第 8 章 摂動論 111
8.7 時間とエネルギーの不確定性関係
量子化の規則によるとエネルギーは時間の微分( ˆE=iℏ∂/∂t)と書ける ので、交換関係 [ ˆE, t] =iℏ が成立する。これから不等式
∆E∆t≥ℏ/2 (8.103)
が導かれるように(一見)思われる。実は、不等式(8.103)は成立するの だが、その解釈は位置と運動量の不確定性関係とは全く異なる。その理由
2これは次のようにして示すことができる。まず、α̸= 0の時は、左辺の分子は最大1 なので左辺はt→ ∞でゼロとなる。一方、t >0の時は
∫ ∞
−∞
sin2αt tα2 dα=
∫ ∞
−∞
sin2x x2 dx=π が得られる。よって被積分関数はt→ ∞でπδ(α)となる。
8.7. 時間とエネルギーの不確定性関係 125 は、古典力学と同様に量子力学においても時間は状態の変化を記述するた めのパラメターに過ぎず、任意の精度で指定できることが前提とされてい るからである。実際、波動関数 Ψ(x, t) は各時刻ごとに与えられるので時 刻の揺らぎ∆t=√
⟨t2⟩ − ⟨t⟩2 はゼロである。ケナード・ロバートソンの 不確定性関係∆x∆p ≥ℏ/2が位置と運動量が同時に確定した値を取りえ ないことを主張しているのに対して、(8.103) は、系のエネルギーは各時 刻において正確に測定できるが、時間が∆tだけ離れた2回の測定によっ てそれぞれ正確に測定されたエネルギー E とE′ の差が ℏ/(2∆t)程度違 いうることを意味している。従って、エネルギーの保存は ∆tだけ時刻が 異なる2回の測定によってℏ/(2∆t) 程度の精度でしか確かめることがで きない。これがエネルギーと時間の不確定性関係の物理的意味である。
(8.103)を導くために系とそのエネルギーを測定する測定器を考え、そ
れらを記述するハミルトニアンをそれぞれ Hˆ系、Hˆ測定器と書こう。時刻 t= 0 以前では両者は相互作用しておらず、時刻t= 0 に系のエネルギー を測定するために相互作用 Vˆ をスイッチオンし、時刻t=t0(>0)にお いて相互作用を終えるとしよう。この間、全系のハミルトニアンは
Hˆ = ˆH系+ ˆH測定器+ ˆV ≡Hˆ0+ ˆV (8.104) で与えられる。全系の状態はシュレーディンガー方程式
iℏ∂
∂tΨ(x, t) = ( ˆH0+ ˆV)Ψ(x, t) (8.105) に従って時間発展する。ここで相互作用表示に移って
Ψ(x, t) =e−ℏiHˆ0tΨI(x, t) (8.106)
とおくと (8.105)は次のように変換される。
iℏ∂
∂tΨI(x, t) = ˆVI(t)ΨI(x, t), VˆI(t)≡eℏiHˆ0tV eˆ −ℏiHˆ0t (8.107) 系に対する測定の反作用をできるだけ抑えるために、相互作用が小さいと
仮定して(8.107)を最低次の近似で解くと
ΨI(x, t) = (
1− i ℏ
∫ t0
0
VI(t)dt )
ΨI(x,0) (8.108) ここで、ΨI(x,0) = Ψ(x,0)≡Ψi(x) に注意すると、全系の波動関数がエ ネルギーが 初期状態 Ψi から終状態Ψf へと遷移する確率振幅afi は次の ように与えられる。
afi =
∫
Ψ∗f(x)ΨI(x, t)dx
≃
∫
Ψ∗f(x)Ψi(x)dx− i ℏ
∫ dx
∫ t0
0
dtΨ∗fVˆI(t)Ψi (8.109)
ここで、右辺の第一項は相互作用(すなわち、測定)が関与しない項の寄 与であるので無視できる。始状態と終状態がそれぞれエネルギーが Ei、 Ef のHˆ0 の固有状態であるとすると
∫
dxΨ∗fVˆI(t)Ψi =
∫
dxΨ∗feℏiHˆ0tV eˆ −iℏHˆ0tΨi
= eℏi(Ef−Ei)t
∫
dxΨ∗fVˆΨi≡eℏi(Ef−Ei)t⟨f|Vˆ|i⟩ となるので
|afi|2 ≃ 1
ℏ2⟨f|Vˆ|i⟩
∫ t0
0
dteℏi(Ef−Ei)t)2
= 4|⟨f|Vˆ|i⟩|2sin2 (Ef−2Eℏi)t0
(Ef−Ei)2 (8.110) この結果は、始状態と終状態のエネルギーの差Ef−Eiが(8.110)に従っ て分布していることを意味しており、その差の最も確からしい値は相互作 用が働く時間を t0 とすると |Ef −Ei| ∼ ℏ/t0 で与えられる。測定器の Ef(i) は始(終)状態における系と測定器を合わせた全系のエネルギーで あるから、測定器のエネルギーが正確に知れても系のエネルギーは ℏ/t0
程度の精度でしか知ることはできない。この結果は、系と測定器の間の相 互作用の強さに依らず成立することに注意しよう。特に、相互作用時間が 無限大の極限では公式
δ(α) = lim
t→∞
sin2αt
πα2t (8.111)
を使うと系が状態iから f へと単位時間あたりに遷移する確率wfi wfi≡ lim
t→∞
|afi|2 t = 2π
ℏ |⟨f|Vˆ|i⟩|2δ(Ef−Ei) (8.112) が得られる。(8.112)は前節で述べたフェルミの黄金律である。
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