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帝国書院 | 高校の先生のページ 高等学校 世界史のしおり 2008年 1月号

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− 14 − − 15 − はじめに

 大阪大学では、2005年10月より、月例会形式で 大学教員・院生・高校教員はじめ歴史教育関係者 が集まり、幅広いテーマについて報告・討論をお こなう「大阪大学歴史教育研究会」(代表・桃木 至 朗 大 阪 大 学 教 授。http://www.geocities.jp/ rekikyo/)を継続してきた。ここでは、会発足当 初から院生としてほぼ毎回参加し、途中から事務 局の一員として運営にかかわってきた筆者の視点 から、当会創立の経緯、現在までのあゆみ、狙い や取り組み内容を紹介し、会の意義や長期的な目 標などを述べてみたい。

1.創立の経緯と現在までのあゆみ

 大阪大学文学研究科では、2003年度から2006年 度にかけて文部科学省21世紀COEプロジェクト 「インターフェイスの人文学」の一環として、毎夏、

高校・予備校、教科書出版社などの歴史教育関係 者が一堂に会し、最新の研究成果をかみくだいて 紹介する講義を聞き、討論を行う全国規模の高校 歴史教育の研修会を開催するなど、高大連携の先 駆的な取り組みを続けてきた(詳細は本誌2005年 4月号、2007年1月号およびhttp://www.let.osaka-u. ac.jp/toyosi/main/seminar/index.html)。そんななか、 大阪大学教員と高校教員との間で、年1回の大会 だけではなく、月例会のようなかたちでの継続的 な活動の場が必要であるという認識が共有される ようになった。

 このような流れのなか、2005年10月、大阪大学 にて、夏の大会で協力関係を深めた大学教員と高 校教員を中心メンバーとする「歴史教育研究会」 (以下、研究会)が発足した。これは夏の大会と

は異なり、固定メンバーを中心にセミ・クローズ ド方式で継続的な議論・共同作業を進めていくこ とを目的としたものである。毎月、大阪大学文学

部内の会議室・講義室に常時30人程度(多いとき は40人超)の参加者が集まった。そのなかには高 校教員志望の、または夏の大会を通じ歴史教育に 関心をもった院生・学部生も混じっていた。  そして2006年度より、本研究会が大阪大学にお ける文部科学省「魅力ある大学院教育イニシアテ ィヴ(IAE)」の授業のひとつとして設定され、 大学院教育の一環と位置づけられることになる。 このとき、正式に日本史・東洋史・西洋史研究室 より院生各1人がRA(リサーチ・アシスタント) として事務局を構成し、大学院修士課程および博 士課程の学生が履修生として1年間通して参加す るという現在の体制が整えられた。その後、本研 究会は文学研究科の「歴史学方法論」演習として 設定され、今日に至っている。

2.狙いと取り組み

(1)研究会の狙い

 研究会の狙いは、さまざまな機会に示されてき た(たとえば代表の桃木教授が、参加メンバーに 対してはガイダンスの折に、大学関係者には COE、IAE報告書を通じ、より広くは新聞各社の インタビュー記事などを通じて発信してきた)。 具体的な目的は端的にいえば、語句や事項の暗記 でなく「像を結ぶ」、「背景がわかる」高校歴史教 育の材料の提供、そのための教科書や資料集・指 導書等の検討である。本研究会の新しさは、従来 大阪大学が取り組んできた高校歴史教員のリカレ ント教育を、研究者養成を含む大学院教育と結び つけた点にある。なぜ、いまこうした新しいかた ちの連携が必要なのか。

(2)あたらしい「かたち」の取り組み

 高校教員が、歴史の授業に新しい内容や方式を 取り入れるための学習にあてる時間は不足しがち である。したがって、年1回の単発的な取り組み だけでは、学んだことを授業に反映させることは

高大連携のあたらしいかたち

大阪大学「歴史教育研究会」の射程

(2)

− 14 − − 15 − 容易ではない。また、新しい歴史教育を実践して いくためには、現場の実情と照らし合わせながら 検討を繰り返し、状況に応じて改善を重ねる必要 がある。そのため、わが歴史教育研究会では、大 学教員・若手研究者の講義とあわせ、高校教員の 実践報告の機会を設けている。

 今年度も、第14回の「時代が見える歴史の授 業─『ジャズエイジと進化論裁判』から見る20年 代の合衆国─」、第15回の「16〜18世紀東南アジア・ 海域世界授業試案──主体的でしたたかな実像に せまる」など、「像を結ぶ」、「背景がわかる」授 業の手本をしめす報告がなされた。

 また第16回から、研究者側も専門分野に閉じこ もらず、高校歴史教科書の記述をふまえた最新の 研究動向を報告するという方向性が強く打ち出さ れた。第17回の「遣唐使廃止」と「国風文化」と が結びついた古い枠組みを克服する新たな研究動 向を紹介した「唐滅亡前後の『東アジア』の交流

と日本列島」は、その方向性を確固たるものにした。

 一方、「山川詳説世界史Bの全分野を授業で教 えて─マニュアル化という視点からの問題提起 ─」(第17回)は、全範囲を教えないことが前提 となってしまっている世界史Bの現状の問題点を 指摘し、全範囲を教える全国的「マニュアル」作 成の必要性を提言した。

 以上のような今年度の動向は、本研究会の活動 が着実に新たな段階に向けて前進していることを 実感させてくれる。驚かされたのは、日々多くの 職務に追われる高校教員が、通常の授業のなかで 工夫し、生活の身近なところから歴史上の事柄を 実感させる授業や、歴史の背景や流れを理解させ る授業の試みを実践していることである。本研究 会が掲げる目標が決して「絵に描いた餅」でない ことを実証する高校教員の努力には頭が下がる。 高校教員の勤務先の実情は様々であり、参加する 教員同士ですら現状変革の方法に対する意見を異 にする場面がみられる。だが、やはり、世界史B の用語を精選すべきこと、世界史Aの教えかたを 確立すべきこと、新しい教科書の枠組みや内容に 即した副読本・副教材が必要、など取り組むべき 緊急課題についての共通認識はかえって深まって いった。そのような共通認識をもとに、本研究会 では具体的な取り組みをはじめている。

 歴史教育研究会では、午後5時に本会が終了し た後、普段交流する場の少ない他の都道府県の高 校教員同士および大学教員・院生らが懇談する時 間を設けていたが、2007年度より、その時間を活 用して、具体的な副教材作りの試みが始められた。 3人いるRAがヘッドとなり、「日本史」、「中央ユ ーラシア史」、「グローバルヒストリー」の三つの 研究班に分かれ、それぞれの担当分野で必要な副 教材は何かを議論し、具体的な作業に着手した。 「日本史」班は、いちはやく「歴史の授業で使え

るコラム集」を発表し、先陣をきった。「中央ユ ーラシア史」班は、中央ユーラシア史と東アジア 史共通の時代区分の可能性を探り、15世紀以降の 「世界システム」を主軸とするグローバルヒスト リーと対置した、前近代ユーラシアの「異文化間 交流」を主軸とするグローバルヒストリーを描く 構想を掲げた。「グローバルヒストリー」班は、 本研究会に参加する日本史・東洋史・西洋史の院 生を対象とする「グローバルヒストリー・世界シ ステム・世界史」読書会(詳細はhttp://www. geocities.jp/rekikyo/PGseminar) を 主 催 し、 グ ローバル化への歩みを大きな柱とする現在の学習 指導要領と世界史教科書の枠組み自体を再検討す る取り組みをはじめている。ここに、院生たちに 歴史研究の最新の動向を高校教育に結びつけてわ かりやすく紹介する機会を与え、鍛錬を行わせる という、あらたな「かたち」が、具体的に現れて きた。そしてこれは、次に述べるように、広い意 味での歴史業界に大きな変革をもたらす可能性を 秘めた「かたち」なのである。

(3)歴史学をめぐる状況とその打開策

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− 16 − − 17 −  「きめ細かさと世界の大半をカバーする点で世

界一の日本の学界」でありながら、現在、日本歴 史学に対する世間の風当たりはきつい。その理由 を、桃木教授は次のように分析する。まず、学問 そのものとして従来の歴史学には扱う対象や方法 の面で限界があり、行詰まりをみせていること。 そして、それを打開しようとする新しい歴史学が 研究対象・方法を多様化させた一方で、全体を見 通すグランドセオリーは消失してしまい、研究領 域の細分化とあいまって歴史学全体が見えにくく なっていること、などである。また近年、歴史研 究に従事する者に対し、個別テーマの歴史全体と の繋がりや、社会における研究の意義が鋭く問わ れるようになってきている。そうした状況のなか で、高校歴史教育と大学院教育の連携という独自 の高大連携のかたちを体現する本研究会が担いう る役割はけっして小さくない。

3.会の存在意義と長期的目標

 じつは、会の世話人となっている大学教員の複 数が、かつて予備校などで世界史を教えた経験を もつ。その経験が現在でも、教養課程などで歴史 の大きな流れを教えるのに役立っているという。 世界史をまんべんなく教えるということは、必然 的に大きな枠組みのなかで歴史を捉える知的作業 を伴う。巨視的な歴史論を展開し、日本の学界を リードする影響力のある歴史学者が、かつてその ような場で鍛錬を積んだことも、しばしば耳にす る。ところが現在そのような鍛錬の機会は激減し ている。また、日本の歴史研究者養成のシステム には、理論や歴史観といった大きな世界を論じる 能力を育成する仕組みはなく、個人の研鑽に委ね られている。歴史分野の院生が、自身の拠って立 つ学問の根本について深く考えるきっかけとなり うる他学科のゼミでの研鑽の機会も多くはない。 この面での放任主義(緻密な実証や文献精読の鍛 錬の面では放任ではない)が実績至上主義とあい まって、自分の狭い専門以外のことをうまく語れ ない歴史専門家を生み出しているのも事実であろ う。こうしたことも現在の歴史学の立場を微妙な ものにしている一因となっている。社会における 歴史学の位置を正しく把握し、自分の研究を社会 にどう還元していくのか、プロの歴史研究者とし

てつねに問いただす姿勢を涵養することは、歴史 学全体の今後にかかわる緊急の課題である。  そうしたなかで、歴史教育研究会が独自の「他 流試合」の場を提供していることも見逃せない。 研究会では、日本史・東洋史・西洋史と専門分野 の異なる院生のほか、大学教員、高校歴史教員(自 身の研究テーマをもち、勤務の傍ら研究を行う教 員も多い)が、その日の報告内容や関連する問題 についてしばしば意見をぶつけあう。そのような 議論が会終了後の懇親会まで白熱することがしば しばある。本研究会における高校教員は、たんな る講演の聞き手、聴衆ではない。院生や若手研究 者にとってよき師であり、するどい問いかけを浴 びせる手ごわい論敵でもある。また異なる研究室 の院生が互いの専門分野の方法論について意見を ぶつけあうこともしょっちゅうある。

 そして実はこれら、一見周辺的に見えることが 非常に重要な意義をもつと考えるのである。現今 の歴史教育を取り巻くさまざまな問題を解決する ためには、もはや大学教員だけの力でも、高校教 員だけの奮闘でも対処しきれない。大学院時代に、 現場の高校教員と交流し、社会における歴史学の 存在意義、価値について熟考し、歴史研究者の仕 事と歴史教育の現場との関係を知悉し、歴史の一 般社会における受けとめられかたについて、鋭敏 な感覚を備えた研究者・教員を含む幅広い人材を 生み出し、社会に送り出していくことは、歴史に かかわる業界全体の長期的な戦略からみて、大き な利益となろう。

 くわえて、日本の歴史学はパラダイムの面で多 様化するとともに、現在、大きく変容しようとし ている。そして、そのような変容を受けて、最新 版の教科書や大学の入試問題でも、一国単位の政 治・外交・経済中心の叙述からグローバルな歴史、 「世界システム」、世界観など主観的認識の問題や

参照

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