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第 2 章 分析例:人の行動と社会現象
2.1 行動の基本原理と経済学
行動の動機: 幸せ・欲望 (効用) の追求
• 経験的に見受けられる生物の性質をありのままに受け入れる
• A. Smith (1759)『自己保存と種の増殖は、自然がすべての動物の形成に当たって意図 したように思われる、大目的なのである。人類は、それらの目的についての欲望と、そ の反対物への嫌悪が与えられている。』
• それらに対する欲求は無限 行動の障害: 予算制約。資源は有限
行動原理 (経済学の人間像): 人は資源制約の下で、自らの効用を増進させるように行動する 経済学: このような人の行動の結果生じる現象を考察する
2.2 基本モデル : 消費者の効用最大化モデル
効用最大化モデル: 限られた予算内で効用を最大化する消費 (需要) 行動を考える
• 複数の財へ予算配分すると考える
• 価格が変化すると、その財や他の財への需要はどう変化するか?
• 所得が変化すると、その財や他の財への需要はどう変化するか?
消費・貯蓄行動: 現在の消費と将来の消費に分けると、複数財 (2 財) モデルを応用できる
• 貯蓄は、将来の消費のためにとっておく予算
• 利子率が上昇すると、現在の消費と貯蓄はどう変化するか?
• 高齢化 (高齢者比率の増加) の結果、社会全体の貯蓄はどう変化するか?
• 日本の貯蓄率は近年どう変化していると推測できるか?
上級ミクロ経済学:影山純二
2.3 サブサハラアフリカの貧困と高い人口成長率の説明
出所: Michele Tertilt (2005) “Polygyny, Fertility, and Savings,” Journal of Political Economy. 主題: 一夫多妻制によってサブサハラアフリカの貧困と高い人口成長率が説明
バックグラウンド
サブサハラアフリカ: サハラ砂漠以南のアフリカ。最貧国が多い この地域における夫婦制度: 一夫多妻はめずらしくない
• 例えばカメルーンでは、男性の 2 人に 1 人は複数の妻を持つ
• アラブ (イスラム) 諸国のように一部の金持ちが複数の妻を娶るという状況とは異なる 多くの男性が複数の妻を娶ることができる理由: 大きな結婚年齢差と高い人口成長率
この地域における女性の立場: 非常に低い。結婚しないと普通に生きていけない 比較: 地理的状況が似ているが一夫一妻制をとっている国々と比較すると
• 一夫多妻制の国では、女性が 5.1 年早く結婚し、女性が 2.2 人多く子供を出産し、夫婦 間の年の差は 3.6 年大きく、結婚に際して男性側が女性側にお金を渡す (一夫一妻制で は女性側が男性側に金銭を渡すことが多い)
• 経済活動を見ると、投資率や資本/生産比率は約半分、1 人当たりの生産額 (一人当た りの GDP) は半分以下
結婚相手の決定: 男性が行う。男性は自分で選び、女性の結婚相手は女性の父親が選ぶ
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上級ミクロ経済学:影山純二
着目点とモデルの構造
注目点: 女性の父親はどう意思決定 (行動、資源配分) をしているのか? 重要な仮定: 子供を育てるのにはお金がかかる。男性は年下の女性を好む
父親の意思決定における重要な点: 娘を嫁に出すと、相手の男性から金銭が送られる (一夫多妻制 のもとでは女性を配分するために、男性側が金銭を出すことになる)。そして、その金銭は父 親に渡る (息子が結婚する場合は父親は関係しない。男性は権利が制約されない)
• 子供 (娘) を多く作ると育てるのにお金がかかるものの、長い目で見ると多くの金銭を 得られる
• 金融機関にお金を預けるより子供を作った方が、金銭的に得をする 結果
父親の意思決定 (行動): 自分たちの幸せ (効用最大化) のために、できる限り多くの子供を作る
• その分、貯金は少なくなる
• 子供と貯金の間にトレードオフが存在し、自分が持つ限られた資源を子育てに配分する
• トレードオフ: 一方を追求すると他方が犠牲になるような両立しえない関係 社会・経済活動への影響
出生率が高い: 人口成長率が高い
国内の貯蓄が少ない: 投資が少ない。結果、資本蓄積が進まず経済発展しない
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上級ミクロ経済学:影山純二
まとめ
結論: 歴史的に与えられた社会的条件の下で、個々の男性が自らの利益に基づいて行動する結果、 一夫多妻制、高い人口成長率、貧困が相互に補完しあう結果となった
• 一夫多妻制だからこそ人口成長率が高い
• 高人口成長下だからこそ一夫多妻制が成立
• 一夫多妻制だからこそ低貯蓄率・貧困
• 貧困だからこそお金のなる一夫多妻制が成立
• 効用最大化によって、一夫多妻制、高い人口成長率、貧困を同時に説明 含意 これらの国々で一夫一妻制を導入できたとすると、
• 男性は 1 人しか妻を娶れないので、女性に対する競争が小さくなる。逆に女性が 1 人の 男性を独占できるため、男性に対する競争が厳しくなる
• 結婚に際して女性側が男性側に金銭を支払うようになる
• 父親から考えると子供を作ることの金銭的便益はなくなるので、子供をあまり作らない 方が良い。よって出生率が低下し、人口成長率が低下
• 老後を考えると貯蓄した方が良い。よって貯蓄率・投資が増加し、経済発展が進む
• シミュレーションの結果、出生率は 42%低下、貯蓄率が 13%から 22%へ上昇、1 人当た りの生産額が 2.7 倍になる
• あくまで一夫一妻制が導入できたら
2.4 課題
1. 需要関数が P = 100 − 10Q, 供給関数が P = 10 + 5Q で与えられていたとする。市場が均 衡する価格を求めよ。
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