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11頁/いきいきライフさやま~REPORTER'SEYE 広報さやま 2000年1月10日号 狭山市公式ウェブサイト

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(1)

狭山の歴史に触れてみませんか

民俗文化広報担当が

皆 さ んを ご案内 し ます

いつもは何気なく通り過ぎてしまう、道端のお地蔵さ んや道標にも、狭山の歴史が刻まれているんですね。

11

●問い合わせ

民俗文化広報担当へ内線7163

ホームページアドレス

http://www.c ity.s ayama.s aitama.jp/ his tory/his tory.htm

狭山の地名の由来などとても分かりやす く説明してくれました。

【リポーター】

奥冨孝子さん(東三ツ木在住)

リポーターズアイでは、行政のしく みや話題性のあることがら、市内の いろいろな施設などを、市民のかた がリポートします。

私 た ち の ふ る さ と

狭 山 を も っ と 知 っ て み ま せ ん か

皆さんは、今、私たちが暮らして

いる狭山について﹁昔はどんな所だ

ったのかな?どんな人が、どんな

生活を送っていたのかな?﹂などと

考えたことはありませんか。今回は、

そんな疑問に何でも答えてくれる強

い味方、民俗文化広報担当・高橋副

参事に話を伺いました。

民俗文化広報担当は、太古の昔か

ら現在に至る狭山の歩みや、先人が

残してくれた文化遺産に触れること

で、市民にもっと狭山を知ってもら

い、より身近に感じてもらうことを

目的に、昨年4月に設置されました。

主に社会教育の分野と連携して、博

物館や公民館で開催される歴史講座 や古文書読解講座、歴史散策などの

講師として皆さんに説明をするほか、

グループや団体から要望があれば、

皆さんの所に出向いて、狭山の歴史

に関することを系統立てて、時には

その時代の日本史の流れと比較しな

がら、ふるさと狭山の歩んだ歴史を

分かりやすく話してくれます。

私が今住んでいる、東三ツ木とい

う地名の由来を尋ねたところ﹁現在

の入間市に﹃三ツ木村﹄という所があ

り、そこに住んでいた人が南北朝時

代に移住したのが狭山の三ツ木です。

江戸時代までは両村とも﹃三ツ木村﹄

と称していましたが、明治時代に郵

便制度ができると、これでは間違え

やすいというので、入間市分を﹃西

三ツ木﹄、狭山市分を﹃東三ツ木﹄と

言うようになったんですよ。﹂また、

私の奥冨という名字も﹁昔、奥州か

ら来た人たちが、この地にとどまり

﹃奥留﹄と名乗ったと言われていま

す。その後、繁栄を願って﹃留﹄と いう字が﹃富﹄になったんです。﹂と、

高橋さん。そして﹁皆さんが、ふる

さと狭山を見つめ直すための一助に

なれば、そして、それが今後の地域

づくりや人づくりに役立てれば、と

の思いで頑張っています。﹂とも話し

てくれました。また、狭山市のホー

ムページの中には﹁さやまの歴史を

たずねて﹂というコーナーがあり、

そこでは市内の文化財も紹介してい

ます。現在、﹁さやまの石仏﹂も作成

中とのことです。皆さんも一度ごら

んになってみてはいかがでしょうか。

このように、市ではいろいろな方

法で皆さんに、﹁ふるさと狭山﹂をお

知らせしたいと取り組んでいます。

狭山の歴史で﹁こんな話が聞いてみ

たいな。﹂と思ったら気軽に問い合わ

せてみてください。ためになるのは

もちろん、きっと面白い話が聞けま

すよ。

平成12年1月10日号

広報さやま 平成12年1月10日号

広報さやま

参照