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2-1.序

ドキュメント内 平成 30 年 7 月 (ページ 33-55)

近年、 中国都市部における住宅市街地の整備は、 従来の不良住宅地区の再開発事業

注 1)に加え、「老旧小区」注 2)と呼ばれるかつて公有住宅であった高経年住宅団地の住環

境整備にも重点を広げており、 その動向が注目される。12 次計画期 (2011 ∼ 2015) 中の 2012 年に北京政府は「北京市老旧小区総合整治工作実施意見」 を出し、 老旧小区のう ち 1990 年以前の建設で管理不全の状態にあるものを対象として「老旧小区総合整備事 業」( 以下、老旧小区事業 ) に着手した。

本章では、まず、北京市政府の公開資料・データの収集注 3)を行い、北京市における 住環境整備事業の沿革と老旧小区事業に形成経緯を明らかにした。続いて、老旧小区事 業を注目し、12 次計画期(2011-2015)における整備メニューと運営組織および 13 次計 画期(2016-2020) における拡充内容について整理した。 次に、 事業実施地区(朝陽区 H B 団地)での事業前後の現地観察と住民・居民委員会へのインタビュー調査(2014 年、

2017 年、2018 年) を行い、 整備の実施プロセスと前後の住環境変化および住宅管理の 取り組みを捉え、最後に、事業の特徴と課題を指摘した。

2-2. 住環境整備事業の沿革と老旧小区の形成経緯

(1) 不良住宅地区の再開発事業 ---「危旧房改造事業」と「棚戸区改造事業」

北京市では 1990 年以降、不良住宅地区の改善について、都心部の旧市街地を中心に 再開発事業である「危旧房改造事業」( 以下、危改事業 ) を大規模に実施し、都市イン フラ整備と土地の高度利用を図った注 4)。住民の居住権保障や事業の公正性・透明性な どについて多くの問題を指摘されながらも、制度変更を重ねて不良住宅地区整備の主要 事業として推進してきた。さらに、中国政府は「国民経済と社会発展第十二個五年間規 画綱要(2011-2015 年)」(以下、12 次五カ年期)において、都市や農村部での住環境改 善の推進を掲げた。これに伴い、北京市では 2013 年から危改事業を「棚戸区改造事業」

( 以下、棚改事業 ) に移行し、都心部や元農村(城中村)に分布する不良住宅地区を主 な対象として実施している。(図 2-1、表 2-1)

 まず、棚改事業の沿革を整理するため、その前身である危改事業からの変遷を文献資 料などをもとにたどる。 危改事業は 1987 ∼ 2012 年に実施されているが、 事業の対象や 整備内容、 運営体制から大きく 3 期に分けられる。 棚戸区事業への移行後(2012 年∼)

を 4 期とし、各期の特徴を以下にまとめる。( 表 2-2)

図 2-1 左:「老旧小区事業」地区の例 ( 北京・豊台区盧溝橋北里小区 ) http://rollnews.tuxi.com.cn/zjj/132587609fqz173620.html 右:「棚戸区事業」地区の例 ( 北京朝陽区化石営地区 )

http://www.wenxuecity.com/news/2016/09/01/5558187_print.html

試行段階 1987 1990 年

推進段階 1990 1999 年

連携段階 2000 制度創設年度 2011 年

根拠・法令等

① 1991 年「関于危旧 房改造現場弁公会会議 紀要」京政発1991 19

② 1994 年「関于進一 歩加快城市危旧房改造 若干問題報告」京政発 1994 44 号

① 2000 年「北京市加快城市危旧房 改造実施弁法( 試行)」京政発2000 19 号

② 2001 年「北京市城市房屋立退管 理弁法」京政発2001 87 号

③ 2003 年「北京旧城歴史文化保護 区房屋保護和修繕工作若干規定( 試 行) 的通知」京政発2003 65 号

④ 2004 年「関于加強北京旧城保護 和改善居住住房工作有関問題的通知

」京政発2004 14 号

「北京市人民政府関于加快棚戸区改造 和環境政治工作的実施意見」京政発 2014 18号

目的

居住環境の改善・居住水準の向上を図 る一方、都市インフラ・公共施設を充 実する。

実行者/所管 市・区政府と関連部局/棚戸区改造と

環境整治領導小組(市重大弁所属)

対象地域 棚戸区・伝統的民家・農村不良住宅

採択条件 (番号は根拠・

法令を対応する

。)

1987 年に4 地区 ( 菊児胡同・小 後倉・東南園・

郭荘北里) をモ デル事業として 決定した。

① 1991 年、37 地区を 選定した。敷地面積は 約360ha で、危旧住房 の延床面積が160 万㎡

である。

② 1994 年、「市危改 弁公室」が選定した77 地区以外、各区範囲内 の対象地区が区政府に 決められた。

① 2000 年、モデル事業としては5 地区が選定された。

② 2001 ~ 2002 年、「房改帯危改

」実施方法が本格実施され、50 対象 地区が決められた。

③④ 2003~2005 年、54 地区の文化 保護対象地区が選定された。

明文化された採択条件はなく、居住空 間が狭小過密で、住宅設備に欠陥があ り、火災や浸水の不安がある地区や住 宅が選ばれる。

事業内容

・棚戸区の整備・再開発。

・保存価値がある平屋の修繕。

・農村不良住宅の建て替え。

・対象地区及び周辺のインフラ整備。

実施状況

147 地区の不良 住宅地が整備さ れた。

333 地区の事業対象が 選定され、延床面積499 万㎡の不良住宅がクリ アランスされ、18.45 万世帯の住民が移転し た。

2001 2002 年の間に50 地区で事業 が実施され、9.3 万世帯が地区外に 移転した。

2003 2005 年54 地区の「文化保護 区」が選定された。

2005 年から年間5.8 億元が提供され

、当年度の「危改事業」の資金であ る。

2008 年以降、毎年1~2 万世帯が移転 されるように推進した。

2014∼2015年に191地区が選定され、約 1万世帯が住み替えた。

2016年に139地区が選定され、3万世帯 が住み替えた。

2017年に128地区が決定され、3万6千 世帯の立退き契約が済んだ。

事業名

危旧房改造事業(「危改事業」)

棚戸区改造事業(旧:危旧房改造事業) 2014年6月

危険・老朽の居住環境に住む住民が近代的な集合住宅へと移り、以前より広い スペース、安全で快適な居住空間を享受する。

市・区政府、各部局、各関連企業、各大学及び研究機関/危旧房改造事業弁公室 不良住宅地区

・各区政府が事業対象地区を選定する。

・不良住宅を撤去した後、新住宅地を建設するか、あるいは土地使用を変えて 再開発する。

・周辺のインフラを整備する。

事業 実施時期 対象地区:主な住宅型 主な範囲

主な整備内容

住民の移 住宅 公共施設・転の有無

住戸 住棟 共用施設 危改

事業

1990 ∼ 1999 年

不良住宅地区 ( 平屋・簡易アパート )

都市中心 ( 四環路

内 )

旧市街地の整備・新住宅

地の建設 建設不足 移転

2000 ∼ 2012 年 「住房改革」の払下げ制

度と並行 棚戸区

事業

2013 ∼ 2015 年

棚戸区・伝統的民家・

農村不良住宅

受け皿住宅の建設 建設不足 移転また は仮移 転・再入

2016 年∼ 建替え・移転建設 全面整備

( 再開発 ) 老旧小

区事業

2012 ∼ 2015 年 老朽化集合住宅団地

( 単元式住宅 ) ( 対象外 ) 耐震・設備改

修等 修復整備 移転なし 2016 年∼

表 2-1 北京市の住宅市街地整備事業の基本的性格

表 2-2 北京市不良住宅地区整備事業の変遷

①危改事業の試行期 (1987 ∼ 1990 年 )

1987 年、 市政府は不良住宅地区の改善手法の検討を始めた。 都心部に分布する深刻 な不良住宅地区から 4 地区 ( 菊児胡同・小後倉・東南園・郭荘北里 ) をモデル地区に選 定した。1 千万元の補助金を出し、政府・単位・住民・開発業者が連携して出資し、歴 史的地区に残る伝統的な町並みや四合院住宅の空間構成を継承しながら、現代生活に合 った住環境整備の手法が模索された注 5)。しかしながら、モデル事業は優れた整備事例 を生んだ一方で事業費が嵩み、 以降は同様な整備方法を推進できなかった。1980 年代 までの旧市街地の整備方針は、 過度の住宅不足から住宅の除却には消極的で、 低質な 平屋(平房)や簡易アパート(簡易楼)が大量に建設され、不良住宅の増加を招いた。

1990 年には 147 地区の不良住宅地区が存在し、 延床面積は約 284 万㎡、 人口は約 80 万 人の規模であった。

②危改事業の推進期 (1990 ∼ 1999 年 )

1990 年、 市政府第 8 次常務会議において危改事業の推進が決定され、 住宅地開発事 業の重点は新住宅地の開発優先から旧市街地の整備と新住宅地の開発の両立へと転換し た。1991 年、「危険・劣化住宅改造工事現場会議紀要 ( 関于危旧房改造現場弁公会会議 紀要 )」が発表され、危改事業が本格的に始まり、旧市街地に住む多くの住民を移転さ せ、全面的な再開発が行われた。1992 年に社会主義市場経済体制が導入され、国の経済・

土地・住宅政策は大きく転換した。土地の使用権の譲渡も可能になり、これに伴い、住 民移転の補償方式は住宅の現物支給から金銭補償・個人購入に変化した。1990 ∼ 1999 年 の 10 年間に 333 地区で事業実施され、 延床面積 499 万㎡の不良住宅がクリアランスさ れた。18.45 万世帯の住民が移転し、総事業費は 469 億元に達した。

③危改事業の連携期 (2000 ∼ 2012 年 )

諸費用の高騰で危改事業が行き詰まり、他の制度や開発と連携することで打開が図ら れた。2008 年の北京オリンピックまでが目標期限となり、 この時期に都心部の対象地 区の整備が大きく進展する一方、住民の生活再建に大きな課題を残した。この時期の特 徴として、 によれば、1990 年代後半、 土地価格や立退き補償金の高騰等の要因で危改 事業は一時行き詰まる。これに対し、市は 2000 年に「房改帯危改」という新方式を打 ち出し、開発業者の負担を軽減するため、立退き補償費の負担を分散化し、附随公共設 備の整備には政府が補助金を出すなどした。これにより事業は進捗したが、戻り入居住 宅を購入する力を持った住民と持たない住民との著しい格差を生んだ。

④棚改事業への移行期 (2013 年∼ 2015 年 )

国政府は 12 次五カ年期(2011-2015 年)において、主要目標の「国民生活の継続的改善」

の中で、 都市や農村部での住環境改善の推進を掲げた。2013 年時点で全国の約 1 億人 が棚戸区に住んでいるとされる。北京市でも、都心部に危改事業が滞った地区が残る他、

都市の拡大に伴いスプロール地域や元農村(城中村)にも不良住宅地区が増加し、深刻 な問題となっている。2013 年に国務院は「棚戸区改造事業を推進する意見 ( 国務院関 于加快棚戸区改造工作意見 )」を発表し、全国レベルで棚改事業を推進することを決定 した。 これを受け、 北京市政府は、2014 年に「北京市意見 ( 北京市人民政府関于加快 棚戸区改造和環境政治工作的実施意見 )」を発表し、2014 ∼ 2015 年に 191 地区、約 1 万 世帯を対象に事業を実施した。

 棚改事業の制度概要を表 2-1 の右に示す。危改事業と比べて、対象地区の範囲が広が ったものの、事業の特徴は引き継がれており、採択条件が公表されていないなどトップ ダウンの姿勢が強い。事業内容も住民に対しては受け皿住宅の建設が中心であり、地区 特性を踏まえた住環境改善のメニューは見られない。一方、事業運営では、事業計画段 階から住民の立退き段階までは市・区政府が実施主体となり、民間開発事業者との役割 分担を明確にするなど、事業の透明性や公正性に配慮しつつ、事業推進を図るための改 善が認められる。危改事業と異なり、事業実施より発生した利益問題や住民不信等を防 ぐため、棚戸区事業の主導権は開発業者から政府・関連部局に移り、また、政府が事業 計画を策定し、開発業者と委託契約を結んでいる。開発業者は事業運営組織に入らず、

政府が事業対象・整備方針を決定、また、立退き段階に補償手続きを公表するなど、住 民との交渉を重視している。

 老旧小区事業も棚改事業と同じく危改事業の教訓を生かし、地区ごとに事業の計画・

目標・内容を明確し、整備内容に対応する組織編成を行っており、事業運営の透明性や 公正性が図られている。

(2) 老旧小区の形成経緯

 前述した不良住宅地区の再開発事業に加え、「老旧小区」と呼ばれるかつて公有住宅 であった高経年住宅団地の住環境整備である「老旧小区総合整備事業」が 2012 年から 推進されている。

 中国では、建国後から 1990 年代まで国が都市住宅の計画、建設、分配、管理の主体 となり、単元式住宅注 6)と呼ばれるユニット設計の中層集合住宅が大量に建設され、公 有住宅として単位注 7)を通じて職員に分配された。特に 1980 ~ 90 年代に建設されたも

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