第 3 回
カルテルの実現可能性と規制
本日の内容
• カルテルが実現しやすい市場環境
– 競争相手の少なさ – 参入の困難さ
– カルテル破りの発見の容易さ
• 景気変動とカルテル・協調
• 順循環モデル
• 逆循環モデル
– 取引の頻度
• カルテルに対する規制
– 不当な取引制限の禁止 – 排除措置命令と課徴金 – 官製談合防止法
– 独占禁止法違反事件の処理手続 – カルテルについての実証分析
競争相手の数
• 市場内の企業数が少ないほど、合意が形成
しやすく、 1 社あたりの利益も大きくなる
• また、カルテル破りを行なっている企業の発
見も用意になる
• Hay and Kelley (1974):1963年から72年の10年
間でアメリカで摘発された 62 件のカルテルの
内、 49 件が企業数 10 社以下
参入の困難さ
• 参入が困難であれば、同一プレイヤーによる無限回繰り返しゲー
ムの状況に近くなり、カルテル維持が容易になる
• 日本で入札談合のカルテルが多い原因の一つは、公共工事に入
札資格が設けられ、参入が困難なケースが多いこと
– 地方公共団体の発注する公共工事は、原則として入札への参加が
自由な一般競争入札が採用される
– しかし、様々な入札要件を課すことで、実質的な参加者が限定される 場合がある
• 業者を規模に応じてランク付けし、工事規模に応じて入札可能なランクを制 限するランク制
• 本社・営業所が特定地域内に存在しなければ入札に参加できない地域要件
• 過去に同種の工事を行った経験のある業者でなければ入札に参加できない 実績要件
– また、小規模な公共工事では発注者が入札参加者を指名する指名
競争入札が行われることが多い
カルテル破りの発見の容易さ
• カルテル破りが発見できなければ、報復が行え
ないため、カルテルの維持が困難になる
– 需要の変動が大きい市場では、価格の低下がカルテ
ル破りによるものか、需要の減少によるものか、判別
が困難であり、カルテルの維持が困難
– Hay and Kelley (1974) では、参加企業数が25社以上
のカルテルの総てにおいて、事業者団体が関与して
いることを指摘している
– 顧客から自店舗よりも安い店舗の存在を指摘されれ
ば、さらなる値引きを行う最優遇条項も、他企業の販
売価格を把握することを容易にするため、カルテル
の実現・維持を容易にする仕組みとなる
景気変動とカルテル・協調
• トリガー戦略によってカルテルあるいは暗黙
の協調の維持が図られているとき、景気変動
による需要や利潤の変動が与える影響につ
いては、代表的な 2 つの理論がある
– Green and Porter (1984) の順循環モデル
– Rotemberg and Saloner (1986) の逆循環モデル
Green and Porter モデル
• 各企業は他社の価格は観察できるが、他社の
生産量は観察できないとする
• この時、他社が低価格をつけていたとしても、そ
れがカルテルからの逸脱によるものなのか、あ
るいは需要の減少に対応したものなのか判別で
きない
• カルテルからの逸脱であれば報復的価格付けを
発動すべきだが、需要の減少であればやむを得
ないため(本来)報復すべきではない
• この時、どのような戦略と均衡が考えられるか?
Green and Porter モデル
• トリガー戦略を修正し、報復期間が永久ではなく、 τ
期後に解除されるものを考える
– 前期の価格が引き金価格よりも高ければカルテル価格を
続ける
– 前期に報復価格をつけているが、報復開始が τ 期前であ
れば、カルテル価格に戻す
– それ以外の時は報復価格をつける
• このトリガー戦略はナッシュ均衡になる
• 従って、この修正トリガー戦略のもとで、生産量が観
察できず、需要の変動による価格の変化と識別できな
い場合でもカルテルが持続可能となる
Green and Porter モデル
• 需要の変化による価格の低下に対する報復価格は本
来「無駄」である
– しかし、報復措置を行わなければ需要の変化のふりをして
逸脱するインセンティブが発生してしまうため、カルテルが維
持できない
• 現実の世界に当てはめて考えると
– 不況期においては需要が減少しやすく、低価格になりやすい
– 従って、不況期ほど報復価格付けが行われて低価格になり
やすい
– 好況期は需要が増加するため価格が維持されやすい
– 従って、Green and Porterモデルのもとでは価格や利益率の
動きと景気変動が一致する傾向にある(順循環モデル)
Rotemberg and Saloner モデル
• 報復行動が即時的に行われ、利潤ゼロに
まで価格を下げるとする
• カルテルを逸脱するインセンティブがある
のは「カルテル逸脱利益>報復による損失
」の場合である
• 従って、カルテル逸脱を防止するためには
カルテル逸脱利益を下げる必要がある
Rotemberg and Saloner モデル
• 好況期においては需要が高いため、逸脱のイ
ンセンティブが高くなってしまう
– この時、通常の結合利潤最大化の数量割り当てで
は逸脱のインセンティブが高い
– カルテルで決定した生産量を、結合利潤最大化数
量よりも意図的に多くすると、利潤は減るが、逸脱
のインセンティブも減少することになる
– つまり、好況期にはカルテル自ら利潤を下げるこ
とで、カルテル逸脱のメリットを減らし、カルテルの
維持を図ることができる
• よって、好況期ほど価格や利益率が低くなると
いう傾向になる(逆循環的)
どちらのモデルが現実的か?
• Domowitz et al. (1986) による実証
– 1958年から1981年の製造業のデータを利用して、価格費用マージンと景 気指標の関係を分析
– 少ない企業が高い市場占有率を持っている(市場の集中度が高い)ほど、 カルテルが行い易く、価格費用マージンは高くなるはずである
– 仮に順循環的であれば、不況期には(カルテルの維持が難しいため)市場 の集中度が価格費用マージンに影響しなくなり、逆循環的であれば好況期 に市場の集中度が価格費用マージンに影響しなくなるはずである
– 推定の結果、売上高の増加率が高い年、あるいは失業率が低い年ほど市 場の集中度が価格費用マージンに影響を持つことが示された
– 売上高の増加率が高い年や、失業率が低い年は好況期であると考えられ るため、不況期ほど市場の集中度が価格費用マージンに影響しなくなると いう、Green and Porterモデルに整合的な結果となっている
• Odagiri and Yamashita (1987)による実証
– 同様のアイデアで日本の製造業について分析 – 景気拡張期ほど、マークアップ率が高い
– やはり、Green and Porterモデルと整合的である
取引の頻度
• 取引が稀にしか行われなければ、カルテルを
結ぶことの長期的な利潤が小さくなる
不当な取引制限の禁止
• 日本においては、カルテルは独占禁止法の
第 3 条によって不当な取引制限として禁止さ
れており、公正取引委員会がカルテルに対す
る取り締まりを行なっている
• 「他の事業者と共同」して行う行為、すなわち
共同行為である
• 独占禁止法は要件として「公共の利益に反す
る」こともあげている
不当な取引制限の禁止
• 暗黙の協調やプライス・リーダーシップ(価格
先導)がある場合、カルテルと同一の効果を
上げられる場合がある
• しかし、これは自発的な価格設定と区別する
ことが外形上難しいため、違法行為とはされ
ていない
• 競争企業間での「価格の同調的引き上げ」に
ついてはその理由の報告を求め、暗黙の競
合の抑止を間接的に図っているにとどまる
排除措置命令と課徴金
• 公正取引委員会はカルテルの存在を認定し
た時に、排除措置命令を出してただちにカル
テルを止めるように命令することができる
• カルテルによって企業が得ている不当利得に
対する制裁として課徴金を課すことが定めら
れている
• カルテルの早期発見を実現するために、2005
年の独占禁止法改正によって課徴金減免制
度(リーニエンシー制度)が導入された
官製談合防止法
• 公共工事の入札談合事件では、発注者であ
る国・地方自治体・特定法人の職員自らが談
合を組織する官製談合が少なくない
• 頻発する官製談合に対する世論の批判を受
けて、 2002 年には「入札談合等関与行為の
排除および防止に関する法律」(官製談合防
止法)が成立した
独占禁止法違反事件の処理手続
• 公正取引委員会は、自らの探知によるか一般か
らの申告により調査を開始する
• 調査の結果、違反行為の存在を疑うに足る証拠
が得られないが違反につながるおそれのある行
為が見られた場合には「注意」が、勧告等の法
的措置をとるに足る証拠が得られなかったが違
反の疑いがあるときには「警告」がなされ、違反
する事実があると認められた時には、排除措置
をとるよう「勧告」される
• 勧告された相手がこの勧告を応諾した場合には
「勧告審決」が出される
独占禁止法違反事件の処理手続
• 相手方が勧告内容に不満で応諾しない場合には「審判」
が開かれる
• 公正取引委員会の審査官と相手方がそれぞれ証拠を提
出し、 5 名の委員から成る公正取引委員会が、合議により
「審決」を行う
• 審判中に被審人が審判開始決定書記載の事実および法
律の適用を認めて、公正取引委員会に対し、その後の審
判手続を経ないで審決を受ける旨を申し出て、かつ排除
措置に関する具体的計画書を提出した場合に、公正取引
委員会がこれを適当として認めた場合には、その後の審
判手続を経ずに、当該計画書記載の措置と同趣旨の判決
を「同意審決」としてすることができる
独占禁止法違反事件の処理手続
• 不当な取引制限については、カルテルなどから得られ
る不当利益を没収することによってカルテル実施への
インセンティブをなくすため、公正取引委員会が課徴
金を課すこととなっている
• これに加え、「公正取引委員会は、この法律の規定に
違反する犯罪があると思科するときは検事総長に告
発しなければならない」とされており、公正取引委員会
は悪質と判断された違反事件を告発している
• また、私的独占・不当な取引制限・不公正な取引方法
などを用いた事業者は、被害者に対し損害賠償の責
に任ずるとしている
公正取引委員会による独占禁止法違反事件の処理手続
職権探知 申告
審査
告発
勧告
警告 注意
審判開始決定
同意審決 審判審決
勧告審決 応諾 不応諾
実在したカルテルについての分析
• Porter (1983) :1880年代のアメリカにおける鉄道
カルテルの事例
– 参加企業が共同で委員会を形成し、各企業のマー
ケット・シェアについての取り決めがなされた
– 各企業は価格を操作する
– 逸脱行動があったと判断された時には、一定期間の
価格引き下げという報復が行われた
– カルテルが行われていた週は、行われていない週に
比較して価格が高い
– 値上げ幅を考察すると、ベルトラン競争よりも高いが
結合利潤最大化よりも低く、クールノー競争に近いと
いう結果が得られた
カナダのガソリンスタンドの分析
• Slade (1987) は反応曲線を推定することで企業の協調行
動の推定を試みた
– カナダのガソリンスタンドの価格競争のデータ
– ガソリンスタンドをメジャー系と独立系に分ける
– 他企業の前日の価格と今日の価格から価格を決めるという反
応関数を仮定して推定
– 今日の価格変化のウェイトは1より小さく、即時的な反応ではな
い
– 需要関数を推定し、理論的な利潤最大化行動と比較
– 利潤最大化行動に比べると反応度は大きく、報復のために価
格変化が大きくなっていると考えられる
– また、独立系ガソリンスタンドの逸脱に対する報復のほうが、メ
ジャー系ガソリンスタンドの逸脱に対する報復よりも大きいこと
が示唆された
参考文献
• Domowitz, I., R.G. Hubbard and B.C. Petersen (1986) “Business Cycles and the RelaRonship between ConcentraRon and Price‐Cost Margins”, RAND Journal of Economics, 17(1), 1‐17
• Green, E.J., and R.H. Porter (1984) “NoncooperaRve Collusion under Imperfect InformaRon”, Econometrica, 52(1), 87‐100
• Hay, G.A., and D. Kelley (1974) “An Empirical Survey of Price Fixing Conspiracies”, Journal of Law and Economics, 17(1), 13‐38
• Odagiri, H., and T. Yamashita (1987) “Price Mark‐Ups, Market Structure, and Business FluctuaRon in Japanese Manufacturing Industries”, Journal of Industrial Economics, 35(3), 317‐331
• Porter, R.H., (1983) “A Study of Cartel Stability: The Joint ExecuRve Commibee, 1880‐1886”, Bell Journal of Economics, 14(2), 301‐314
• Rotemberg, J.L., and G. Saloner (1986) “A Supergame‐TheoreRc Model of Price Wars during Booms”, American Economic Review, 76(3), 390‐407
• Slade, M., (1987) “Interfirm Rivalry in a Repeated Game: An Empirical Test of Tacit Collusion”, Journal of Industrial Economics, 35(4), 499‐516