任意の線型空間について次元を定められることの証明
The proof to provide only one dimension on an optional liner space. *1
筑波大学 生命環境学群 生物資源学類3年次 環境工学コース 流域管理研究室 山崎一磨 2012/01/21公開 2012/02/19改定
2012/01/18の流域研のゼミで山崎が発表した内容のまとめ。
ゼミの準備段階では「細かい話だよな」と思っていたが,よくよく考えるとけっこう深いし面白い。「定義 が上手く作られていること」がわかる好例である。また,基礎数学のテキストの線型代数の章では証明が省略 されている*2ので,誰かの役に立つかも知れない。
1 準備
線型空間・線型結合・線型独立の定義の確認は省略する。
しかし,基底の定義だけは確認しておきたい。
基底とは,線型空間Xの部分集合Bのうち,次の2つの条件を満たすものを指すのだった: 1. Bの線型結合によりX の任意の要素を表現できる。
2. Bは線型独立である。
◦
さて,ある線型空間に対して,基底と呼べる部分集合は無数に存在する。
たとえば,2次元平面上の幾何ベクトルを考えよう。2次元平面上の幾何ベクトルの集合は線型空間とな る*3。ここで,平行でない2本の幾何ベクトルはどんなものであっても,この線型空間の基底となる。「平行 でない2本の幾何ベクトル」なんて,無数に存在する。そんな感じ。
しかし,本当にそうか?
1本の幾何ベクトルが基底になったり,3本の幾何ベクトルが基底になったりはしないだろうか? 本当に, どの基底も「2本」の幾何ベクトルから構成されるだろうか?
……いや,まあ,どの基底も2本の幾何ベクトルで構成されるだろう。1本だと足りないし,3本だと余計
*1英文とか入れるとそれっぽくていいかなと思って,つい。
*2「線型代数 2」の章の次の部分:『基底の要素数は,それぞれの線型空間について一意的である。すなわち,ある線型空間について, 3つの要素が基底になったり,4 つの要素が基底になったりはしない(その証明は,長谷川「線型代数」P.140-142)』。このテキス トを読み進めると,「基底の要素数は,それぞれの線型空間について一意的であること」は,「任意の線型空間について次元を定め られること」に等しいとわかるだろう。ちなみに,ここでの証明は,長谷川先生の本にある証明とは違うやり方である
*3たとえば,基礎数学の「線型代数 1」の章の例 4.4。
な1本が出てきてしまうことは,なんかわかる。
では,もうちょっと一般的に考えて,「ある線型空間について任意の基底を選び出したとき,いつでも基底 の要素数は1つに定まる」と言えるだろうか? ……言えるんじゃないか? その線型空間がn次元なら,基底の 要素数は常にnだろう?
実はここに落とし穴がある。
確かに,その線型空間がn次元であるならば,基底の要素数は常にnになる。しかし,そもそも,次元とい うものは,どの基底の要素数も等しくなることが保証されて初めて定義されるのだ。
つまり,
「次元というものがあるから,どの基底の要素数も等しくなる」のではなく,
「どの基底の要素数も等しくなるから,次元というものを定めることができる」のである。
したがって,「ある線型空間について任意の基底を選び出したとき,いつでも基底の要素数は1つに定まる」 かどうかを論じるために,次元の話を先に持ち出しては反則になってしまうのだ*4。
◦
では,次元の概念を持ち出さずに,「ある線型空間について任意の基底を選び出したとき,いつでも基底の 要素数は1つに定まる」ことを証明しよう。これを証明することで「任意の線型空間について次元を定められ ること」が保証される。
2 証明
まず,なんでもいいから線型空間X を用意する。そして,前節のように基底を定義する。すると,基底と 呼べる部分集合は無数に生じる*5。この無数の基底の中から,任意の2つの基底を選び出そう。そして,それ ぞれをB1およびB2と名づける。B1の要素の数をn,B2の要素の数をn′ として,B1とB2は,次のよう に書けるとする:
B1= { e1, e2, e3,· · · , en} B2= { f1 , f2 , f3 ,· · · , fn′} 今のところ,nとn′の大小関係はわからない。
わからないが,1 : n = n′ 2 : n < n′ 3 : n > n′ この3つのうちのどれかであることは確かである。
さて,ここでの目標は,n= n′を証明することである。
*4上の幾何ベクトルの例でも,「2 次元平面上の幾何ベクトル」と最初に断っているから,基底は必ず 2 本になると言えたのだ。
*5「どんな線型空間であっても基底を選び出すことができること」は前提としておこう。
これは,無数に存在する基底の中からどのような組み合わせで2つを選び出しても要素数が等しくなること を意味する。それは結局,基底の要素数は1つに定まることを意味していて,この要素数nを「その線型空間 の次元」として定められることにつながる。
それでは,n= n′となることを証明しよう。
これは,n < n′またはn > n′を仮定すると矛盾が生じてしまうことを証明(背理法だ)することで間接的に
証明される。
n < n′またはn > n′を仮定すると,どのような矛盾が生じるのだろうか? ——現段階でB1とB2はどち らもが基底であることを前提としているが,この前提が崩れてしまうのだ。
◦
それでは,まず,n < n′の場合を見てみよう。B2の要素数の方がB1の要素数よりも多い。
B1(とB2)は基底であることが前提となっている。すなわち,基底の定義より,B1の線型結合により,X の任意の要素を表現することができる。ここで,B2の要素の1つであるf1をB1の線型結合で表してやろ う。B2⊂ Xであり,f1∈ X であるから,これはもちろん可能である:
f1= a1e1+ a2e2+ a3e3+ · · · + anen (a1, a2,· · · , anは適当な定数) f1を右辺へ,a1e1を左辺へ移項し,両辺を−a1で割る:
e1= 1 a1
f1−a2 a1
e2−a3 a1
e3− · · · − an a1
en 各係数をそれぞれ適当な定数で置きなおす(以下,bとかcとかは適当な定数):
e1= b1f1+ b2e2+ b3e3+ · · · + bnen (1) e1を{f1, e2, e3,· · · , en}の線型結合で表すことができた。
これは何を意味しているだろうか。実は,{f1, e2, e3,· · · , en}が基底となることを意味しているのだ。
◦ 本当だろうか。
これを確かめるためには,実際にこの集合{f1, e2, e3,· · · , en}が基底の定義を満たすかどうかを確認すれ ばいい。
1. この集合の線型結合で任意のXの要素を表せられるか Xの任意の要素xを,B1の線型結合で表す:
x= c1e1+ c2e2+ c3e3+ · · · + cnen 式(1)をこの式に代入すると:
x= c1(b1f1+ b2e2+ b3e3+ · · · + bnen) + c2e2+ c3e3+ · · · + cnen
= b1c1f1+ (b2c1+ c2)e2+ (b3c1+ c3)e3+ · · · + (bnc1+ cn)en
各係数を適当な定数で置きなおせば:
x= d1f1+ d2e2+ d3e3+ · · · + dnen
したがって,{f1, e2, e3,· · · , en}の線型結合でXの任意の要素を表すことができる。OK。
2. この集合は線型独立である。
B1は基底であるため,線型独立となる。すなわち,
g1e1+ g2e2+ g3e3+ · · · + gnen = 0 ならば g1= g2= g3= · · · = gn= 0
ここで式 (1) をこの式に代入してみたところで g1 が 0 であることに変わりはない。したがって, {f1, e2, e3,· · · , en}は線型独立。OK。
どうやら,この集合{f1, e2, e3,· · · , en}を基底であると考えて間違いないらしい。この基底を「元々はB1
だけど,ちょっと違う基底」という意味を込めてB1′と呼ぶことにしよう。
◦ では次にどうするか。
今度は,B2の要素の1つであるf2をB1′の線型結合で表してやろう。B1′はX の基底の1つだし,f2∈ X であるため,やっぱりこれも可能である:
f2= i1f1+ i2e2+ i3e3+ · · · + inen
上の式のf2を右辺へ,i2e2を左辺へ移項し,両辺を−i2で割る: e2= j1f1+ j2f2+ j3e3+ · · · + jnen
e2を{f1, f2, e3,· · · , en}の線型結合で表すことができた。
これは何を意味しているだろうか。
さっきと同じである。これは,{f1, f2, e3,· · · , en}が基底となることを意味している。この基底をB1′′と呼 んでやろう。
◦
次はB2の要素の1つであるf3をB1′′の線型結合で表してやるわけだが,後は同様である。
• e3とf3とを入れ替える。{f1, f2, f3, e4,· · · , en}は,やはり基底である。
• その次は,e4とf4とを入れ替える。{f1, f2, f3, f4,· · · , en}は,やはり基底である。
• その次は……
• そして,最後に,enとfnとを入れ替える。{ f1, f2, f3,· · · , fn}は,やはり基底である。ついにB1
はB2に乗っ取られてしまった。この集合をB元とでも置いてやろう。
B1はB2に乗っ取られてしまったが,しかし,B2にはまだメンバーが残っている。
そう,n < n′であると仮定したのだ,fn+1, fn+2,· · · , fn′ が残っているのである。
そして,こいつらが残ってしまうことにより,B2は基底の定義を満たさなくなってしまうのだ!!
◦ それを確かめよう。
まだ「B2は基底である」という前提は消えていないため,B2の線型結合が0となるとき,線型結合の各係 数は必ず0にならなければならない——つまり,線型独立を満たさねばならない。
ここで,B2の線型結合を考えてみよう:
k1f1+ k2f2+ k3f3+ · · · + knfn+ kn+1fn+1+ kn+2fn+2+ · · · + kn′fn′
この中の一部分をFと置く。余ったやつらだけからなる線型結合である: F= kn+1fn+1+ kn+2fn+2+ · · · + kn′fn′
こ こ で ,F も ま た 線 型 空 間 X の 要 素 の 1 つ に な る こ と に 注 意 し よ う(∵ kn+1, kn+2,· · · , kn′ ∈
K ; fn+1, fn+2,· · · , fn′ ∈ X)。そして,B元= {f1, f2, f3,· · · , fn}は基底であるため,B2の線型結合のうち, 残った部分,
k1f1+ k2f2+ k3f3+ · · · + knfn
は,Xの任意の要素を表現することができる。つまり,Fを表現することもできる。さらに言えば,−Fを表 現することだってできる!!
そうなると,係数を適当に調整してF− F = 0の格好にしてやることで,すべての係数が0でなくとも, B2の線型結合を0にしてやることが可能である。つまり,n < n′と仮定すると,B2は線型独立でなくなっ てしまうのだ! それはすなわち,「B2は基底である」という前提が崩れてしまったことを意味する。したがっ て,n < n′はあり得ない!
◦ それでは,続いて,n > n′の場合である……
……と考えて行こうとすると,これって結局,今までの話と同じであることに気づく。単にB1とB2の立 ち位置が変わっただけである。ということは,結局のところ,n > n′もあり得ないのだ!
◦
以上より,n < n′およびn > n′はどちらもあり得ないことが証明された。 したがって,n= n′となるよりほかはない。証明終了!!
3 まとめ
さて,話をまとめてみよう。
なんでもいいから線型空間を1つ定める。続いて,基底を上のように定義する。基底は無数に存在すること がわかる。しかし,この無数に存在する基底の要素数は,どの基底でもすべて同じであることが証明された。 これにより,次元というものを定義することができ,線型空間X について次元が一意的に定まることが保障 されるのだ。
準備の項で述べたように,「次元というものがあるから,どの基底の要素数も等しくなる」のではなく,「ど の基底の要素数も等しくなるから,次元というものを定めることができる」のである。
この証明を行なう過程で用いたのは基底の定義だけである*6。そう,この証明が上手くいき,そして次元を 一意的に決めることができるのは,基底の定義をあのように定めるからなのだ。定義の時点で勝負がついてし まっているのだ。定義というものは,上手く作られているのである。
<参考文献 平岡 和幸・堀 玄,プログラミングのための線形代数,オーム社,第1版,p327-328 >
以上
*6いや,線型空間・線型結合・線型独立の定義も使ったけども。