■巻頭:鈴木章名誉教授ノーベル化学賞受賞研究のその後

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巻頭:鈴木章名誉教授ノーベル化学賞受賞研究のその後

触媒を使って炭素と炭素をつなぐ

鈴木・宮浦クロスカップリング反応とは

スウェーデン王立科学アカデミーは、2010年10月6日、ノーベル化学賞を鈴木章北海道

大学名誉教授に授与しました。生粋の道産子 鈴木先生の北海道初となる栄誉に大学はも

とより道民が歓喜しました。受賞理由は「有機合成分野におけるパラジウム触媒を使った クロスカップリング反応」に対する貢献です。クロスカップリング反応は異なる有機化合 物中の炭素と炭素を狙った位置でつなぐため現在の有機合成化学にはなくてはならない反 応です。有機合成とは石油等から得られる比較的簡単な有機物から複雑な有機物を作り出 す技術です。化学者は天然の化学に基づきそれを発展させることにより機能分子に必要な 炭素骨格をつくりだしました。これにより新しい医薬品やプラスチックのような革新的な

材料を生み出してきました。現在、身の周りにある有機物は2000万種とも言われ、望みの

有機物をつくるためには、基本骨格を形成する炭素と炭素を思うように結合し、好みの骨 格をつくることが重要となります。

有機ホウ素化合物を使用した「鈴木・宮浦クロスカップリング反応」は、1979年に鈴木

章北大名誉教授、宮浦憲夫特任教授により北海道大学工学部応用化学科(現工学部応用理 工系学科応用化学コース)で発見・報告されました。工学部合成化学工学科助教授であっ た鈴木先生(当時33歳)は63‐65年にアメリ

カ・パデュー大学のハーバート・ブラウン教

授のもとでホウ素化学について学ばれ、65年

に北大に戻ってから有機ホウ素化合物を使っ た新しい有機合成反応の研究に取り組み始め ます。しかし当時、ホウ素化合物は安定で取 り扱い易い反面、化学的には不活性で有機合

成反応には使いにくいとされていました。73

年に工学部応用化学科の教授になると、70年

代後半からクロスカップリングの研究を開始 しますが、失敗の連続だったそうです。もし 反応に使うことができれば優れた合成反応に なると信じて研究を続けました。反応を起こ させるためにはどうすればいいのか、およそ 3年間の試行錯誤の末、塩基水溶液中で反応 するというブレイクスルーを達成します。鈴 木・宮浦カップリング反応は、従来のクロス

カップリング反応で使われるマグネシウム、 写真1 鈴木研究室出身者とともに

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亜鉛、スズといった金属化合物では困難とされた空気中、水中での反応を可能にしました。 これは反応性に乏しい非金属元素であるホウ素を利用したこと、反応の副産物が無害で除 去が容易であったためです。熟練した技術者しかできなかった有機合成が誰もが容易に使 えるようになりました。クロスカップリングについて他の研究者は北の大地で熟成された ワインのようだと言います。ゆったりと時が流れ、自分が信じた研究に没頭できる北海道 大学だからこそ成し得た成果だと言われます。

鈴木・宮浦クロスカップリング反応の展開

鈴木・宮浦クロスカップリング反応は、信頼性が高く工業的有機合成に適していること

から医薬品、農薬、液晶、有機EL材料、有機太陽電池開発の探索研究で幅広く利用され

ています。サルタン系血圧降下薬の製造、野菜の殺菌剤の製造、また液晶材料の製造など の工業的製造法として実用化されています。その後、宮浦先生はクロスカップリングの研

究により培った有機ホウ素化合物の触媒反応の研究を発展させ、1997年にロジウム触媒を

用いる有機ボロン酸の付加反応を報告します。非金属元素であるホウ素を使うことにより 酸素や水を嫌わない、官能基の保護を必要としないなど有機金属試薬が抱えるリスクを大 幅に軽減した反応開発に成功しています。この反応は、医薬品の探索や製造に必要なキラ ル化合物の合成に優れていることから、現在まで、関連する研究が国内外で急速に展開さ れました。今では様々な触媒を用いて高い純度で目的の化合物を合成できるようになって います。この反応は、医薬品製造分野での利用が多く既に工業的に利用されています。キ ラル合成技術が現代の精密有機合成に欠くことができない反応だからといえます。

宮浦ホウ素化反応の開発

この様に安定で使いにくい とされた有機ホウ素化合物が 上手く有機合成に使えるよう になると、その使い勝手の良 さにより有機化合物の製造に 頻繁に使われるようになりま す。するといろいろなホウ素 化合物が必要となり従来の合 成法では合成できないホウ素 化合物が必要となります。そ

こで宮浦先生は触媒反応を利用して有機ホウ素化合物を合成する方法を開発しました。パ

ラジウム触媒(1995年)やイリジウム触媒(2002年)を使ったホウ素化合物の製造方法に

より、多くの有機ホウ素化合物が市販されるようになりました。有機ホウ素化合物の種類 が増えると、クロスカップリング反応や付加反応により医薬品、エレクトロニクス材料の 開発研究に益々利用されるようになり、有機ホウ素化合物を使った触媒的有機合成は、現 代の有機合成化学において最も重要な合成反応となりました。

図1 有機ホウ素化合物の合成と有機ホウ素化合物を使った触媒反応

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今もクロスカップリング反応の研究は行っていますか?

完成したように思われる鈴木カップリング

反応にもまだまだ解決しなければならない課 題があります。現在、市販される有機ホウ素 化合物は、1000種以上になりますが、2000 万種を超える有機化合物を自在に作るために は、まだまだ不足しています。そのため、さ らに使い易い反応とするため次世代のクロス カップリング反応が世界中で研究されていま

す。「鈴木カップリング」をキーワードに論文

検索をしてみると、その報告は2000年以降急

増し、最近では年間1000報を超える報告があ

ります。安定で扱い易い有機ホウ素化合物で すが、中には、不安定で有機合成反応に使う ことができない物もあります。医薬品やエレ クトロニクス材料に欠くことのできないピリ ジン誘導体もその一つです。私はこれまで塩

基水溶液中で使用することを特徴としてきたホウ素化合物を、無水溶媒中で反応できる活 性なホウ素試薬「トリオールボレート塩」として開発しました。これによりこれまで有機 合成に利用できなかった化合物が使えるようになりました。新しい有機化合物をデザイン するとこれまでにない新たな物質をつくることができます。この様に自在に炭素と炭素を つなぐ技術へと発展させています。

他には何を研究しているのですか?

右手の手のひらを鏡に向けその像を左手の手 のひらと比べると同じです。つまり右手と左手は 互いに鏡像の関係にあります。多くの有機分子も この両手のように互いに鏡像関係にある二つの形 で存在します。このような分子はキラル分子と呼

ばれ、おのおのの異性体を鏡像異性体と呼びます。

炭素原子は正四面体の頂点の方向に結合を作りま す、置換基がすべて異なるときその空間的配置に よって鏡像異性体が生じます。グルタミン酸もキ ラル分子です、片方はうま味がありますがもう片 方にはうま味がありません。このように鏡像異性 体は生体反応において互いに異なる挙動を示しま す。また、材料においても大きな性質の違いを示 します。そのため一方の鏡像異性体だけを効率よ

図2 鈴木カップリングの論文検索(2012.7.5)

図3 トリオールボレート塩の X 線構造解析結果

図4 キラル分子

図5 グルタミン酸の構造

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く創り出す合成法の開発が重要になります。 私は触媒で炭素と炭素をつなぐときに目的の キラル体だけをつくる触媒(キラル触媒)を 開発しています。キラル触媒は有機化合物が もう一つの化合物の炭素原子とつながる方向

を、ただ一つに限定する役割を持っています。

片方の側からしか結合しない仕組みを見つけ ています。

どんな実験をしていますか?

パラジウム、ロジウム、ルテニウムなどの金属触媒を使って炭素と炭素をつなぐことに よりキラル分子を合成する新しい有機合成反応を開発しています。合成されたキラル分子 の純度を調べ、目的のキラル体のみができるようにキラル触媒の開発をしています。触媒

の構造をX線により解析し、コンピューターシュミレーションにより結果を予測します。

目的のキラル体だけをつくることができるようになれば、医農薬品や新素材の開発は大き く進歩します。この様に開発したキラル触媒を使って炭素と炭素をつなげて有用な有機化 合物を無駄なく効率よく合成することが目標です。

大学院工学研究院フロンティア化学教育研究センター

大学院総合化学院 特任准教授

(工学部応用理工系学科応用化学コース)

出身高校 : 北海道札幌西高校

最終学歴 : 北海道大学大学院工学研究科

専門分野 : 有機合成化学

HP アドレス : http://www.eng.hokudai.ac.jp/fcc/index.html 山本

やまもと

靖 典

やすのり

図6 キラル触媒「二座ホスホロアミダイト」

図7 キラル触媒の X 線構造解析結果

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