T家のカミダナ(政岡伸洋2018年8月1日撮影)
第1節 正月の行事 1. 正月の準備
[豚をヤく]
各家庭で豚を飼育していた頃は、12月25日か26日にヤイていた(と殺していた)。正 月に食べる豚はショウガチワーともいう。
[先祖迎え]
ウヤホ(先祖)は12月30日から31日に迎える。
[餅]
正月の餅は12月のうちに作る。29日に餅つきをすることは避けた。餅は、大きい鏡餅 をカミダナ、トゥクヌマに1つずつ置き、子どもの机と炊事場には丸餅を置いた。日持ち しないため、のばして切っておいていた。
[門松]
門松は、松の木と細い竹を3本使って作り、ユズルと呼ばれるゆずり葉を使う。これは 短いために門の両方に立てるという。ユズルを使うのは「後者に代を譲る」からきている という。内城には、門松に使う松や竹、ユズルがたくさんあり、他の字からもとりにくる 人がいるほどであった。現在は、松が虫にやられて全滅してしまったため、購入したもの を使用している。主に家の門や倉庫の前、墓の前にも飾っている。現在90代くらいの年 齢の人の中には、門松のことをカドガラと呼ぶ人もいる。内城公民館などには、それらを 立てるパイプが門のところにあるという。使用する竹は3種類あり、小さいほうからガラ デー・シマデー・トウデーがある。門松は主人が1月16日の昼に必ずおろす。
門松を立てていたのは基本的に主人か息子とされるが、正月は忙しいため手の空いてい る人がやっていた。内城では、下ろした門松はそれぞれの家で燃やしていた。飾る期間で ある松の内は7日であるが、S家では姑が干支から干支までということで12日間飾って いる。また、墓の門松は松とガラデーとユズルのものでもあったという話もある。
[トゥシヌイル(大晦日の夜)]
大晦日の夜のことをトゥシヌイルという。この日には煮物、お吸い物、おせちを食べる。
このうちのお吸い物は、クブ(昆布)と豚骨を煮込む。こうした準備があることから、女 性は年越しにゆっくりできないという。
近年の大晦日は、紅白歌合戦を見ながら購入したおせちや年越しそばを食べたりする。
夜通し起きているという人もいる。
2. 元旦
正月のことをショーガチという。旧暦で行っていたが、現在は新暦である。キビの収入 が旧暦の年末に入ることになっており、新暦でやるとお金が回らないために旧正月でやっ ていたというような話が聞かれた。元旦はサングー(参献)をし、正月のときにだけ履く 草履を履いたりするほか、ナンコーもした(ナンコーについては「第5章第3節婚姻儀礼」
を参照)。
[若水汲み]
若水汲みは女性が行う。汲んで来た水で カミダナの花やアライグミ(後述)に使っ た。水道が引かれてからも行っていたとい う人と、水道を引いてからはしていないと いう人がいる。若水は、ヤーの井戸や水道 から汲む人もいれば、イジンジョーゴから 汲む人もいる。他の字からイジンジョーゴ に水を汲みに来る人もおり、石を持ち帰っ て井戸にいれたりもする。また、元旦の朝 にイジンジョーゴから汲んできた水で茶を 沸かし、ウヤホに供えるという人もいる。
[アライグミ(洗い米)]
アライグミ(洗い米)とは、正月と盆に使用する洗った米をさす。自分の墓以外にもハ ロジの墓などに米をまいたり供えたりした。正月は、アライグミを湯のみなどに入れてカ ミダナやカマドに供えた。カマドは特に大切で、火事を起こさないようにした。
[元旦の食事]
食事には、家でヤイた豚を皆で食べたり、ソーキを買って食べる。餅と、すまし汁のお 吸い物にかまぼこ、クブを入れたものを食べる。
[挨拶回り]
本家や母方の実家に挨拶回りをするという話も聞かれた。本家にはハロジが沢山来るた め、午前中は特にヤーを空けないようにした。お年玉というのは、昔はなかった。この日 に高千穂神社に行くという人もいる。なお、神戸や大阪に住んでいる遠いハロジには、お 歳暮や年賀状を送ることで繋がっているという。
写真53 : イジンジョーゴ(近藤優智2018年8月24 日撮影)
3. セイクヌエー(大工の祝い)、フツカエー(二日祝い)
セイクヌエーは大工の祝いという意味で、フツカエー(二日祝い)ともいう(本文では セイクヌエーと表記)。この行事は1月2日に行われる。クドゥクに米、酒、塩と大工が 使う墨壺と差金を飾る。差金を飾るのは、まっすぐあるように(道をそらさないように)
という気持ちが込められている。供える向きや順番は、大工によって異なり、N. Nさん(昭 和7年生・男性)の場合は、宮大工が使う左側が曲がった差金を使用している。酢のもの と刺身を供えるところもある。これは夕方に片付けをする。
セエクヌエーの際には、チケはしないが新築したヤーの人が1,000円から3,000円ほど を持って大工の家にお礼の挨拶にくる。ただし改築の人は来ない。
またセエクヌエーは、大工になって7、8〜10年ほど経ってからは自分の家で行うが、
それまでは棟梁の家に行ってセエクヌエーをする。また、自分の家でセエクヌエーが終わっ
てから16〜17時の時間帯で棟梁の家に行くという人もいる。見習いは棟梁の家でごはん
を食べ、酒を飲む。これについても棟梁が招待することはない。
[仮親]
セエクヌエーの日は、体が弱い男児を仮親として大工に1日預けるということも行われ た。この時仮親にするのは、自分のヤーを作っていない大工の家でもよかったという。た だし、体の丈夫な男の子や、女の子は預けない。これも特に大工が招待することはしない が、中には招待をする人もいる。その場合は、年明け前に招待が届き、親子は御神酒や着 物を持って行く。このときに招待されるのは、棟梁と仲の良い人や、ヤーを建ててもらっ た人である。ご馳走を食べ、子どもは酒が飲めないため、お吸い物を飲む。
[その他]
交通安全祈願で金毘羅に参拝するという人もいる。
図8 : セエクヌエーの供え方―N. Nさんの場合 写真54 : 大工道具(阿利よし乃2018年8月26日撮 影)
4. 年の祝い(マーリドゥシエー)
1月3日はマーリドゥシエーと呼ばれる年の祝いをする。マーリドゥシエーには十三の 祝い、二十五の祝い、三十七の祝い、四十九の祝い、六十一の祝い、七十三の祝い、
八十五の祝い、八十八の祝い、九十七の祝い、九十九の祝い、百の祝いがあり、このうち 八十八の祝いは1月2日に行うとも旧暦8月8日に行うともいわれる。近年よく行うのは 六十一の祝い、七十三の祝い、八十五の祝い、八十八の祝いである。その詳細については、
「第5章第4 節年の祝い(マーリドゥシエー)」を参照されたい。
5. 仕事始め
仕事始めは4日からであった。
6. 七品粥
七草粥は七品粥や七草雑炊と呼ばれている。正月のおせちの残りなどに大根や人参を加 え七品粥にしているという話が聞かれる。これはトゥジが作る。一方で現在は作っておら ず、料理店くらいでしかみないという人もいる。
7. ヤクシュの祝い(医者の祝い)
1月8日にかかりつけの医者にお礼の挨拶に行く。
8. 門松を下げる
11日に皆で集まって門松などを取り払い、家の焚き木で燃やしていた。ただし、干支 に合わせて12日目に下げるという話や、16日に戸主が下げるという話もある。
9. 餅開き
餅開きは11日に行う。現在は買った餅であるが、昔は家で餅をついており、団子状に して中にあんこを入れたという話も聞かれた。
10. ウヤホの正月
1月16日はウヤホの正月、墓正月、死者の正月などといい、年末に迎えたウヤホを夕 方に墓まで送る(本文ではウヤホの正月と表記)。ウヤホの正月は、旧暦で行われていた という話が聞かれた。
ウヤホの正月には、墓への供え物としてターイモモチを作る。カラスにとられてしまう ため、その場で食べてしまうという。また、お吸い物・煮物・米・御神酒といったご馳走 もカラスにとられないように家に置いていった。
墓では、アライグミを一握りずつ湯のみに入れ、ハロジの墓を含めて供えた。これは皆
で互いにしていた。ほかに、焼酎の御神酒、お吸い物、刺身なども供える。ハカシキと呼 ばれる空間の中庭で飲んだりしたという人もいた。
11. 世之主神社の祭り
1月16日は、世之主神社の祭りも行われる。この祭りは、皆が集まる行事でもあると いう。昔は字ごとに琉球舞踊やシマ(相撲)を行い、青年団がぜんざいを振舞った。また、
子どもや独身の女性がゴジェンフー(御前風)というめでたい踊りを踊った。これは沖縄 から入ってきた踊りで、カギヤデ風ともいわれる。この踊りの後に宴会が行われる。
世之主神社の祭りは、世之主神社の神主が病気になってから行われていなかったが、近 年復活しつつあるという。
[シマ(相撲)]
相撲はシマといい、これを教えてくれる先生がいた。公民館などには土俵があった。世 之主のハイサイビ(大きい祭り)に土俵で相撲をとり、勝ち上がり式で行った。背中をつ いたり、土俵の外に足がついたりすると負けになる。塩はまかない。
12. S家の集まり
1月17日に、S家が全員集まって神社を掃除し、祭典を行う。
13. 月祭り(ニジュウサヤ)
月祭りはニジュウサヤとも呼ぶ。古くからある家やオイチュの家では、ハミジキ(神月)
とされる旧暦1、5、9月の23日に月祭りをする。祭りに呼ぶのは、ドゥーナー(身内)
である近いハロジ、兄弟、いとこなどである。
当日は、ハロジ全員が酒と重箱を持って集まり、集まる家の戸主は、外に出てハロジを 迎える。R. Mさん(昭和8年生・男性)の場合、本家のT. Mさん(昭和初年〜10年代生・
女性)の家に集まったという。ハロジは団子とお酒を貰う。貰う順番は、親、兄弟、孫、
イトコと1親等、2親等、3親等である。月の神様を信じる人は、お金を包んでいくこと もある。
月祭りでは、1時から2時の月が昇るまでナンコーをしたり、昔は三味線を弾いたり歌 を歌いながら待った。今はテープで音楽を流し、未婚の人が踊るという話も聞かれる。団 子とヤーで汲んだ水は、トゥクの前に供えておいた(トゥクについては、「第7章第4節 民間信仰」を参照)。月が上がると、まず戸主が外に出て拝み、戻ってくると、親兄弟、
次に孫といった順番で1人ずつ呼ばれ、オモテにあるクドゥクにお祈りする(クドゥクに ついては、「第7章第4節民間信仰」を参照)。1人ずつ二礼二拍手一礼で拝み、戸主から 団子を1つ貰い、自分の席に戻る。月の神様より元気でいられますようにとお願いをし、