 向 ガ 丘

桜 井 和 美 増 田   勇

寺   坂

坂 田 明 弘 田 中 正 人

睦   会

第5分団     

武 井 佳 子

荻 原 敬 一 上 八 重 原

上 八 赤尾 隆延 増 田 恵美子

内 田 恒 康 田 楽 平

田 楽 金井 一茂 岩 下 英 子

関   清 衛 中 八 重 原

中 八 岩下 寿善 白 倉 久美子

白 倉 滝 男 山   崎

山 崎 田丸 達也 笠 原 登代子

荒 井 潤 一 下八重原西部

下 八 滝澤 博充 黒 沢 美恵子

金 井   弘 下八重原東部

大日向 村田 吉弘 馬 場 紘 子

有 馬 政 典 芸 術 む ら

羽毛山 小林 光則 北 村 加代子

町 田 雅 明 白   樺

武 井 良 子 田 坂 久 樹

切 久 保

第6分団      大 塚 きい子

大 塚 宣 訓 八 反 田

切久保 中山 清志 安 達 祐 子

小宮山 洋 一 本 下 之 城

城 三 渡辺 浩之 井 出 三恵子

竹 内 広 幸 田 之 尻

城 二 山浦  武 渡 邉 東海子

渡 邉 教 道

城 一 小林 秀行 小 林 ミナ子

小 林 芳 重 畔   田

南 部 小林 正之 箕 輪 元 子

中 倉 正 吉 御牧原南部

北 部 小山  済 小 林 聖 子

山 浦 清 美 御牧原北部

布 下 小林 洋一 小 山   剛

御 牧 台

島川原 渡辺 博和 村 松 たき子

小 林 昭 一 布   下

篠 原   迪 若 林 幸 子

常   満

※消防全体の役員は 高 橋 玲 子

服 部   寛 島 川 原

 20ページに掲載し 荻 原 妙 子

直 井   豊 大 日 向

 てあります。   直 井 敏 子

柄 澤 和 幸 光 ケ 丘

青 木 加代子 竹 重   守

羽 毛 山

小 藤 正 子 三 沢 稔 彦

郷 仕 川 原

直 井 美枝子 牧 ケ 原

(8)

専 門

学 校

の 調

印 式

・ 起

工 式

が 行

わ れ

﹁元 気発 信都 市﹂ を目 指す 東 御市 にと って

、地 域の 活性 化 は重 要な 課題 とな って いる こ とか ら、 市で は専 門学 校の 誘 致を 進め てき まし た。 昨年 の   月議 会で は、 専門 学校 誘致 12 補助 金の 債務 負担 が決 定し ま した

。そ の後 3月 まで

、建 設 用地

︵田 中区 の旧 六反 田町 営 住宅 跡地

︶の 条件 整備 を行 い、 地元 住民 や関 係者 の理 解と 協 力の もと

、学 校法 人成 田会 の 専門 学校 建設 に着 手す る運 び とな った もの です

。  

4月 1日

、学 校法 人成 田会 の成 田守 夫理 事長 が市 役所 を 訪れ

、土 地賃 貸借 契約 の調 印 式を 行い まし た。   学校 法人 に貸 し出 す市 有地 は約 22 00

㎡ で、 年間 約3 06 万円 の賃 貸借 料と なっ て

いま す。 学生 が定 員に 満た な い平 成  年度

∼  年度 は段 階 17

19 的に 減免 措置 が行 われ ます

。  

4月 

日、 専門 学校 建設 工 11 事の 安全 祈願 祭と 起工 式が 行 われ まし た。 この 式に は市

、 市議 会、 商工 会、 地元 区、 受 注業 者の 関係 者ら 約  名が 出 30 席。 起工 式で は、 発注 者で あ る成 田会 の成 田理 事長 が﹁ 山 岳遭 難な どに も対 応で きる 人 材の 育成 を目 指し

、こ の地 に この 学校 がな ぜあ るの か理 解 して 頂け るよ うな 学校 にし て いき たい

﹂と あい さつ をし ま した

。建 物の 工事 は順 を追 っ て進 めら れ、 

月末 に完 成す 11 る予 定で す。

︻概 要︼

・名 称  長野 救命 医療 専門 学      校︵ 予定

・開 設事 業者    学校 法人 成田 会      理事 長  成田 守夫

・開 校予 定日   平成 

年4 月1 日 18

・開 設予 定学 科  

①救 急救 命士 学科 

  40名  

②柔 道整 復師 学科 

  30名   いず れも 全日 制3 年、 全修 学予 定者 21 0名

︻特 徴︼

●救 急救 命士 学科

⋮現 在消 防 署な どに おい て活 躍中 で、 福祉 施設 ほか で需 要が 見込 まれ る﹁ 救急 救命 士﹂ にな る人 材を 養成 する

●柔 道整 復師 学科

⋮接 骨院 な どの 開業 とと もに 病院 ほか で活 躍の 場が 広が って いる

﹁柔 道整 復師

﹂に なる 人材 を養 成す る。   この 2学 科を 併設 する こと で、 専門 技術 や知 識を 活か し た山 岳遭 難に 対応 でき る人 材 の養 成を 目指 しま す。

関係者は工事の安全を祈った

専 門

学 校

   

誘 致

の 経

土 地

賃 貸

   

契 約

調 印

安 全

祈 願

祭 ・

   

   

起 工

専 門

学 校

   

概 要

と 特

契約書を取り交わす土屋市長と成田理事長

(9)

新 し

い 移

動 図

書 館

車 が

発 進

この車両は3トントラックを改造してつくられた

ムと いわ れる 昨今

、囲 碁は 青 少年 の情 操教 育に も大 変役 立 つと のこ とで す。 まず は﹁ 集 中力

﹂が つき

、﹁ 根気

﹂と

﹁我 慢強 さ﹂ が養 われ

、最 後 に﹁ 決断 力﹂ が求 めら れる

。 いわ ゆる

﹁生 きる 力﹂ がつ く との こと です

。ぜ ひ多 くの 子 ども たち にも 普及 させ たい と 思い ます

うか

。さ らに その 行動 を時 の 政権 が常 に利 用し てき た歴 史 もあ りま す。 その よう な中

、 今回 の日 本政 府の 対応 を見 て いる と、 多少 歯 痒 く思 う部 分

もあ りま した が、 概ね 熟成 し た国 家の 対応 であ った と評 価 でき るの では ない でし ょう か。   先日

、市 民と 大田 区民 の囲 碁愛 好会 の皆 さん の交 流会 が 開催 され まし た。 先駆 的な 交 流が でき てい ます こと に敬 意 を表 する もの です

。囲 碁ブ ー

られ たも のの 気持 ちは 傷つ け たも のに は理 解で きな いと 言 いま す。 しか し、 いつ まで 過 去を 引き ずっ てい るの か疑 問 に思 うの は私 だけ でし ょう か。   歴史 はそ れぞ れの 国家 にと って 大切 なも ので す。 です か ら多 少と も国 家に とっ て都 合 よく 語ら れて いる 部分 もあ り まし ょう

。し かし

、今 回の 中 国で の暴 動は

、日 本の 歴史 認 識は すべ て間 違っ てい ると の 前提 での 行動 では ない でし ょ

  今回 の中 国・ 韓国 での 反日 運動 をみ て、 改め て歴 史認 識 の違 いを 感じ させ られ まし た。   すで に戦 後六 十年

、傷 つけ

  

№9

  4月 1日

、東 御市 立図 書館 にお いて 新し い移 動図 書館 車﹁ しら か ば号

﹂の 入魂 式が 行わ れま した

。   この 車両 は、 昭和 

年か ら使 用 58 され た初 代か ら数 える と3 代目 と なり ます

。前 の車 両は 平成 5年 か ら  年間 使用 され まし た。 11   今回 の更 新で は、 県の 合併 特例 交付 金約 12 40 万円 を充 てま し た。 後部 には 身障 者用 のリ フト を 設置 し、 従来 の車 両よ り1 80 0 冊多 い約 30 00 冊を 積載 する こ とが でき ます

。新 しい 車両 は、 4 月  日か ら市 内  か所 を4 コー ス 13

38 に分 けて 巡回 して いま す。

  4月 

日、 市が 建設 する 農産 物 13 加工 施設 の安 全祈 願祭 が施 工業 者 主催 によ り行 われ まし た。 市で は 平成 

年4 月か らこ の施 設を 計画 16 し、 先進 地の 視察 や検 討を 重ね た 結果

、こ の度 施設 の建 設に 至っ た もの です

。   イン ター 流通 団地 の一 角に ある 敷地 は、 広さ が約 17 00

㎡ で

、 施設 の建 築面 積は 約5 60

㎡。 ま た、 総工 費は 約8 70 万0 円を 見 込ん でお り、 6月 末の 完成 予定 と なっ てい ます

。こ の施 設で は豆 腐 や味 噌な ど農 産物 の加 工を する 予 定で

、市 の農 業振 興に つな がる 新 しい 中核 施設 とし て期 待さ れま す。

農 産

物 加

工 施

設 安

全 祈

願 祭

東部湯の丸インターから程近い場所に施設は建設される

(10)

道の 沿線 2キ ロメ ート ルに 渡 り植 樹し てい る映 像が 映り 力 強く 感じ まし た。 三方 ヶ峰 や 烏帽 子岳 を背 景に した 準高 原 のあ の地 域を 始め

、東 部地 区 全般 にく るみ 林が たく さん あ り当 地の 名物 とし て収 量と と もに 名声 を博 して いた 当時 が よみ がえ れば と期 待し

、エ ー ルを 送り なが ら見 てい まし た。   実は 私も

、鳥 が運 んだ のか

、 畑の 隅に 自生 した 2本 のく る み苗 を、 2、 3年 大事 に育 て、 8年 前に 別の 畑に 移植 しま し た。 それ を見 た人 に﹁ あん た、 その くる みが 実る まで 生き て いる かや

﹂と 冷や かさ れま し た。

﹁俺 ダ メ な ら誰 か が取 る だろ う﹂ と反 論し まし た。 と こ ろ が 何 と、 一 昨 年  個 程 15 実っ たの です

。昨 年は さら に   個程 も収 穫で きま した

。く 50 るみ の木 も、 冷や かさ れ本 気 にな った ので しょ うか

。と も かく 大喜 びし まし た。 ちな み にあ の街 道は

、実 中校 の頃

、 米や 野菜 を背 負っ て奈 良原 の 修道 場へ 二泊 で参 場し た  70年 前の 懐か しい

、思 い出 深い 道 路で す。 出場 の皆 さん のお か げで 思い がけ ない 追憶 に浸 る こと がで きま した

。            

︵竹 内多 聞︶

自分 を恥 じ、 御 無 沙 汰 を詫 び

た。 うれ しい こと に少 しの 老 いも 見え ず全 然変 わっ てい な かっ た。   それ にし ても 咄 嗟 の場 合の

この 礼儀 作法 に驚 いた

。教 え られ たこ とで はな い。 極め て 自然 のこ と。 私は 本当 の淑 女 を 見た

﹁遊 び に 来て ね﹂ など と再 会を 約束 して 別れ たが

、 私の 胸に 清ら かな 風の 吹き 抜 ける 一瞬 だっ た。   今ど きは 屋外 で会 って も、 帽子 やマ フラ ーを 取っ てお 辞 儀す る人 を見 かけ なく なっ た。 玄関 に訪 れて も、 エプ ロン をは ずし て 挨 拶 す る人 も見 受け な

くな った

。老 人は 寒さ から 身 を守 り、 若者 は教 えら れて い ない から 知ら ない

。あ るい は合 理的 な考 えか らそ れを しな い。   けれ ども 美し い礼 節に 接し 私に 取っ ては 一刻 千金 のた ま ゆら だっ た。 

  

︵匿 名女

︶  

3月 

日、 テレ ビイ ブニ ン 27 グ信 州で

、東 御市 出場 区の 出 場活 性化 委員 会で

、旧 東部 町 の名 産で あっ た﹁ かし ぐる み﹂ を復 活さ せよ うと

、大 人の 身 丈程 のく るみ の苗 木を 地区 街

本 当

の 淑

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﹁ ﹁

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喜 喜

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・ 怒 怒 怒 怒 怒 怒 怒 怒 怒 怒 怒

怒 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

・ ・

・ 哀 哀 哀 哀 哀 哀 哀 哀 哀 哀 哀

哀 哀

哀 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

・ ・

・ 怒

・ 哀

・ 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽 楽

﹂ ﹂

﹂ ﹂

楽 ﹂

  スー パー へ買 い物 に行 った 時だ った

。ふ と、 知人 の姿 が 見え る。 もう

、  年ぶ りか と 20 思う

。相 手も 私を 見た

。そ の 人 は 急 い で、 押 し て い た ショ ッピ ング カー トを 所定 の 位置 にも どし て威 儀を 正し て 私の 前に 立っ た。 なつ かし さ のあ ふれ る笑 みを たた えな が ら、 最敬 礼に も近 いお 辞儀 を し一 別以 来の 話を した

。勤 め てい たこ ろ、 私を 折に ふれ

、 支え 導き

、陰 にな り日 向に な り助 けて くだ さっ た恩 人で あ る。 私こ そ最 敬礼 をし なく て はな らな いの にと 恩知 らず の

思 い

出 の

  2月 

日∼ 3月 5日

、S O 26

︵ス ペシ ャル オリ ンピ ック ス︶ 冬期 世界 大会

・長 野が 県内 で 行 わ れま し た。  東 御市 の ホ スト タウ ンプ ログ ラム では

、 香港 選手 団の 皆さ ん  人を お 45 迎え し、 さま ざま な交 流が 行 われ まし た。   手話 ダン スサ ーク ル﹁ サン フラ ワー ズ﹂ は、 2月 

日に 23 中央 公民 館で 行わ れた 交流 会 にお いて 手話 ダン スを 披露

。   また

、手 作り のふ くろ うと ティ ッシ ュ入 れを プレ ゼン ト し、 選手 団の 皆さ んは さっ そ く服 につ けた り、 携帯 電話 に つけ たり と大 好評 でし た。   その 後、 3名 の選 手か らお 礼の メッ セー ジが 届き まし た ので 紹介 しま す。

(11)

誕生日おめでとう! (5 月生まれ)

市 川 聡 美

ちゃん(加沢)

いち かわ さと み

(1歳、H16.5.7生) いたずらが大好きな聡 美。お父さん、お母さ んの目を見ながらやり た い 放 題 で す。で も

「許してね!」という 笑顔に負けてしまいま す。笑顔でのびのびと、 そして優しい女の子に 育ってね。

  身の 回り にあ る人 権問 題で

、 現在

、最 も関 心が 高い もの は、 いじ め・ 虐待 に関 わる こと です が、 東御 市が 昨年 

月に 実施 し 12 た﹁ 人権 と暮 らし につ いて の意 識調 査﹂ でも 同じ よう な結 果に なっ てい ます

。新 聞や テレ ビな どで 頻繁 に報 道さ れる ので 関心 が高 くな るの は当 然の こと です が、 特に 我が 子に 対す る虐 待の 中身 があ まり にも 冷酷

・悲 惨で ある こと が余 計に 印象 を強 くし てい るよ うに 思い ます

。   とこ ろで

、我 が子 を守 る立 場 にあ る親 が虐 待に 手を 染め る原 因や 背景 につ いて は、 まだ まだ 解明 され てい ない のが 実情 のよ うで す。 目当 てや 見通 しを 持て ずに 育っ た者 同士 の、 あや ふや な婚 姻関 係や

、虐 待が 虐待 を生 む世 代間 連鎖 が原 因に なる こと は容 易に 理解 でき ます が、 それ だけ では ない よう に思 われ ます

。   穏や かな 生き 方や 誠実 な生 き 方が 隅に 追い やら れ、 違法 ぎり ぎり の経 済活 動が 時と して 闊 歩

し、 競争 原理 や物 の支 配に 押し つぶ され そう な世 の中 では

、人

藤 澤

ふじ さわ

遼 大

りょう

くん(島川原)

(1歳、H16.5.24生)  かわいい仕草で周り のみんなをたちまち笑 顔にしちゃう芸達者な 遼大です。いつもニコ ニコ、遼ちゃんの笑顔 にパパもママもたくさ ん幸せもらってるよ。 あっという間にもう1 才。これからの成長が とても楽しみです。

間本 来の 優し さや 温か さが 大分 なく なっ てき てい るよ うに 感じ られ ます

。独 断的 かも しれ ませ んが

、虐 待の 要因 には その よう な現 代社 会が 抱え てい る殺 伐と した 状況 など も大 きく 影響 して いる よう に思 いま す。 当事 者の 非を 責め るだ けで

、事 の本 質を 理解 しよ うと しな かっ たら

、全 くの 他人 事に なっ てし まう 心配 があ りま す。 いじ め・ 虐待 に限 らず 人権 問題 の全 体像 を事 実に 即し て心 底理 解す るに は広 く深 く学 ぶこ とが 不可 欠で す。 昨年 度、 人権 啓発 学習 会の 柱に 据え たハ ンセ ン病 につ いて

、信 濃毎 日新 聞が

﹁柊 の垣 根﹂ と題 して   数回 にわ たり 連載 しま した が、 50 それ を読 むだ けで も視 野を 広げ るこ とが でき まし た。 人権 問題 の改 善・ 解決 には 私た ち一 人一 人が

、こ れで よし と慢 心せ ずに どこ まで も 真 摯 に 学ぶ 姿勢 が必

要だ と思 いま す。

︵4 月か ら人 権同 和教 育指 導員 は 交 替 し ま し た。 詳 し く は 6 ペー ジを ご覧 くだ さい

風 花

ふう ちゃん(本海野)

(1歳、H16.5.31生)  ちっちゃな体で一生 懸命、怒ったり泣いた り笑ったり。パパママ 大好き、とっても甘え ん坊なふうちゃん。パ パもママもそんなふう ちゃんが大好きだよ。 お花のように、みんな に愛される人になって ね。















 



 

 







 



 

 





☆募集します!!☆

(対象者6月生まれの3歳まで)

 お子さんの写真に住所、氏名、保護者の氏名、 電話番号、コメント(80文字程度)を添えて企画 課広報担当宛までお送りください。対象は3歳ま で。締め切りは5月11日(水)必着でお願いします。 応募多数の場合は抽選とします。

(12)

  西部 保育 園は

、東 御市 の保 育 園で はも っと も西 にあ り、 南向 きで 日当 たり が良 く、 園舎 や園 庭が ゆっ たり とし てい る保 育園 です

。近 くに は、 神社 や公 園な どの 遊び 場が あり

、子 ども たち が生 活す るに は、 安全 でと ても 楽し いと ころ です

。   毎朝 体操 をし て生 活リ ズム を 整え

、思 い切 り遊 ぶこ とで 子ど もた ちの 意欲 とや る気 を引 き出 し、 一人 一人 の個 性と その 人ら しさ を大 切に する よう に心 掛け てい ます

。   あい さつ をす るこ とか ら友 達 づく りが 始ま り、 異年 齢グ ルー プ︵ 3∼ 5才

︶を つく って リト ミッ ク︵ 音楽 に合 わせ て体 を動 かす こと

︶や 散歩 をし ます

。ま

た、 毎週 仲良 し給 食を 行う こと で横 のつ なが りだ けで なく

、年 齢や クラ スの 枠を 越え た縦 のつ なが りも 大切 にし てい ます

。   園の 畑で は、 じゃ がい もや さ つま いも

、ミ ニト マト など を栽 培し て土 に親 しみ

、食 べ物 や食 べる こと への 感謝 の心 を育 んで いま す。   また 地域 の老 人会 の皆 さん と 菊づ くり をし たり

、東 部高 校の 皆さ んと 一緒 に遊 んだ りす るこ とで

、思 いや りの 心な どを 育ん でい ます

。   保護 者の 皆さ んと 心を 通い 合 わせ

、園 児、 職員 が明 るく 元気 に、 そし て仲 良く 生活 して いる 西部 保育 園へ 皆さ んぜ ひお 出か けく ださ い。 お待 ちし てい ます

。  

私が 通っ てい る和 小学 校で は、 とて も珍 しい

﹁す もう 大会

﹂と いう 行事 があ りま す。 その 行事 は、 桜の 木に 囲ま れた 土俵 でク ラス 代表 の児 童が

、男 女別 に同 学年 のほ かの クラ ス代 表と 戦い ます

。   見て いる 人た ちも 大き な声 で

応援 をし てく れま す。 桜の 木も さわ さわ と音 をた てて 応援 して くれ ます

。そ んな 仲間 や桜 の木 に囲 まれ て幸 せな 学校

、そ れが 私た ちの 和小 です

。  

私た ちの 小学 校の シン ボル は、 春に 満開 にな る桜 です

。桃 色に そま った 玄関 がお 客様 を迎 えて くれ ます

。校 庭も 桜で いっ ぱい です

。私 たち はそ の桜 の下 で、 給食 を食 べま す。 シン ボル は、 この ほか に三 つあ りま す。   一つ 目は 樹木 園で す。 今、 中 学3 年生 にな って いる 6竹 卒業 生が

﹁ワ クワ ク広 場﹂ を作 って くれ まし た。 竪穴 式住 居も あり 略で

、青 少年 赤十 字の こと です

。 この

RJ にC は﹁ 自ら 気づ き、 考え

、実 行す る﹂ とい うJ RC の精 神が あり

、各 委員 会で その 精神 に基 づい た活 動を 行っ てい ます

。そ の例 とし ては

、グ ラウ ンド の草 むし りが あり ます

。こ れは

、J RC の精 神に 基づ き、 やる 気の ある 人だ け集 まる よう にし て、 さら に草 を取 る範 囲も 決め ずに 行っ た活 動で した

。   また もう 一つ の意 見箱 とい う のは

、日 頃の 学校 生活 で﹁ これ はど うい うこ とな のか

﹂と いう 疑問 や﹁ こん なこ とは どう だろ う﹂ とい う要 望な どを 意見 用紙 に書 いて もら い、 該当 の委 員会

私 が

っ て

い る

学 校

  

和小 学校 六年 竹組 

宮 尾  

瑞 季

︵寺 坂︶  

私た ちの 生徒 会で は、 生徒 一 人一 人が 自主 的に 行動 する 生徒 会活 動を して いま す。 また 私た ちは 学校 目標 の﹁ 求︱ 自ら 考え 追求 する 生徒

、健

︱進 んで 心身 を鍛 える 生徒

、正

︱正 しく 判断 でき 心豊 かで 温か な生 徒﹂ の﹁ 求・ 健・ 正﹂ を中 心に すえ 活動 を行 っ てい ます

。代 表的 なも のは

、J RC 活動 と意 見箱 の活 動で す。 RJ とC は

Junior

RedCross

︵ジ ュニ ア・ レッ ド・ クロ ス︶

の

私 た

ち の

生 徒

     北御 牧中 学校 三年 

島 川  

大 輝

︵島 川原

の 学

校 を

紹 介

し ま

  

和小 学校   六年 梅組 

高 寺     萌

︵曽 根︶

の意 見箱 に入 れて もら いま す。 そし てそ の内 容を 各委 員会 の時 間に 話し 合う とい う、 全校 一人 一人 の意 見を 生徒 会に 反映 させ る活 動で す。 昨年 度は

﹁ド ッジ ボー ル大 会を 企画 して ほし い﹂ とい う案 につ いて 話し 合っ て、 これ を実 現さ せま した

。こ のよ うに して 全校 一人 一人 の意 見を 大切 にし てい ます

。   生徒 会は

、皆 で考 え、 協力 し、 全員 で参 加す るこ とが 大事 だと 思っ てい ます

。し たが って

、こ の二 つの 活動 をフ ルに 使い

、全 生徒 会員 が一 つに なり

、最 高の 生徒 会を 築い てい こう と思 いま

す。

。と ても 気持 ちが 良く

、落 ち着 く場 所で す。   二つ 目は

、和 記念 館で す。 和 小の 西に あり ます

。古 くか らの 歴史 がこ こに 残っ てい ます

。   三つ 目は

、環 境で す。 和小 は、 緑が 多く

、私 たち の教 室か らの 景色 がき れい です

。蓼 科山 や富 士山 が見 えて

、小 雨の とき は、 とて も素 晴ら しい です

。和 小は 緑の 自然 に囲 まれ た良 いと ころ です

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