MM(Macroeconometric Model)の設備投資関数においても、長期的関係式の理論 的背景には、新古典派型の資本コストモデルが採用されている。ただし、Q-JEMや
FRB/USとは違い、資本ストック系列は、定式化の過程で消去されていない。また、長
期の関係として資本ストック対実質GDP比が実質資本コストに一致し、同時に資本ス トックの増加率(つまり[設備投資/資本ストック])が一定値になるように定式化され ている。これは、長期関係式の中にもエラーコレクション型の定式化が用いられてい ることを意味し、MMの設備投資関数の特筆すべき特徴と言えるだろう。
一方、短期関係式における説明変数は、ほぼ長期関係式で用いられている変数で説 明され、唯一違う変数はダミー変数のみである。
長期関係式
ibus∗t−kbusnht−1 =−3.09−0.027(kbusnht−2−gdpt−2+rcct−1)
短期関係式
∆ibust=−0.054 + 0.11∆ibust−1+ 0.19∆ibust−2+ 0.18∆ibust−3
+ 0.17∆ibust−4+ 1.0∆gdpt−1−0.047[ibust−1−ibus∗t−2] +dummy
変数の解説
ibus∗t : log(均衡実質設備投資), kbusnht: log(非住宅資本ストック), gdpt: log(実質GDP), rcct: log(実質資本コスト), dummy:1985年第2四半期ダミー補論
E.2.5カナダ銀行:
MUSE(Gosselin and Lalonde 2005)MUSE(Models of U.S. Economy)の設備投資関数においても、他の多くのモデル と同様に、新古典派型資本コストモデル、つまり、生産関数に基づく限界資本生産性 と資本コストが一致するような資本ストック量が達成されるとするモデルが、基礎と なる理論的背景として用いられている。ただし、他のモデルにない特徴として、資本 ストックが建造物(str)、ハイテク機材(ht)、その他・ソフトウェア(es)の3種類から なり、それぞれについて設備投資関数が定式化されている点が挙げられる。このよう な定式化を行う利点として、資本ストック種別間の技術進歩の違いを考慮することが できることが挙げられている。実際、ハイテク機材のコストシェアは、技術進歩の違 いを反映して、増加トレンドを示していることが指摘されており、それを受けて、3種 資本ストックからなるトランスログ型資本サービス関数に基づくコストシェア方程式 を推計することで、3種資本ストック間の代替性、補完性を推計している。
続いて具体的な定式化について解説する。長期関係式における最適設備投資水準は、
均斉成長の定義と整合的となる、最適資本ストックに実質成長率(労働力成長率+全要 素生産性成長率)と資本減耗率を足した最適資本ストック増加率を掛けたもの、と定式 化されている。一方、短期関係式については、FRB/USと同様、投資水準が最適水準 から乖離することのコストと投資水準自体を変化させることに伴う調整コストを最小 化することによって得られるエラーコレクションモデルに従って定式化されている。ま た、建造物及びその他・ソフトウェア投資では、流動性制約に直面する(あるいは経験 則に従う)企業の存在を考慮し、実質成長率が追加的な説明変数として含まれている。
長期関係式
Itstr∗ = (gt+1+δstr)Ktstr∗ Itht∗ = (gt+1+δht)Ktht∗ Ites∗= (gt+1+δes)Ktes∗
短期関係式
∆ logItstr =−0.03(logItstr−2−logItstr−2∗) + 0.19∆ logItstr−1 + 0.13 logItstr−2+ 0.20Et−1
∑20 i=0
fi∆ logIt+istr∗ + 0.48∆ logYt−1
∆ logItht=−0.006(logItht−1−logItht−∗1) + 0.16∆ logItht−1+ 0.25 logItht−2 + 0.59Et−1
∑20 i=0
fi∆ logIt+iht∗
∆ logItes=−0.05(logItes−2−logItes−∗2) + 0.10∆ logItes−1+ 0.22 logItes−2 + 0.35Et−1
∑20 i=0
fi∆ logIt+ies∗+ 0.33∆ logYt
変数の解説
Istr∗:均衡実質建造物設備投資, Kstr∗:均衡実質建造物資本ストック, Iht∗: 均衡実質ハイテク機材設備投資, Kht∗:均衡実質ハイテク機材資本ストック, Ies∗:均衡 実質その他・ソフトウェア設備投資, Kes∗:均衡実質その他・ソフトウェア資本ストッ ク, Istr:実質建造物設備投資, Iht:実質ハイテク機材設備投資, Ies:実質その他・ソフ トウェア設備投資, Y:実質GDP補論
E.2.6欧州中央銀行:
AWM(Fagan et al. 2001)AWM(Area Wide Model)の設備投資関数においても、長期関係式の理論的背景と
して、新古典派型の資本コストモデルが採用されている。こちらもMM、MUSEと同 じく、資本ストック系列は消去されていない。
一方、短期関係式については、統計的な確からしさよりも、短期的な動学の再現す ることを重視し、加速度原理を反映した定式化を行っている34。
長期関係式
KSR∗t = α·Y ERt
(ST RQt−δ+λ)
34ただし、定式化からもわかるように、長期的には実質GDPに対する投資弾性値は1になるという制約 が課されている。
短期関係式
∆ log(IT Rt) = 0.18∆ log(IT Rt−1) + 0.53(αY ERt−1
KSRt−1 −(ST RQt−1−δ+λ)) +dummies
変数の解説
KSR∗ :資本ストック, α:資本分配率, Y ER:実質GDP, ST RQ:実質 金利, δ:資本減耗率, λ:リスクプレミアム, IT R:実質設備投資, dummies:ダミー 変数補論
E.2.7国際通貨基金:MULTIMOD Mark III(Laxton et al. 1998)
MULTIMODMarkIIIの投資関数では、即出のモデルのような短期的動学と長期的
動学の組み合わせたエラーコレクション型の定式化ではなく、短期的な動学経路均衡 式及び長期的な均斉成長経路均衡式によってモデルが組まれている。背景となる理論 には、トービンのqモデルが採用されている。当該モデルの特徴として、資本ストック の均斉成長が満たされている時、投資の調整費用がゼロとなるような定式化がなされ ている。また、トービンのq自体の推計には、株価等を用いて推計したものではなく、
投資の調整費用関数を特定化し、最適化問題を解いて得られたqに関する一階条件か ら推計されている。さらに、定式化にあたって、理論通りに考えれば、I/Kは同時点 のqによって決定されるはずであるが、設備投資の不可逆性や、設備投資が始まって から実際に稼働し始めるまでのリードタイムの存在(Time to Build)を考慮すると、同 時点のみのqは現実的ではなく、ラグをもって影響すると考えられるため、同時点及 び1期ラグのqを説明変数として用いている。具体的な式は以下の通り。35
35実際に短期的な動学経路を理解するためには、トービンのqがどのように変動するかを理解する必要が ある。MULTIMOD Mark IIIでは、以下の設備投資の調整費用を含む動学最適化問題を設定し、導きだされ る1階条件を求めている。
Vt=
∑∞ s=t
ρt−s(F(Kt−1)−At−It)
s.t. Kt=It+ (1−δ)Kt−1, At= χ 2
[ It
Kt−1 −(δ+g) ]2
Kt−1
この最適化問題の1階条件から、次の2式を導くことができる。
It Kt−1
=δ+g+qt−1 χ
qt= (1−δ)Etρqt+1+Etρ[FK(Kt)−AK(It+1, Kt)]
2条件のうち、上式が本文に対応するもので、下式がトービンのqの動学に関するものである。実際のモデ ルでは、このトービンqを実質資本ストック価値WKがW Kt=qtKt−1の関係を用いて定式化され、WK の動学がトービンのqの値を決定し、そのqに従って当期の設備投資が決定するというモデルになっている。