第13回 10 章 一人ひとりが主
役の未来へ(1)
コリンズ「遺伝子医療革命」を読む
日紫喜 光良
この章の構成
• イントロ
• 遺伝子治療
• 幹細胞治療
• 究極の自己細胞治療
• 未来を可能にする
• 夢を悪夢にしないために
• 私たちがとるべき行動
遺伝子と疾患と治療(薬物療法)との関係
遺伝子治療
図で、左には細胞の形質/表現型(phenotype)を変える要因が列挙されている。遺伝子の 改変・変異だけでなく環境(environment)や細胞へのシグナル分子(signaling molecule) なども細胞の形質/表現型を変えるはたらき-その一部は病気の原因-になる。
薬物療法はこれらの要因の効果を抑制(supress)あるいは促進(enhance)する。そのよう にして、薬物治療は、遺伝子の機能を操作しているといえる。
図:http://www.tdi.ox.ac.uk/overview さまざまな要因
細胞
病気(disease, disorder)の発生・治癒は細胞の形質/表現 型の変化と対応している。
例: ADA 欠損症
• 遺伝子治療
• 薬物療法
遺伝子治療の目的
• ADA変異による重症複合型免疫不全症
(SCID)の場合:
– ADA遺伝子の正常なコピーを(相当な量の)免疫 細胞に挿入し、感染を防ぐという免疫系本来の機 能を取り戻させる。
– 細胞に入るだけではダメで、ゲノムに組み込まれ て、機能する遺伝子とならなくてはいけない。
• RNAに転写されて、タンパク質に翻訳される。
本書310頁
遺伝子治療が行わないこと
• 患者の生殖細胞のDNAの改変
– 現在行われている遺伝子治療のやりかたではその可能 性はほとんどないといえる。
– どのようにすればほぼ完全にその可能性がないといえる か、国際的な協調体制(ICH)の中でガイドラインが作られ つつある。
– 参考:「ICH見解:生殖細胞への遺伝子治療用ベクターの 意図しない組み込みリスクに対応するための基本的な考 え方」
• 山口照英「遺伝子治療薬の安全性確保のための課題:ICH活動 とICH見解(腫瘍溶解性ウイルス、生殖細胞への挿入リスク、ウ イルス/ウイルスベクターの体外排出のリスク)」より
– http://www.nihs.go.jp/cgtp/cgtp/sec1/Homepage%20PDFs/index1- j3%20PDF/0-11.pdf
• PMDA資料
– http://www.pmda.go.jp/ich/w/gtdg_07_04_06.pdf
生体外遺伝子治療
• 1.患者から造血幹細胞を取り出す。
– 骨髄穿刺→骨髄細胞
– 末梢血→造血幹細胞を選択
• 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)による前処理が必 要
• 2.培養した細胞に遺伝子治療ベクターを加 える。
– ウイルス
• 3.処理した細胞を患者の血液に戻す。
– 一部が骨髄に生着して増殖する。
本書310頁
生体内遺伝子治療
• 1.遺伝子治療ベクターを用意する。
• 2.遺伝子治療ベクターを患者に注射して標 的臓器に直接届ける
遺伝子治療の対象疾患
• 生体外遺伝子治療
– 造血細胞の疾患
• 血液疾患
• 免疫系の疾患
• 生体内遺伝子治療
– その他の組織の疾患
遺伝子治療の壁
• 送達の問題
– ウイルスをベクターとしてうまく運用できるか
• 細胞膜と核膜をDNAが通り抜けるために
• 標的細胞までDNAを届けるために
• 機能の問題
– ウイルスがゲノム上の目的とする場所に組み込 まれ、機能(転写、翻訳されること)するかどうか
• 免疫反応の問題
– ウイルスが組み込まれた細胞が免疫系に排除さ れる
本書313頁、318頁
ウイルスにかわる遺伝子 送達手段の必要性
自己幹細胞 の利用
重症複合型免疫不全症( SCID)
レーバー先天黒内障( LCA )
幹細胞の特徴
• 自己複製能:幹細胞を再び作る
• 分化能:刺激によって別の種類の細胞に変わる。
幹細胞治療
本書318頁
http://www.kanazawa- u.ac.jp/~ganken/hirao- hp/works.html
図は金沢大学 がん進展制 御研究所 遺伝子・染色体構 築研究分野HPから。体性幹 細胞の例。
幹細胞の種類(分化能から)
• 全能性:受精卵と卵割初期(~8個程度)の胚
• 多能性:内部細胞塊
– 胎盤以外の人体のあらゆる組織
• 始原生殖細胞への分化に成功(2011年8月、京大)
– 「多能性幹細胞で作製した生殖細胞に由来するマウスの産出に成功- 生殖細胞形成メカニズムの解明、不妊症の原因究明などに貢献-」
• 多分化能性:体性幹細胞(成体幹細胞)
– 骨髄(造血幹細胞):血液細胞、免疫細胞、その他
• 心筋細胞にも分化
– 皮膚 – 毛根
– 腸管粘膜 – 神経 など
幹細胞株の樹立法
• 体外受精余剰胚から作るES細胞
– 胚盤胞から内部細胞塊を取り出し培養する
• 体細胞核移植
– 体細胞から取り出した核を、核を取り除いた卵母細胞に 挿入し、卵に刺激を加える →卵割を開始し、胚盤胞にな る場合がある。
• ヒトの体細胞を核を取り除かない卵母細胞に挿入すると胚盤胞を 形成
– "Human oocytes reprogram somatic cells to a pluripotent state", Nature 478, 70–75 (06 October 2011)
• 人工多能性幹細胞(iPS細胞)
– 4種類の転写因子遺伝子を体細胞ゲノムに挿入 →多能 性を獲得
• 挿入する遺伝子の種類・数について新知見続出 本書320頁
ES 細胞を利用することの倫理性
• 人間の生命が授精の瞬間から始まるという 考えがある
• その一方で、体外受精の余剰胚は冷凍して 保存されるが、いずれ廃棄される。
– 廃棄するものからES細胞を作って治療に使うほ うが倫理的ではないか?
ES 細胞作製の倫理指針
• 米国の場合:ES細胞株への連邦資金拠出の ガイドライン
– ES細胞の作成は体外受精の余剰胚から作成し た細胞株に限る
– 提供者からの同意が必要 – 適切な動機
• 日本:文部科学省「ライフサイエンスにおける 生命倫理に関する取り組み」のHP→ヒトES 細胞研究
– http://www.lifescience.mext.go.jp/bioethics/hit o_es.html
ES 細胞を用いた治療の研究
• 脊髄の神経細胞(→脊髄損傷の治療)
• 膵臓の膵島β細胞(インスリンを分泌する細 胞)
• 脳の大脳基底核の神経細胞(→パーキンソン 病の治療)
ES 細胞を用いた治療の問題点
• 細胞の送達
• 免疫系による拒絶
• →自己細胞からの幹細胞作成への期待
– 体細胞核移植によるES細胞 – iPS細胞
体細胞核移植による全能性細胞株
• 体細胞から核を採取
• 核を取り除いた卵細胞に挿入 →発生開始
• 胚を別の個体の子宮に入れ て個体を発生させると、「生殖ク ローニング」(クローン動物の作成)となる。
• 生殖クローニングが成功した生物の例:
– ヒツジ(ドリー)、ウシ、ウマ、ネコ、イヌ
• 種間で容易さに差がある。 個体に何らかの異常が見つかる。
– 参考資料:小倉淳郎「動物を用いた体細胞核移植クローンの現状 について」(第29回生命倫理専門調査会 ヒアリング資料 平成16 年3月30日)
• http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/haihu29/siryo6.pdf 究極の自己細胞治療
ヒト体細胞性核移植の倫理性
• 全能性細胞を子宮に戻すことが倫理に反す る。
• 子宮に戻すことが禁止されれば倫理に反しな い。
本書324頁
人工多能性幹細胞( iPS 細胞)
• 山中伸弥
• 卵子の細胞質で発現している遺伝子から4つ を選んでマウス皮膚細胞に挿入→多能性を 獲得
• 人工多能性幹細胞(iPS細胞)
• のち、必要な遺伝子の数は1個に減らすこと が可能になった。
iPS 細胞による治療
• 本人の細胞から作ることができる→拒絶反応 のリスクがない。
• 導入する遺伝子によっては発がんのリスクあ り。
• 臓器再生研究が行われている臓器の例:肝 臓、心臓、腎臓、膵島細胞、脳の神経細胞
• 生体外遺伝子治療との組み合わせ
将来何が実現されるか?
• 全ゲノム解析が300ドル(2020年)
• プロバイオティック調製ミルク(2028)
• スマート・シャツ(2035)
• 状況反応性のうつ病に対するパーソナル薬 物療法(2055)
• パーキンソン病のiPS細胞とナノテク・ロボット による治療(2069)
未来を可能にする/夢を悪夢にしないために/私たちがとるべき行動
変革を実現するために何が必要か?
• 研究への投資の増加
• 医療記録の電子データ化と個人情報の保護
• 政策
– 政策決定のスピード化
– 医療保険システムの改革:予防医療も補償 – 不正行為の取締り
• 医療従事者の教育
• 倫理的問題の健全な議論をする場をつくり権 威を与えること
未来を可能にする/夢を悪夢にしないために/私たちがとるべき行動
本書335~338頁